ギャル神様の卍なお告げっ!

野水はた

卍なプロローグ

 新年を迎えて5日ほど経った日の夜だった。


「チョーべりべり卍っ♪ いぇいいぇい♪」 


 それは突然だった。脳天気な歌声が枕元から聞こえて俺は目を覚ます。


 カチカチッと音がして、部屋の電気が付き鮮明になった視界にはいつも通りの部屋模様に混じる金色の軌跡が映った。


 心霊現象ならよかったのだが明らかに実体を持った目の前の人間に驚き、俺は夢現ながらも布団を蹴り飛ばした。


「強盗だああああああああぁぁぁぁ!! 殺される! 殺されるーーーーーーーー!!」

「え、えぇっ!? どういう反応なのそれ!? とりま落ち着いてっ!」

「ひいいいいいいいいいい!」


 肩を捕まれた。そして俺は抵抗する間もなく押し倒されてしまう。


「許して! 許してください!」


 特に何かした覚えはないが潔白な自分の行いを信じることができずにとにかく謝罪を繰り返す。


「いやいやいや!? イミフなんだけど!?」


 しかしそんな命乞い、強盗には通じない。顔をズイ、と寄せてくる。


 恐怖に慄のきがらも腕を強盗の体に向けて伸ばすと、俺は二つの膨らみを掴んでいた。


 ――爆弾だ。


 とても大きく、そして柔らかい。揉みしだけば手の中で形を変えるそれはおそらくブラスチック爆弾と呼ばれるものだ。粘土のように粘着性があり、壁に貼り付けたり溝に埋め込んだりと応用性に秀でた人を殺傷するための兵器。


 こんなものが近距離で爆発したら俺の体は跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。爆弾を所持しているような強盗だ。おそらく戦闘経験や知識もあるのだろうが、それでも俺は必死の抵抗としてプラスチック爆弾を引き剥がそうとした。


「ってちょおおおおっ!? なんで揉んでるの!? ああっ、バカ! やめ、んんっ!」


 クソ! なんだこの弾力は! プラスチック? 粘土? そんなものじゃない。これはマシュマロだ。命を奪う代物のくせになんて魅惑的な感触だチクショウ!


「俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」


 衣服の中に隠されたそれをどうにか奪い取ろうと強盗の懐に手を潜り込ませる。


 しかしすぐに分かった。これは普通の服じゃない。・・・・・・着物か?


 なぜ着物なんて着ているのか分からないが、強盗なんて非人道的なことをする人間の思考など考えても理解できるはずもない。逡巡すら惜しい今の状況で時間を無駄にした。


 俺は無我夢中で胸の前で交差した着物の間に手を突っ込み、思いっきり開いてやった。


「見せてみろやああああああああああああ!!」

「きゃああああああああああああああああ!?」


 ぽよよ~~ん。


 間抜けな音がした。


 最近の爆弾はこんな効果音がなるのかすごいなー。


「いや、おっぱいじゃん」


 何を勘違いしていたのだろうか。これは爆弾などではない、いやある意味あっているかもしれないが今は哲学的な見解を求めているわけではなく目の前で撓わと実る二つの果実の正体の物理的な答えが欲しいのだ。


 ツー、と。鼻の下を血が伝っていくのを感じる。


 ・・・・・・えっ?


 おっぱい?


 おっぱいとはなんだ?


 それは日常的に視界に現れていいものか?


 それは目の当たりにして平然とした態度を保っていられるほどのものか?


 否。


 健全な男子高校生にとってそれは規格外の刺激物となり得るもので凶器といっても過言ではない。


「カム着火インフェルノオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ぶほぉあぁっ!?」


 光の速さで繰り出された拳は俺のみぞおちを的確に捉えた。そのあまりの衝撃に俺は声にならない声をあげながら格ゲーのキャラみたく部屋の端まで吹っ飛んだ。


「しんっじらんない! 神様の胸をいきなりご開帳するだなんて! 激おこスティックファイナリティぷんぷんドリーム一歩手前だったんですけど!?」

「げほっ、げほっ! な、なにが神様だ! この強盗! 金目のものはうちにはないぞ!」

「はぁ? 強盗? 最近の人間は礼儀も知らないの!? 頭が高いわひかおろえ! ん? ひかよろえ! あれ? なんだっけ、ちこうよれだっけ?」


 痛みで霞んだ視界の中、小首を傾げながらバカげたことを呟くそいつに焦点が合う。


 はだけだ青い着物。雲と鈴蘭の美しい模様が神秘的で長い裾が天の川のように床を伝っている。どこか煌びやかで、不自然に光が宿るその様はこの世のものとは思えないほどに霊妙だ。


