終章 これからもきっと

第43話 文化祭(前編)

 いよいよ文化祭当日。


 マイコン部の部室を見渡せば、教室全体を覆う仕切り板に暗幕。

 日光の影響でモニターが見えにくくなるのを避けるため。

 それと、プロジェクターで投影された映像を見やすくするためだ。


 さらに、順路上には各部員の展示物がおいてある。

 自作ゲームを入れたパソコンもあれば、人手で製本した自作PC情報誌もある。

 涼子が書いた自作小説は大量に刷る暇がなかったのでQRコードを用意して、

 そこから小説が掲載されているページに飛んでもらう手はずだ。

 なお、文化祭の期間が終わったら即効でリンクを切るとは涼子の弁。

 さすがにずっと置いておくのは恥ずかし過ぎるとのことだ。


「俺が仕切るのもなんか妙な気がするけど……今日まで文化祭の準備お疲れ。あとは、俺たちの出し物を除けば展示物の案内をするくらいだ。皆、気軽に楽しもうぜ」


 何故か部長がいないので、俺がこんなことをいう羽目になってしまった。

 まあ、午後3時頃から始まる劇以外ほんとにやることがないんだけど。

 一応、案内役や説明役がいないとお客さんが困るので常時2名張り付いている必要があるけど、それだけだ。


「俺たちの担当は昼過ぎからだけど……どうする?」

「せっかくだし一緒に回る?」

「だな。よし、行こうぜ」


 そんな風にして涼子といつものようなやり取りをしていたのだけど。


「センパイたち、やっぱり落ち着いてますよねえ。文化祭だっていうのに」

「落ち着いてたら何か悪いのか?」

「悪くはないですけど」

「けど?」

「恋人と初めての文化祭!とかもっと嬉し恥ずかしじゃないんですか?」


 嬉し恥ずかし、ねえ。


「そういわれても、いきなりは……よね?」

「だなあ」

「そういうところが枯れてるんですよね。もういいです。老夫婦はご退場ください」


 そんな物言いの前に俺と涼子は苦笑いして教室を後にする。


「別に楽しんでないわけじゃないけど、ああ言われても困るよな」

「う、うん。でも、せっかくだし、ちょっと恋人らしくしてみるのはどう?」


 と、唐突に腕を組んで歩きだす涼子。


「お、おい。ふつーに周りの奴ら見てる。見てる!」

「見てたら何かダメなの?」


 心なしか涼子が少し不機嫌なような。


「いや、ダメじゃないけど……」

「なら、たまには皆に見られてもいいでしょ?私だって、こういう風にしたいってこと何度か思ったことあるんだから」

「お、おう。そうか。気づかなくて悪い」

「謝らなくていいから。行きましょ?」


 涼子としてはせっかくの文化祭だから皆の前でイチャイチャしてみたいと。

 ちょっと意外な願望だけど、それならそれで。


「まずどこに行く?俺は歴史部の展示見に行きたいんだけど」

「いいわね。行きましょ」


 上機嫌な恋人の様子を見て、こっちまでテンションが上がってくる。


 歴史部の展示物は、主に戦国時代の考証についてだ。

 近年、研究者らによって明らかになった今までと違う三英傑像。

 それに加えて、秩序も何もないように見えた戦国時代にあった秩序。

 下剋上といっても正義は自分にあることを示す建て前が必要だったこと。

 少なくとも、「下剋上をした」と思われてしまえば立場が不利になること。

 そういった、教科書で教えられているのとは違う観点。


「昔から建て前と本音ってのあったんだなあ」

「そうね。手紙見ても露骨にお世辞っぽいのとかもあるし」


 現存している戦国武将の手紙も許可をもらった上で複写したらしい。

 現代語訳された手紙からは、教科書の無味乾燥な説明とは違う、当時を生きた人々の素顔が浮かび上がって来る気がする。


「でも、戦国時代にタイムスリップしたら、俺はたぶん死んでそうだわ」

「私も……ちょっと生きていける気がしないわね」


 今とは違い、食べるものにも住むところにも遥かに不自由していた時代だ。

 ロマンはあるけど、当時の生活模様を知るにつれタイムスリップとか無理だな。

 そう思えてくる。


 そんな風に二人で当時の世相について想像したり語ったりをたっぷりと1時間。

 

「そろそろお腹減ってきたし、屋台で何か買わないか?」

「いいわね。うちのクラス、確か焼きそばやってたわよね。行かない?」

「賛成!」


 というわけで、お昼は我がクラスが出展している焼きそば屋にて。


「お疲れ様、翔吾しょうご君。焼きそば二つもらえるかしら」

「お二人とも、お熱いねえ。そんな風に腕組んでさ」

「あ。こ、これは……」


 自分からやりたいと言い出したくせに。

 涼子の奴、恥ずかしさからかぱっと離れやがった。

 でも、そんな様子もちょっと可愛らしい。


「なんていうか、涼子ちゃんが珍しく初々しいな。彼氏としてはどうなんだ?」

「こう、たまに見せるこういう可愛さがいいんだよな」

「善彦も言うねえ。ま、普段冷静な彼女が見せる可愛さってわかるぞ」

「だよな。いつもデレデレとは少し違う良さがあるっていうか」

「そこ。変なこと言ってからからわない!じゃ、また後でね」


 羞恥心が限界に達したのか。

 涼子はといえばさっさと焼きそばを受け取って俺を引っ張って行ってしまう。

 

「はぁ。やっぱり、ああいう風にくっつくのはちょっと恥ずかしい」

「お前なー。どっちなんだよ」

「恥ずかしくてもちょっとやってみたくなったの!」

「わかった、わかった。さっさと焼きそば食おうぜ」


 紙皿に盛られた焼きそばを口に運ぼうとしたら―


「はい」


 先に涼子が一口分の焼きそばを眼前に突き付けて来た。

 これって要は「あーん」しようってことだよな。


「美味しい?」

「……うん。意外と美味いな」

「良かった……って、なによ、これ」

「だって、食べさせあいならお前もやらないと」

「わ、わかったわよ。ん……」

「美味しいか?」

「美味しい」

「なんでこんなやり取りしてるんだか」

「ほんとよ、もう」


 文化祭にそんな様式美をやりたい涼子に付き合ったり。

 定番のお化け屋敷に入ってみても、あまり怖くなかったり。

 文芸部で小説をぱらぱら眺めて唸ったりと。

 そんな風にして文化祭を楽しむこと数時間。


【そろそろ、先輩たち、戻って来てくださいね。直前打ち合わせとかありますから】


 結菜から、グループラインで呼び出しがあったのだった。


「よし、行くか。あー、でも、研究発表とは別の意味で緊張する」

「大丈夫よ。善彦もしっかり準備したんでしょ?」

「そりゃそうなんだけどな」

「なら、もう腹をくくりなさい?」

「へーい」


 さてさて、俺たちが作り上げる劇はどうなることやら。

 二人で、今度は手を繋ぎながら部室へ向かって歩いていったのだった。

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