【改訂版】冠絶偉彩の画家、異世界を描《えが》き翔ける! 〜第一部 反転せし女神と夢幻なる世界〜

銀河革変

第一部 反転せし女神と夢幻なる世界

序章

第1筆 画家は異世界へと舞台を移す 前編

 ふと、思う。

 俺は絵によって全てを手に入れた。

 後に全てに別れを告げた。

 それが〘画竜点睛アーツクリエイト〙であり、全ての始まりだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 新東暦13年(西暦2063年)、1月。

 惑星間航行や異世界転移が世界的プロジェクトとなり始めた時代に、俺は画家をしている。


 今日は大事な常連さんが購入に来る個展の最終日……のはずだった。


 いつもは盛況の中、飛ぶように売れていた絵を抱えて出て来たのは俺一人。


 この結果にため息をく。


「はぁあ、どうしたんだろう……? 音信不通だし、宮薙みやなぎさんはドタキャンしたことない方だしなぁ」


 肩まである一番大きな絵を入り口に置いた。予約済みの札を剥がしておく。


「あ、千切れた。かじかんで上手く取れないや。運が悪いなぁ」


 手袋越しでも凍える手を擦り、夕暮れの中、愚痴ぐちをこぼすしかない始末だ。


 そんな俺、東郷雅臣とうごうまさおみは自称、新進気鋭の画家である。


 まだまだ煌めく22歳なのだから、色々やってみろと宮司の父からそそのかされ、8回目の個展を開いた結果……。


「思い付くこと全てやったのに、絵が一枚も売れねぇぇぇぇーー!! 」


「「「……カァ、カァカァーー! 」」」


 おうおう、慰めてくれるかい、カラスさん?

 俺の叫び声に反応したのか、三羽のカラスが近付き、翼を広げて俺の周りをトコトコと三本足で円形に歩いている。


「何をしているんだい?」

「ガァ?」

「カア?」

「クア?」


 “かごめかごめ”をしているのか? ちょっとだけ心の苦しさが無くなった……?


 彼らの純粋な黒に近いつぶらな瞳には、俺の赤髪が目立って映り込むのみ。小首をかしげてとぼける所が可愛らしい。


 本当に慰めてくれるかと思ったが──。


「あっ、行かないでくれ~! 俺の悩みくらい聞いてよ~!」


 そんなこともなく、気まぐれなカラスたちはそっぽを向いて、灰の雲が混ざる桃色の夕焼けへと消えていった。


 あれ? さっきのカラスたち、八咫烏やたがらすで首輪付いてたけど、気のせいかな?


「ま、そんなわけないか!」


 神話によれば、大きさは150㎝あるとか。あれは普通のカラスの大きさだったから見間違いだ。


 八咫烏やたがらすが登場する異世界に、人類は未だに行ってないんだぞ。きっと疲労が溜まって、足が増える幻覚が見えたのかもしれない。


 原因考えながら帰ろ。


 展示した絵を片付けながら、改めて原因を考える。

 チラシも配ったし、最近メディアの取材が増えてきて史上最高の称号【冠絶偉彩かんぜついさいの画家】と呼ばれて有難き幸せだ。しかも新聞で特集を組んでくれたから、知名度は申し分ない。

 

 ひたむきに活動を頑張ってきたことが認められ、先日、文部科学省もんぶかがくしょうより文化推進功労賞ぶんかすいしんこうろうしょうたまわったばかり。嬉しいことに史上最年少らしい。