 和の象徴である着物の究極点に至った見事な造形、しかしそれを着ているのは、俺と同じくらいの年の、金髪の女だった。


 ミスマッチな金髪は美容室で整えてきましたとでも言うようにウェーブがかかっており、駅前のオシャレな店で買えるようなシュシュで後ろに束ねている。耳にはピアス、長い袖の間からはカラフルなブレスレットが見え隠れしていてとても神様がする格好とは思えない。


「まぁなんでもいいや。と、に、か、く。キミは神様に対しての態度がなってない。おけまる?」


 そんな彼女を見て、俺はこう思わざるを得なかった。


「ギャルだ」


 誰がどう見ても、そいつはギャルだった。なんか喋りかたもそれっぽいし。


 目の前のギャルは頬を朱に染めて、露わになった白い素肌を隠すように乱れた着物を整えた。


「ギャル、ふふん。その響き。なんだか現代的でいいじゃん」


 何が何だか分からない俺を見据えて意味ありげに口角をあげると、彼女は俺の元へと歩み寄り先ほどど同じように顔を寄せてくる。


 長いまつ毛が精密に交差しエメラルドグリーンの瞳を覆う。血色の良い艶やかな肌が部屋の電灯を反射し、絵画よりも美しい造形の顔に思わず息を飲む。


「でも残念だけど、ウチはギャルじゃなくて神様なの。おーけい? 理解してる?」


 ふざけた虚言と切り捨てることも容易だが、彼女の現実離れした容姿と異様な雰囲気に納得してしまっている俺がいる。順応力が高すぎると賞賛したいほどだ。


伊邪那美命いざなぎのみことって言ったら分かるかな?」

「分かんないですね」


 がくっ、とずっこける音。お笑い芸人みたいな反応だ。


「もう! この前ウチに来てたでしょ!? まさか祀られてる神様も知らないで参拝してたとか!?」


 この前? あぁ、確かに俺は正月に初詣で近所の神社に行った。


 そもそも俺は無宗教なので神様なんて信じていないし参拝することによる御利益もアテにしていないのでファミレス感覚で立ち食い蕎麦を食いに行った記憶しかない。


「その様子だと本当に知らないっぽいね・・・・・・はぁ、ホントどうなってんの。昔は誰もがミコト様ミコト様って崇めてたのに」


 自分を伊邪那美命、ミコトだと言い張る着物ギャルはどこか遠くを見て懐かしむように目を細めた。


「で、あの。強盗ではなく神様なのだとしたらあなたは何しにここへ?」

「願いを叶えに来たの」

「願い?」

「そ。あの神社も結構歴史が古いんだけど、なんとキミが記念すべき1000万人目の参拝者だったの。わーパフパフ。てなわけで出血大サービスで神様であるウチが一つだけ願いを叶えてあげる。デリバリーカムトルゥー的な?」


