まだ2人が純白だった頃の出逢いを描いた作品
@anami_puipui
第1話――出逢い
人がいる。
人という字は人と人が支え合って出来ていると昔ロン毛の教師が言っていたらしいが、ボクの産まれた時代より随分と前に教鞭を執っていたと聞くので多分もう教師はやっていないだろう。
とまあそんな訳でボクの目の前には溢れんばかりの人人人がいる。コロナが完全収束したからってどいつもこいつも浮かれ面で騒いでいるんだ。まるでヒロポンを大量摂取して騒いでいる使い捨ての兵隊みたいだね。
「テッシュをどうぞ〜、よろしくおねがいしまーす」
「え? あ、ハイ……」
見えない。
下手にコンタクトにしたのがいけなかったみたいだ。どうやらボクにはこの現代魔法的なレンズが合わない目の形をしているらしい。外部に触れている目の面積が大きいせいで、瞬きをしていると1時間もすればレンズがズレるのだ。これはどうしようもない事のようだ。
先程テッシュを渡してくれた人は声からして女の人っぽいな。顔は全く分からなかったが、声優のような綺麗な透き通る声だった。何だか今日は良い事がありそうだ。
「――だからさ〜、いいだろ〜? 奢るからさ」
「頼むよお姉さん〜」
前方3メートル。
人の声だ。陽キャの香りがする。
顔は全く判別出来ないが、関わったら不味そうな雰囲気がバリバリと伝わってくる。ここは目を合わさずに通り抜けようか。
ドン
ショック。
ぶつかってしまった。
「あ? 誰、お前」
「あ、いえ……す、」
「す?」
パニック中のパニック。
脳内で赤黒く光るレッドランプがけたたましく鳴っている。訂正しよう。今日は良い事なんて無い。最悪の一日だ。
「用事ないなら消えてくんね」
「ぁ……その」
「良いから消えれやカス。早く死ね」
……『早く死ね』? よくそんな事が赤の他人に言えるな。親はどういう教育をしてるんだ。アレか? どうせ学校でも授業中紙飛行機飛ばしたり喋っくちゃって教師に反抗するのが格好良いとか思ってる奴らだろ。アレ、全然格好よく無いし、汗臭いオッサンになってから『昔はワルだったんだよ〜』とか後輩に自慢してウザがられるルートまっしぐらだからな。
「……し、か……」
「あ?」
「死ねとか……良くないと、思います……っけど?」
あ、ヤバい死んだわこれ。
「コイツ意味分かんなくね?(笑)」
「それな、頭おかしいよな」
どう考えてもおかしいのはお前らだよ。
赤の他人に『死ね』と言う人間とそれを注意するボク、うん……言葉にしてみてもやっぱり相手の方がおかしい。ボクの倫理観おかしくないよな。
「あー、もう良いわ。何か冷めたわ。ちょっとお前来い」
「え、ちょ……」
「おら早く来いや! じゃ、お姉さんまた会おうね〜」
そんなこんなでボク
※※※
「東島さん〜、怪我の具合はどうですか?」
病院にて。
ボクは今白いベッドに横たわり、頭と足に包帯が巻かれている状態でグンバツに可愛いナースのお姉さんに具合を聞かれている。
病院送りになってから1週間少し。お医者さんには2週間安静にしていろと言われた。……まあ高校も休めるし、美人のナースさんにも会えるから良しとしよう。
「まあまあですね……」
「あ、そうですか。取り敢えず包帯替えさせてもらいますね」
グルグルに巻かれた足の包帯がナースさんの細い白魚のような手によって解かれる。あの手、美しい。願わくば写真を撮ってメモリーディスクを木製の宝箱に収納して棺桶と共に燃やしたいと思うほどだ。
流石プロと言った所か。ものの数分で足と頭の包帯解かれ新しいものが巻かれていく。一体この女の人は何百人の患者を世話してきたのだろうか。その中にはきっと、亡くなってしまった人もいるのだろう。うむむ、そう考えると看護師も大変だな。
その後美人ナースに人差し指を口元に当て「安静にしてて下さいね」と言われたので、良い子のボクは大人しく安静にしていた。
とは言ってもまだ動けるほど回復してないからそうする事しか出来ないのだが。
「あの……
女の子が来訪した。
見た目は大人っぽくモデルのようにスタイルが良いが、ボクと同じ学校の制服を着ている事から少なくとも高校生であることには間違いなさそうだ。
「えと、そうですけど……」
「そうですか。貴方が……」
泣きそうなんだか怒っているんだか分からない顔つきで少女はボクの事を見る。迫力満点で心の臓が破裂しそうなほど鳴り出す。……何かしてしまっただろうか。凄く怖い。
「あの……何て言うか」
水気のある桜色の下唇を噛み、少し言いにくそうにしていた少女だったが、どうやら決心したご様子でハッキリとこちらを見てこう言った。
「先日はありがとうございました……その、助けていただいて」
「助け……何の事かちょっと分からないんですが」
「あの……1週間前くらいに私がナンパされていた所を助けていただいた者です。覚えて、ませんか……?」
「ナンパ」
「はいナンパです」
随分とハッキリ言う人だ。これは相当自分に自信を持っていると見える。
そして何となく察した。あの時ボクがぶつかった陽キャ達は誰かと話していた。きっとそれがこの人なのだろう。
女の人を見ると、表情から怯えが見えた。きっと罪悪感を感じているのだろう。だったら、ボクがやる事は一つだ。
「覚えてませんね。貴女のような人は」
「え……でも、確かに」
「覚えてません。警察呼びますよ。帰って下さい」
「帰っ……え」
「どうしたんですか? 早く、早く帰ってよ」
「……もう良いです……」
酷く憤った表情を浮かべた後に女の人はその場をカッカと音を鳴らして去っていった。
……これで良い。クズ男を演じれば、相手も罪悪感が無くなって面倒な事をしなくて良くなる。これで良いんだ。
それからボクは窓辺に目線を移し、まだほんのり肌寒い春の天気を眺めるのだった。ああ、今日は良い天気だなぁ。
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