第26話 挑戦

「七瀬さん。あなた絶対にメイドをやるべきよ」


「えっ?」


 集合時間通りに手芸サークルの部室に向かうと手芸サークルの部長。陣内先輩が詰め寄る。


「えっ?えっ?」


「黒髪ロングに引き締まったウエスト。うんうん。もうメイドしかな……」


「はいはい。そこまで七瀬くんが困ってるでしょあやかくん」


 急速に差を詰める陣内綾香じんない あやか先輩が私の手を取ろうとしたその時、私の間に入ってきたのは、文芸サークル部長の刈谷かりやめいか先輩だった。

 そしてもう一人、調理サークル部長。真中圭まなか けい先輩が立ち上がった。


「そうだよ。陣内ちゃん。無理強いはよくない。七瀬ちゃんは、僕たち調理サークルのお手伝いをお願いしてんだから」


 そう私は調理サークルの手伝いで試作品を作る予定となっていた。今日もそのつもりでここにきている。

 そんな中、可愛らしくふてくされた表情で真中先輩に陣内先輩が反論する。


「むー。でも七瀬さん手伝うの試作品の段階だけよね。本番は是非ともメイドとしてホールに立って欲しいのよね。聞けば元々は、眼鏡っこだったらしいじゃない。是非とも眼鏡メイドに……ねっねっ」


「えっえっ」


 一見清楚なお嬢様な陣内先輩の眼が妖しく輝きをます。


 そんななか、ガツンと陣内先輩の頭に本の角が刺さった。


「痛ーい」


「ほらほら七瀬くんに無理強いしない。さっきから言ってるでしょ。この人はもう……」


「痛いじゃない。本の角で殴るなんて私たちが針で…調理サークルが包丁で……とにかくサークルの命を粗末にしてるってことだと思うのよ!」


「うん。うまい事言おうとして全くまとまってないね。さすがに本の角と包丁は同じにしないでもらえるかな。まあ七瀬くんが納得してくれればいいんだ。そんな強引にすると了承してもらえないよ」


 めいか先輩は指でスッと眼鏡の位置をなおす。


「うー。わかったわよ。ねぇ七瀬さん。まずウェイトレスをお願いしたいんだけどどうかな?」


「えっと…私バイトもしたことなくて……」


「それは前向きに検討してくれっるてこと?もちろん私も協力するわよ。完璧なメイド道を伝授するわ」


 そして更に陣内先輩の眼が妖しく輝く。


「相変わらずだねぇ陣内ちゃんは……普段はだれが見てもお嬢様なのに……」


「腐腐腐。そんなことないわよ。圭ちゃんもメイドさんする?」


 真中先輩は男性だけど小さくて可愛らしい。まるで女の子のような容姿をしていて、趣味は料理という。

 そんな真中先輩は男の子たちのファンも多い。


「むう。陣内ちゃんはすぐの僕を女の子扱いするんだから。どっちかというと執事なんだけど僕は。まあ七瀬ちゃんがメイド似合うかもっていうのは実は僕も思ってたんだけどね」


「圭ちゃんさすがね。どうかな七瀬さん」


 不思議だ。

 

 前の私は、文芸サークルにいるのかいないのかわからない毎日を送ってた。

 ただひっそりと、好きな小説を読んで過ごす日々。


 このイベントだって、先輩に混じってクッキーを焼くのを手伝っただけ。

 3人の部長と話す機会なんてなく、先輩たちがこんな感じだなんて少しも知らなかった。


 もっと前に一歩踏み出せば、もっと歴史はかわっていくの?この選択は颯ちゃんとの未来に交差しているの?


 やろう。なんでもやろう。一度失った人生なんだから。


「やります。是非そのメイド?ウェイトレス?をやらせてください」


 私は3人に向かって頭を下げた。


 ***


 21時過ぎ。


 間近に迫った学園祭準備に追われ、気づけばこんな時間になっていた。


 ちょうど、颯ちゃんがバイトを終える時間。寄っていこうかな。


「っしゃいませ~。おっ春佳ちゃんじゃん。颯真ならもうすぐ出てくるよ~」


「ありがとうございます。中川さん」


「いいのいいの」


「お疲れ様でーす。あれ春佳じゃん。今帰りか?」


「うん。最後の追い込みでね色んな種類のクッキーを試してたの。中川さんもどうぞ」


「おっ春佳ちゃんサンキュー。ちょうど腹減ってたんだ。克哉のやつちょうど出ちゃってるから一緒に食うよ。じゃあ颯真もお疲れな」


「はい。お疲れさまっす……」


 克哉くんはいないのか。

 中川さんにクッキーを渡し、コンビニを2人で出る。なんだか久しぶりに一緒に帰るな。


「おっうま。これ」


 クッキーを口に入れた瞬間。颯ちゃんが笑顔になって次々とクッキーを口に運ぶ。


「ホントっ?自信作なんだ。当日に出すクッキーなんだよ」


「ホント美味いわ。これ。金とれるぞ。そういえば春は当日何かするのか?克哉が言ってたけど執事・メイド喫茶やんだろ?」


「うん。私もメイド?一応ウェイトレスをやる予定。うちのサークル。女の子が多いからそんなに長い時間やらないんだけどね。ちなみに男の子たちは執事になります。是非ご贔屓に」


 そう言って頭を下げる。私の顔は火がついたように熱い。たぶん真っ赤だ。


 だけど……


 ちょっと恥ずかしいけどやるならば来てほしい。私を見てほしい。うん。きっと大丈夫。

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