 願いを叶えてくれる! その響きに俺の胸は一気に高鳴った。


 これが夢なら致し方なし。しかし現実なのだとしたら儲けものだ。


「――でも」


 ミコトは不機嫌そうにそっぽを向いて、着物が綺麗にはためいた。


「さっきいきなりウチのおっぱい揉んだからやっぱやめた」

「そんな!?」

「当たり前じゃん! かれこれ数千年生きてるけど初対面の人間にあんなことされたの初めてだったんだけど! 神様の長い歴史に新たな1ページをキミに刻まれたんだけど!」

「それは、すみません。プラスチック爆弾かと思って」

「はい?」


 ゴミを見るような目で睨まれた。そうだよな、自分でも意味分からないこと言ってると思うもん。寝起きだったの許して。


「ま、そういうわけだから。これからはもっと信仰心を持って生きていくこと。じゃね」


 ネイルの塗られたピンクの爪を光らせて、ミコトは窓を開けた。


 冬の夜風が頬を撫でる。そんな中俺は考えていた。


 この機会を逃していいのだろうか。


 俺は待っていたのではないだろうか。


 自分を変えてくれる存在を、望んでいたのではないだろうか。


 そしてきっと、それは彼女なのではないだろうか。


「待ってください!」


 机の上に置きっぱなしだった棒付きの飴を手に取る。


 これはチョッパチュプスという30円くらいで買える安いお菓子だ。


「これでなんとか、お許しをいただけないでしょうか!」


 振り返るミコトの表情はいまだに芳しくない。怒っているようにも見えた。


「ふーん、お供えものってわけね」


 そう言うとミコトは俺の手からチョッパチュプスをひょいっと取ると包装を解いてそのまま口に放った。


 こんなものでよかったのだろうか・・・・・・。神様なのだからきっと高級な和菓子とかたくさん貰ってるだろうし、こんな子供の舐めるような飴なんて渡してなおさら機嫌を損ねたりしないか今更心配になってきた。


 でも、この部屋にはお供え物に使えるようなものがこれくらいしかなかったのだ。


「んっ!?」


 見ると、ミコトは大きな目をまん丸に見開いて固まっていた。な、なんだ?


「ん、んんっ!? んんんんんーーーっ!?」


 よく分からない奇声をあげたミコトは棒をくるくると回して口の中で飴を転がし始めた。


 初めてお菓子を分け与えられた子供のようにチョッパチュプスを夢中で舐め続けるミコト。やがてガリッと音がしたかと思うと口から飴の部分がなくなった棒が出てきて、ミコトは微かに濡れたその白い棒をじい~っと眺めている。


 これは、まさか?


「あの、まだありますよ」


 俺がストックしたいた分のチョッパチュブスの山を差し出すと、ミコトの目が星の形になり「ほわああああああ」と蕩けるような声をあげた。


「これ、全部くれるの?」

「もちろんです。これでお詫びになればいいのですが」

「なーに言ってんの! ウチぜんぜんこれっぽっちも怒ってないよ? 別に? 胸揉まれたくらいでなんとも思わないし? 神様寛大だし? まあまぁ! 人間と神様同士、仲良くやろうよ! ねっ!」


 白い歯を見せて無邪気に笑うミコトは、そのままチョッパチュプスをひったくって再び一つ、口に含んだ。


「んん~~っ! これプリン味!? はぁぁ~~やるわ。キミやるわ! ウチが饅頭とかお団子に飽きてるのに気づいてあえてこの単調な味の飴を渡したんだね!?」

「いや、まぁ。でもそんな安いものしかなくて」

「値段じゃないって! 贈り物とかお供え物って結局気持ちが一番大事じゃん? このチョッパチュップス? にはキミの神様を想う気持ちがこれでもかー! ってくらいに込められてた! なんだキミ、信仰心あるじゃん! ウチ勘違いしてたよめんごめんご!」

「あ、あはは」


 なんだか、結果オーライな展開になってしまったが、俺にとってはこっちのほうが都合がいい。


 なんとかミコトを留まらせることに成功した俺はさっさと本題に入ることにした。


「それで、願い事なんですけど」

「あー、ちょっと待ってね? 次はこのパフェ味ってのも食べてみたいから。あ、ラムネ味もいいね! ちょー迷うんだけど、ねね。キミはどれがオススメ?」

「いや、それよりも願い事を・・・・・・」

「ふあっ!? バナナ味!? こんな芸当もできるのこの飴は! あむっ。んん~~っ! 神! バナナ味、神美味いわ! 神様のウチが言うのもアレだけど。アハハハハ! ちょーウケるんですけど!」

「・・・・・・」


 その後もミコトは、色々な味を吟味し続け、3時を超えたあたりで俺は諦めて布団に潜り込んだ。


 なんなんだこれ。


 ギャル風に言うと、マジ卍だ。


 ところでマジ卍ってどういう意味なのだろうか。分からない。


 つまり今の状況も、意味が分からないのだ。


 変わることは難しいとよく言うが、初めて俺はその言葉に共感していた。    

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