 今回は手描きの絵を多く展示した。手描きの画家が少数派になったがゆえに、希少かつ高値で売れるのでコレクターも多いんだって。


「やっぱりおかしい。キナ臭いな。なんか事件でもあったのか?」


 まるで、誰かから阻止そしされたかのように、人っ子一人来なかった。


 そんな陰謀論いんぼうろんじみたことなんて、新東京都で起こるわけがない。


 ──やはり立地条件が大きいだろうか。ここは丘の上にある貸し画廊がろうで、駐車場もない。というか離れている。

 遠方からのお客さんが来づらい。

 老舗しにせのものより、最新のSNSも使ってみたが中々難しいものだ。


「オーディー、最新のニュースと『個展の成功例』で検索頼む」

「はい、マスター。こちらが検索結果です」


 三画面に展開、空中浮遊しながら結果を表示してくれた。


 えーっと、世界的テロ組織サルヴェイレスの誘拐事件ゆうかいじけんが神奈川県の郊外で発生した? 警察が後を追っているのか。

 そういえば宮薙みやなぎさんは大和市に住んでいる。


「もしかして……ね」


 もう一つが『個展の成功例』の検索結果。

 早速、次世代型スマホホログラムフォン:オーディーで調べてみたら、あまりおすすめの売り方ではないようだ。


「うわ、やっちまったなぁ」


 思わず後悔の言葉が漏れる。

 昔から安定したツールであるブログはただの集客装置に過ぎず、役に立つ知識を記事にして「この人の記事は勉強になる」と知名度が上がってきた所で自分の絵を例にして出す。


 このときは売らない。

 ちらっと見せるだけのようだ。


 更に知名度が上がってきた時(早い人はブログ開設から半年で)、販売に乗りだし出展、ブログは有料ブログで誰かがアクセスするだけで収入が手に入る。


 そう、不労所得というやつである。


 これだけで30万以上稼げるようになってきて、展覧会は個展よりもグループ展や企業の公募展こいぼてんが良いらしい。

 大手の公募展は審査員の弟子ばかりが蔓延はびこっており、その弟子がお布施をすることによって賞を獲得し、独占する。


 部外者は蚊帳かやの外で蹴落けおとされ、先日見たニュースでは、審査員が八百長やおちょうで捕まっていた。


 はぁ、日本の画家って難しい。生き辛すぎる。


 とある外国では、画家ってだけで国が生活援助をしてくれるんだぞ。異世界研究ばかりしてないで日本も見習ってくれよ。

 って愚痴ぐちってもしょうがないか……。



「せんせー、どうしたの?」



 がっかりしていると一人の女の子が項垂うなだれる俺を見て声をかけられる。

 良く見ると、僕が経営するこども絵画教室の生徒の凜花りんかちゃんだった。


「あぁ、絵が売れなくてね……」


 これを聞いた彼女は閃いたように笑顔でランドセルから薔薇バラ型の財布を取り出して、五百円玉を差し出した。

 もしかして……?


「これで買えそうなら一枚くださいっ!」

「えっ?」


 傷心中の俺の心を汲んでくれるとは、なんて出来た子だろうか! 


「──駄目、ですか?」

「いやいや、無料で良いよ。500円は返しておくからさ」

「やったー! バラの絵がほしいです!」


 子ども好きな俺は、そのいたいけな良心に胸打たれ、普段は一点五千円ほどで販売しているサムホールサイズの薔薇バラの絵を数点渡した。


 勿論、薔薇バラが好きな彼女の為だ。


「またね」

「せんせー、ありがとうっ! 今度のじゅぎょーも楽しみにしておくね!」



 満面の笑みを浮かべる凜花りんかちゃんがぶんぶんと手を振っているのを見送る。

 最後に片付けるべきだった薔薇の絵は売れちゃったし、安全運転で帰りましょー。


 丘から下り、桃色から変化してグリーンフラッシュが起こる夕焼けを眺めながら長い下り坂を下った後、信号停車していると……。


 数百m先の交差点で、いかにも怪しい紋章付きの黒いハイエースワゴンと、アクセルとブレーキを踏み間違えたような暴走する高齢者ドライバーが近付く。


 しかも両台とも凜花りんかちゃんに向かって突っ込んできているのを。


 おいおい、マジかよ! 彼女がお嬢様と知っての狼藉ろうぜきか!? あれじゃ護衛用小型ロボットでも対応できないぞ。


 片方はドアを開けて誘拐する気満々で、高齢者ドライバーは止まるどころかなぜかさらにスピードを上げている。


 最悪じゃないか!!


 どうするよ、これ。

 大切な教え子が拐われるのは勘弁だし、かれてしまうのも後味が悪い。

 ──俺が死ぬのも嫌だが、中途半端な正義感が彼女を助けろと騒ぐ。


 くっ。仕方ねぇ。

 俺はオトコだ。生徒一人守れねぇクズへと成り下がるつもりはぁねぇ!!



「行くぞ! ウゥゥオォオオーーーーー!!! 」



 咄嗟、今までの中で最も早いギアチェンジを行い、設定変更する。


 愛車を降り、凄まじい勢いでハイエース型の浮遊車リニアカーの前へ追突せずに急停止するのを確認しながら、凜花りんかちゃんの元へ疾走した。


 あの紋章は……サルヴェイレスのものにそっくりだ。反社会的勢力からの防衛行動は、法律で正当防衛とされている。全く問題ない。


 驚いて横転したハイエースから出てきた血塗れな強面こわもて男が頭を抑え、足を引きりながら歩み寄る!

 その手には銃を構えているではないか!


「くぅっ、 キ、貴様ぁぁ!!」

凛花りんかちゃん逃げろッ!」


 われが王と言わんばかりの重い鉛の咆哮が鳴り響いた。


「グッ、グワァァァァァァァァァ!?! 」


 思うよりも先に身体は動いた。彼女を守るために。


「し…つ…こ…い!」


 無慈悲にも更に三発撃たれ、俺は倒れ伏した。

凶弾の音で我に返った高齢者ドライバーがドリフトしながら急ブレーキをかけて、巻き込まずに何とか停止。

 赤ら顔の老人が心配そうに駆け付ける。


 その吐息といきから、かなり泥酔でいすいしているようだ。

 自動運転付きの車種でも飲酒運転は禁止されている。酔いすぎてさっきまで理性を失っていたのか。


「おいッ、あんちゃん大丈夫か!? すまねぇ、すまねぇ!あぁぁ……きゅ、救急車ッ!!」


 見事に穿うがたれた左胸は、止めどなく赤黒い血を流し、意識が朦朧もうろうとしていく。

 薄れ行く意識の中、俺はやっとの思いで呟いた。



「あぁ、俺……死んでしまうのかな…………」

「イヤだよ! せんせー! せんせー! 死なないで!」



 血塗れになった俺の身体をもろともせず、凛花ちゃんは滂沱ぼうだの涙を流して身体を揺すった。



「ハハッ。大丈夫、凛花ちゃん。少し眠るだけだから。また会おうね」


 こわばる表情筋を無理やり動かし、作り笑いをして……。



「うぇ、う、うわぁぁぁぁぁぁんんん!! せ、せ、 せんせぇぇぇぇぇ!!! 」



 人生最後の言葉は愛しき絵画教室の生徒に向けて送ったものだった。



 

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