二人目の超能力者-1

「超能力者だって?」


 そう言って、私の目の前に座っている少年は、大仰に肩を竦めた。


 テーブルの上にはとても一人前とは思えない量のファミレススイーツを並べ、その量を食べてその体型を維持していると聞けば世界中の女子を敵に回しそうなくらい体躯は細く、肌と目と髪の色素は幻想の生き物かと思われるくらい薄い。


 そんな少年――星宮雫は、明らかにこちらの言い分を信じていないであろう、呆れ返ったような口調で、言った。


「そんなのいるわけないでしょ、紺野さん。馬鹿にしてるのかい?」


「馬鹿にしてるのはあんたの方だよ、星宮」


 そんな非科学的なものを信じる奴なんて阿呆だ、とでも言わんばかりに鼻を鳴らし、ドリンクバーから取ってきたばかりのココアを呷る星宮。だが何を隠そう、この星宮雫自身が、「人を、その人の後悔がある時や場面に一時的に戻すことができる」という力をもつ超能力者なのである。


 超能力を信じない超能力者だなんて、霊魂を信じない幽霊みたいな話があってたまるものか。


「いや、だってほら、じっちゃん以外の超能力者に会ったことないし」


「でも現にあんたやあんたのじっちゃんがそうなんだから。他にそういう人がいたっておかしな話じゃないでしょ」


「それはまあ、そうなんだけど……」


 今一つ信じていないようである。


 いつも全てを見透かしたような態度の星宮が狼狽えた顔、という珍しい光景を肴に、同じくドリンクバーから取ってきた抹茶オレを一口。ちなみに今日のファミレス代は星宮と折半だ――おかしい、どう考えても大幅に私が損をしている。


「とにかくね、その人……うちの叔母なんだけど、星宮に会ってみたいんだって。あんたには悪いんだけど、今度の日曜、時間取れない?」


「えぇ、日曜日かぁ……んー、まあ報酬次第で考えるよ」


 同級生から金を取るな。


「っていうか、紺野さん。叔母さんに喋ったんだね? 僕のこと」


「うっ……いや、正確には、力のことは伏せながら所々あんたの話をしたらバレたというか……なんというか……」


「沙織さんの時といい、迂闊だなぁ……いいけどさ」


「ごめん……」


 一応弁解させて欲しいのだが、これに関しては本当にバレる要素など何もなかったのだ。ただ、同じ超能力者としての嗅覚みたいなものなのだろうか――叔母が突然、「ねぇ、天チャン。雫チャンってもしかして超能力者?」などと尋ねてきたのである。


 叔母は昔から妙なところで勘が鋭い人だし、叔母に話したこと自体確かに迂闊だったかもしれない。星宮には悪いことをした。


「……まあ、いいよ。仕方ないからこの僕の貴重な休日を一日潰して、紺野さんの叔母さんに会ってあげよう」


「なんでそんなに上から目線なのよ。——それにしても、なんか意外。もうちょっと渋るかと思ってた。相手が超能力者なら尚更」


「うーん。正直僕も、僕以外の超能力者っていうのは気になるんだ。僕が超能力者ってだけで、僕自身は特に超能力に詳しいわけじゃないしね。寧ろこっちからお願いしたいくらいだよ」


「ふーん、そういうもんなの? とりあえずあんたが了承してくれて助かったよ、ありがとうね。叔母に伝えておく」


 ——こうして私たちは、今度の日曜、私の叔母に会いに行くこととなったのであった。


 ……とまあ、ここで、分かりやすくあからさまな伏線でも張ってみようか。何せ、


 この時の私たち――否、私は、まだ知らなかった。この叔母との面会が、悲劇の幕開けであったことを――。





「あらぁー! キミが雫チャン? 可愛い顔しちゃってー、もう! ねぇねぇ、ドレスとかスカートとか興味ない? フリルは好き?」


 開幕からエンジン全開の叔母の餌食となった星宮が、叔母に抱きしめられながら目線でこちらに助けを求めてくる。私は無言のまま首を横に振った。


 些か常識的が過ぎるくらいの私の母と同じ家庭に生まれた筈なのだが、どう生きたらこんな人間になるのだろうか。


「叔母さん、そろそろ星宮のこと開放してあげてくれない? 窒息しちゃう」


「あらごめんねぇ、雫チャン。自己紹介もまだだったわねぇ、とりあえず家の中に入りましょっか。それと天チャン、アタシのことは純蓮すみれチャンって呼んでねっていつも言ってるのに、もう」


