二人目の超能力者-3

 過去に飛んでいる時に考え事だなんて迂闊だった――沙織の時のように何かあるかもしれないのに。


「微塵くらいは聞いてておくれよ――ほら、純蓮さんと思しき人があそこにいるだろ。校舎裏に誂えたように生えてる大木、これは絶対告白だと思うんだけど紺野さんどう思う?」


 そう言われて見ると、確かに女子高生が一人立っている。

 しかし、前に見た叔母の若い頃の「すっごくヤバい」姿からは想像もつかないくらい、なんというか、清楚だ。綺麗な黒髪ストレートだし、スカートの丈も折っている様子はない。案外真面目な女子高生だったのかもしれない。


「伝説の樹の下で女の子から告白して生まれたカップルは――ってやつ? あんたよくそんなの知ってるね」


「え、何の話してる?」


 知らなかったらしい。


「今のは忘れて。……でも、叔母さんあんまり人間に興味ないからなぁ……相手から告白されて付き合ったことは結構あるらしいけど、叔母さんから告白なんてあるのかなぁ」


「さあね。僕は純蓮さんとも初対面だし分からないよ。でももし告白だとしたら、後悔の恋愛絡み率が随分高いなぁと思ってさ」


「それはそうね。三分の二だもの」


 そんな適当な会話をしていると、校舎の陰から現れた人影があった。


「……女子だ」

「女子だね」


 思わず顔を見合わせる。

 これで告白の線は消えた。となると――


「……ちか


 女子高生の叔母が、現れた少女に呼びかける。


「純蓮。来てくれてありがとう」


「来るに決まってるじゃない。私たち親友でしょ」


 今の叔母からは何もかもが想像もつかなかった。この時から何十年も経っているのだと思えば当たり前なのかもしれないが、一人称が「アタシ」ではなく、「めっちゃヤバい」格好もしておらず、何より親友と呼べるような親しい友人を持っている――そんな叔母なんて、まるで今とは正反対だ。


「お互いの秘密を打ち明ける――って話だったよね、今日」


 叔母——否、純蓮が問う。


「うん。ていうか、私が純蓮に聞いてほしかっただけかもしれないけど……」


「ううん、私もちかに聞いてほしいことがあったから」


 そう言って笑う純蓮。


「ありがとね、本当。……えっと」


 口ごもる相手の姿を見て、言いづらいのだろうと察したらしい。純蓮が先手を打った。


「私からでいい? ちか


「いいよ。純蓮」


「分かった」


 純蓮は、真っ直ぐに親友の目を見つめている。


「あのね……あのね、ちか。信じてもらえないかもしれないんだけど。——私、超能力が使える。人の命の期限が、分かるの」


 ああ、純蓮は――叔母は、きっとこれを言いに、この日に戻ってきたのだ。直感的に、そう思った。


 きっと彼女はこの時、これを言い損ねたのだ。それが後悔だったのだ。


 そういえば叔母は、自分に超能力があると教えてくれた時、「これを教えたのはキミだけよ、天チャン」と言っていた。身内にすら、親友にすら打ち明けられず――生きてきたのだ。


 もし打ち明けられた相手が人生でいたとしたら、彼女だったと。後からそう思ったのかもしれない。当時は力を得たばかりで、誰かに言うなんて到底考えられなかったのだろうから。

 ——なんて、全て想像だが。


「……あのね、すっごい、びっくりした」


「語彙力ないね」


「うるさいなぁ」


 笑い合う二人。

「信じてくれるの?」


「どうだろ。他に超能力者なんて言う人が現れても、信じないかも。でも純蓮のことは信じるよ。卒業式の校舎裏でわざわざ嘘つかないでしょ」


「そっか。……ありがとう」


 純蓮の笑った顔が、泣き笑いのように見えたのは――光の加減だろうか。


 今ではまるで人間嫌いのような生活を送る彼女が、親友と呼べた相手。今星宮の力でそこにいる彼女からしたら、何年越しの再会なのだろう。恒が彼女を信じてくれて、何十年も誰にも言えなかった彼女は救われただろうか。ただの数字と割り切れるまでの彼女は救われただろうか。

 毎日人の死が見えてしまった彼女は――救われただろうか。


「……救われただろうね。純蓮さん」


「星宮」


 ぼそり、と星宮が呟いた。


「僕なんかは純蓮さんより超能力を秘密として抱えてた時間がだいぶ短いけど。超能力に限った話じゃないんだろうけどさ、絶対誰にも言えない秘密があるって嫌なもんだよ。どんなに親しくなったって、その秘密の分の距離だけ絶対に縮まらないんだから」


 ——じゃあ、なんで? なんで星宮は、私に超能力の話をしてくれたの?

