第28話 研究活動と周りの理解

 研究集会があった翌日の木曜日。

 俺たちは、いつも通りに二人揃って登校していた。

 研究集会があったのが、火曜日と水曜日の二日間。

 それが終われば普通の高校生としての日常が待っている。


 いつものように、教室に向かうために三階の廊下を歩いていると、Aクラの教室から、何やら話し声が聞こえてくる。「織田と徳川って……」と聞こえてくるので、耳を澄ませてみると、


「Dクラの織田と徳川って、なんつーか、いいご身分だよな」

「言えてる。研究者だかなんだか知らないけど、授業ブッチできるんだもんな」

「授業中も、ノートPC弄ってるらしいわよ。学校も公認だとか」

「センコーから特別扱いされてるのもムカつくよな」


 そんな陰口を言っているのが聞こえてきた。


(またか)


 と正直思う。高校生にして研究集会や国際学会に出たりしている俺たちは、クラスどころか高校内でも特殊なポジションにある。良くも悪くも色々言われる立場だ。


 これが、芸能活動や、あるいはスポーツ選手であったのならまだ違うのかもしれないが、「研究者」なんてのは、テレビでもそれ以外のメディアでも実態が報道される事は滅多に無い。


 一年に一度のノーベル賞の時期くらいは報道される事があるけど、もっぱら研究者の半生やら人となりが主だし。


「ちょっと、一言、言ってやりたくなってくるな」


 陰口を叩くのは一部だとわかってはいるけど、それでも気分は良くない。


「気持ちはわかるけど、文句言っても変わりっこないわよ。スルーしましょ?」


 涼子の奴も微妙な顔をしつつも、そう俺を宥める。


「そうだな。言っても仕方ないか」


 俺も、あっさり頷く。確かに、言ってどうこうなるものでもないしな。


 少し微妙な気分になりながら、俺たちのDクラの教室に入る。


「おっす、二人とも東京旅行はどうだったよ?」


 友人の翔吾しょうごがそう悪気なく言ってくる。

 普段ならスルーできるんだけど。

 さっきの陰口を聞いた後だから、自然と苦い顔になってしまう。


「……」

「……」

「ん?どうしたんだ?体調でも崩したか?」


 二人揃って微妙な表情になっていたのを心配したらしい。

 翔吾に悪意はないのはわかってるが、事情は話しておくか。


「うーん。さっき、Aクラで陰口を聞いてしまってさ……」


 と一部始終をまとめて聞かせる。


「悪い。旅行ってのはほんの軽口だったんだ。お前らが気にしてるとは……」


 予想通り、翔吾は謝ってきた。


「別にそう思われるのはいいんだ。タイミングが悪かっただけ」

「そうそう。だから、気にしないで?」


 研究者としての自分たちが理解されるとはあまり思っていない。

 だから、軽口はそれほど気にしてはいない。

 本当にタイミングが悪かっただけだ。


「お前らがそう言うなら。でも、陰口は気にすんなよ?」


 そう言ってくれる彼は実にいい奴だと思う。

 陰口を叩いてる奴らだって一部だ。

 会った事もない奴ばっかりだし、適当な事を語っているんだろう。


「何をやってるのか、もうちょいわかってもらえればいいんだけどな」


 席についた後も、少しモヤってた俺は、そんな話を涼子りょうこに振ってみた。


善彦よしひこの言いたいことはわかるわよ。でも、難しいんじゃないかしら」


 応じる涼子は少し苦笑いだ。


「とにかく、メディアに露出してないのが痛いよな」

「そもそも、勝負事でもないから、メディア受けしないわよ」

「言えてる」


 周りの理解度を考えた時に、研究者というのは、「なんか難しいことやってるらしい」程度にしか知られていない事が多いのは、嫌という程思い知っていた。


「わかりやすく、やってる事を伝える方法はないものかな」

「それこそ、ノーベル賞級ならともかく、私達程度じゃ難しいわよ」

「物理とか生物ならともかく、計算機科学ってのが知られてないしな」


 今年から、小学校でも「プログラミング」が必修化されたと聞いている。

 知り合いの先生方にも関わっている人がいて、話を聞いているのだけど。

 多くの小学校では教えられる先生が居ないらしい。それも道理か。


「うーん。じゃあ、それこそPCで、派手なデモをするのはどうだ?」


 思いつきを適当に口にしてみる。


「機械学習や画像処理ならともかく、私達の分野じゃ、難しくないかしら」

「そう言われりゃそうなんだけどな」


 俺たちの専門分野は、計算機科学の中でも数学に近い分野だ。

 つまり、地味な理論の積み重ねがものをいう分野だ。

 映像を使った派手なデモは難しい。


「学園祭の時に、マイコン部で何か出来ればって思ったんだけどな」


 好きでやってる事だから、結局は、周りがどう見ようがやる事をやるだけ。

 なんだけど、つい、そんな事を考えてしまう。

 学園祭は10月だ。時期としてもちょうどいい。


「案としてはいいんじゃないかしら。方向性は……そうね。案外、結菜に話してみると、いいアイデアを思いつくかもしれないわよ?」

「そうかぁ?あいつ、全然、興味なさげだぞ?」

「でも、マイコン部の彼女に興味を持ってもらわないと、そもそも、全校生徒に理解してもらうなんて、難しいと思うわよ」

「むむ。正論だな。今日の放課後、マイコン部に寄ってみるか」


 そうして、ひょんな陰口から、そんな事が決まったのだった。


 いいアイデアなんて、果たしてあるのかどうか懐疑的だったが、たまにはこんな事を考えてみるのも悪くないか。

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