 そう零しながら、叔母はやっと星宮を開放しアパートの扉を開けた。星宮が「三途が見えた……次会う時は六文銭用意しとかなきゃ……」と呟いたのは聞こえなかったことにする。


 叔母は独身で、狭いアパートを借りて一人暮らしをしている。結婚を考えたことはないと言う――彼女の超能力が理由らしいが、詳しいことは分からない。私が知っているのは叔母が超能力者だというところまでであり、具体的な能力は知らないのだ。それから彼女はとにかく可愛いものが好きで、居間と私服こそ普通であるものの、寝室と部屋着は彼女曰く「とってもヤバい」らしい。若い頃は私服も「とってもヤバ」かったらしいが、今は鳴りを潜めている。


 こうして好きなものに囲まれて生きる彼女を見ると、結婚しなくても幸せになれるのだと感じる。母とは全く違った価値観で生きる叔母と会うのが、私は昔から好きだった。


「さて、自己紹介しなきゃね。アタシは紺野天チャンの叔母、月森純蓮つきもりすみれです。歳は永遠の十七歳。純蓮チャン、って呼んでね」


「星宮雫です。天さんにはいつも仲良くして頂いています」


「紺野天です。星宮の同級生で純蓮さんの姪です」


「天チャンはいいわよ」


 私はよかったか。


 それにしても星宮、相変わらずの営業スマイルである。沙織の時も思ったが、初対面の時のこの笑顔で一目惚れした、なんて女子は多いのではないだろうか――何せこの顔立ちの整いようなので破壊力が凄い。年頃の女の子なんてイチコロだろう。自称百戦錬磨の叔母でさえあの騒ぎようだったのだし。


「えーっと、雫チャン。今日は急に呼び出してごめんねぇ、来てくれてホントにありがとう。ダメ元だったから来てくれるって聞いてアタシびっくりしちゃったわよぉ」


「いえ。僕の方こそ、お招きくださりありがとうございます」


「天ちゃんも連れてきてくれてありがとねぇ」


「ああうん、どういたしまして。……あのさ、叔母さん。前からずっと気になってたんだけど、叔母さんの超能力って、何?」


 何の気なしにそう尋ねる。——すると、叔母にしては珍しく、少しだけ表情を曇らせた。


「ウーン、やっぱりそうなるわよねぇ。まあ、ウン、その話もしようと思って雫チャンのこと呼んだんだけどね」


「純蓮さん、よければ僕の力の話から先にしましょうか?」


 さらりと気遣いをしてみせる星宮。

 なんだ星宮こいつ、イケメンか? ——イケメンだった。


「あらヤダもう、顔だけじゃなくて中身も出来がいいのねぇ……彼女は何人いるの?」


「え? えっと、一人もいません……」


「叔母さん、あんまり星宮のこといじめないであげて」


 星宮が会話で誰かに押されている状況というのもなかなか貴重で面白いのだが、そろそろ可哀想になってくる頃合いなのであった。


「それもそうねぇ、ごめんなさいね。アタシ、顔のいい男を見るとつい虐めたくなっちゃうの、可愛くて。……じゃあ雫チャン、アタシから呼び出しておいて悪いけど、先に話してもらえるかしら?」


「ええ、分かりました」


 事もなげに話を始めようとする星宮の横顔を見ながら、そういえば、と思い立つ。


 ——そういえば、星宮の超能力について知っている人間は、私と沙織の他にどれくらい存在するのだろう? もしかして、他に私のような実験台がいたりするのだろうか?


「僕の超能力は……説明が難しいのですが、ざっくり言うと『ifストーリーの見学』ができる力なんです。今は」


「ふふん。今は、というと?」


「能力を使うごとに、できることが増えていくんです。今は、後悔のある過去に戻って別の選択をした未来を見学する、ということしか出来ないし、時間もせいぜい三十分くらいが限度なんですけど。そのうち本当に『やり直し』ができる――つまり過去を変えられるようになる、って祖父が言っていました。……あ、この力は死んだ祖父が僕に相続させたものなんです」


「ははーん、なるほどねぇ」


 うんうんと頷く叔母。


「で、天チャンはその実験台にさせられたってワケね。あとは天チャンの親友――沙織チャンもだっけ?」


「そんなことまで知ってるんですか……沙織さんは実験台じゃないですけど、まあ概ねそんなかんじです」


「へぇー。いいわね、青春ってカンジだわ」


 今の話のどこに青春要素があったのだろうか。私にはさっぱり分からないが。


 超能力はまだしも、実験台なんていう穏やかじゃないワードが登場する青春ストーリーなんて私は嫌だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る