 訊けずに飲み込んだ疑問が、また私の中で積もる。


 きっと、聞いても答えてはくれない。——私と星宮は、純蓮と恒みたいな距離では決してないのだから。


「……ね、純蓮。私、あとどれくらい生きられるの?」


「大往生だよ。あと七十年くらい生きる」


 すると、彼女は。


「そっか……そっかぁ」


 切ない笑みを、浮かべる。


 一陣の風が吹いた。早咲きの桜の花弁がどこからか舞ってきて、彼女の表情を隠した。

 淡い春先の日差しに霞んだ光景。まるで、一枚の絵画のようだ――。


「七十年は、持ってられないなぁ。この気持ち」


「え?」


「ごめん、純蓮。私、ずっと……純蓮のことが好きだった。やっぱり言わないでおこうかとも思ったんだけど……ごめんね、七十年は、持っておけないや」


 誰も、何も言わなかった。

 純蓮も。私も、星宮さえも。


「そ……っか。そうだったんだ。……でもごめん。恒とは友達で――」


「分かってる。分かってるよ。私たち女の子同士だもん、ね」


 そう言って笑ってみせた彼女の表情は――ああ、どうしてだろうか。


 ——あの時の星宮の表情と、どうにも重なって見えて――







「どっちでも良かった、って思ったわ」


 それが、帰ってきてからの叔母の感想だった。


「びっくりしちゃったわよぉ、アタシ。あの子がアタシのことそんなふうに思ってたなんて全然知らなかったもの。当時は聞かなかったのよ、この事。……たぶんアタシと同じで、土壇場で打ち明けるのをやめたんだと思うわ」


 アタシたち似た者同士だったのねぇ、と笑う叔母。あんなことを知った割には随分と楽しそうだった。


「叔母さん。どっちでも良かった、っていうのは……?」


「んー。何かしらねぇ、能力を打ち明けなかったことを後悔してたのはホントなのよ。あの子になら言えた、ってね。でも、アタシが能力を打ち明けたことで、あの子にあんなこと打ち明けさせちゃった。恋はいつか冷めるものよ。愛に変わることはあるかもしれないけど。でもアタシはあの子の気持ちに応えられない、それであれを聞いた後あの子と変わらず友達でいられたかしら? いられたとしても、そういうふうに私を想ってた時期があった、それを私に知られている、というのはあの子の中で残った筈よ。私が気にしなくてもね。どっちを選んでも誰かしらに何かしらの後悔は残った。——だから、どっちでも良かった、そう思ったの」


 それは、この間沙織の過去を覗いた時に感じたことと似たような話だった。


 何を選んでも。何を消そうとしても。完全な道なんて存在しない、どこにだって何かしら残るものなのだ。


 案外、人生で心掛けるべきは「後悔しないように今を生きる」ではなく「どんな後悔なら抱えて生きていけるか」ということなのかもしれない。


 抱えきれなくて生きていけなくなるような後悔だけ、しないように。


「ちなみに、純蓮さん。今、恒さんは……」


 星宮が、おずおずと尋ねる。


「元気にしてるわよぉ。今でもたまに連絡を取るわ。減っていく残り時間を見たくないから、直接はあんまり会わないようにしてるんだけどね」


「そうでしたか」


 そうか、メールなら残り時間を見ずに済むのか。


 それにしても、今でも連絡を取っているというのは少し意外かもしれない。てっきり人との関わりを絶ってこのアパートで暮らしているのかと思っていた。






 それから私たちはしばらく他愛のない雑談をして時を過ごした。日常のこと、叔母さんの昔話、超能力者あるある、など。そうして叔母が「キミたち、そろそろ帰らなくて大丈夫? 親御さんが心配するわよぉ」と言う頃にはすっかり日も落ちて、窓の外は暗くなっていた。


「すみません、長居してしまって」


「いいのよぉ、凄く楽しかったわ。またいつでも遊びに来て頂戴。――ああ、それと雫チャン。キミが良かったらでいいんだけど、今度はサシで会ってみたいわ。話したいことが沢山あるの」


 星宮は一瞬驚いたような顔をしたが――すぐに、いつもの笑顔に戻った。


「ええ。寧ろ僕からお願いしたいくらいですよ。是非二人で会いましょう」


「あらヤダ、口説き文句みたいだわぁ。顔がいいって罪ねぇ」


 ケタケタと笑う叔母。今回ばかりは叔母に同意せざるを得ないな、などと思いながら、玄関先へと向かう。


「じゃ、またね。叔母さん」


「お邪魔しました、純蓮さん」


「いえいえ。また来てねぇ」


 お辞儀をする星宮と手を振る叔母、二人の笑顔を見て、この二人の出会いはきっと良いものだったのだろう、そう思えた。





 ――別れ際、叔母が私をそっと手招きして、耳打ちした。


「天チャン、お願い。雫チャンのこと気を付けて見ててあげてね。あの子、なんか抱えてるわよ」


「どういうこと?」


 思わず尋ね返す。


 すると叔母は、更に声を潜めて――言ったのだ。


「アタシの力で見るとね、雫チャンは――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る