第23話 研究集会(6)~夜のひととき~

 懇親会が二次会、三次会と続いて、解散したのは午前2時だった。ちなみに、三次会は歌丸うたまる先生発案だ。


「うっわ。地理わからねえ」


 ホテルを予約したのは水道橋すいどうばし駅の近くで、解散したのは神保町じんぼうちょう付近の交差点。歌丸先生は、「歩けばすぐだよ」なんて言ってたが……。


「うーん。ググルマップスを見る限り、徒歩15分で行けるみたい。ほら」


 アプリを開いて、経路を見せてくる。

 涼子りょうことはホテルが一緒なので、帰りも一緒だ。


「あー。意外と近いのな。東京ってほんと地理わからねえ」

「私も同じよ。駅間距離えきかんきょりが近いっていうのかしら。道路もくねくねしてるし」

「だよな。アプリが無かったら絶対迷ってるって」


 そんな事を愚痴りながら、人通りのすっかり消えた真夜中の神保町付近を歩く。24時間営業の店や居酒屋の他は当然ながら店じまいで静かなものだ。


「それにしても、やっぱり歌丸先生、美味しいお店いっぱい知ってるわね」

「ああ。ドジョウとか初めて食べたけど、あんなに美味しいとは思わなかったぞ」

「汚い池に棲息してる生き物ってイメージだものね」

「それが、あんなさっぱりしてて美味いんだから、意外だよな」


 三次会で連れて行ってもらった店は創業100年以上というドジョウ料理を出す店で、メインのドジョウ料理以外も大変美味しかった。ちなみに、歌丸先生が俺たちの分はおごってくれた。いい人だ。


「ま、歌丸先生には案の定絡まれたけどな。絡み酒さえなければいい人なんだけど」

「奥さんが居たら適当にあしらってくれるけど、その奥さんも居なかったものね」

「結局、ナイアガラの滝でデートした事とか白状させられるし」

「でも、それはそれで楽しかったわよ」

「おまえ、あれだけ言いづらそうにしてたくせに……」


 三次会のラストは俺たちと歌丸先生の三人のみになり、プライベートを根掘り葉掘り聞かれるものだから、もう大変だった。


「でも、こういうのも思い出だと思わない?」


 ふと、少し前を歩いていた涼子が俺を振り返る。

 その顔は微笑んでいて、今が心底楽しいといった感じだ。


「普通の高校生だと、なかなかできない経験だよな。国際学会行ったり、こんな真夜中に二人きりで歩いてたり」


 人があまり居ない真夜中の街を歩いていると、なんだか自分たちだけが独占できた気がして、少し楽しい。


「でしょ?あ、ラーメン屋さん……」


 深夜まで営業しているラーメン屋の看板を目ざとく見つけたらしい涼子。


「おいおい。三次会までやったのに、まだ食うのかよ」

「そういうわけじゃないけど。なんだか食べたくなるのよね」

「歌丸先生は、締めにラーメン食べるって言って帰ったよな」


 といいつつ、俺も実は少しラーメンを食べたくなっている。不思議なものだ。


「まあ、これ以上食うとやばいし、また今度な」

「そうね。ちょっと惜しいけど」


 こいつ、止めなかったら食べる気だったのか。


「そういえば……明日、起きられるかしら」

「午前10時開始だよな。ホテルを9時に出るとして、8:00起き?」

「ちょっと睡眠不足になりそうね」


 いいつつ、小さな欠伸をもらす涼子。


「眠いのか?」

「うん。普段なら寝てる時間だもの」

「だよな。実は、俺もちょっと眠い。なんか、頭がぼーっとしてくる」

「ホテルまでもうちょっとだから、寝たらだめよ?」

「わかってるって」


 欠伸を噛み殺しながら、ホテルまでの道程を歩く。


「よーし、到着!」

「さすがに、ちょっと疲れたわね」


 ホテルに到着するまでに結局20分くらい歩いてしまい、眠気も相まって結構疲れがたまっている事に気付かされる。時刻は午前2:30。


 手早くチェックインして、ルームキーをもらう。連名で予約したせいか、ふたりとも5階の部屋らしい。


 そして、俺の部屋の手前。なんだか、少しこの夜の時間が名残惜しいな。

 そう思っていると、涼子が俺の方をじっと見つめている。


「どした?」

「ううん。今夜は楽しかったなって」


 そう言う彼女は言葉通り、とても楽しそうだった。


「そっか。俺も楽しかったぞ。帰りはデート気分だったし」

「私も。東京でデートしたいと思ってたけど、こんな形で叶うなんて」


 同じように感じてくれていたことが少し嬉しくなる。

 この状況なら-

 顎に触れて、くいっと上を向かせる。

 薄暗い電灯の中に浮かび上がる顔は少し赤くて、可愛かった。

 一瞬、びくっとした彼女だけど、意図を理解してくれたようで。


 そっと俺たちは唇を重ねたのだった。


「そ、それじゃ、また明日ね!」

「ああ。また明日」


 照れ隠しか、慌てて自分の部屋に入ってしまった涼子を見送って、俺も自分の部屋に戻る。


 正直、研究集会で何をやってるんだと思わないでもないけど。

 いい夜だと思ったのだった。

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