第31話 最後の仕上げのために

「クーリング アナライズ」


「クーリング アナライズ」


「クーリング アナライズ」


「クーリング アナライズ」


何をやっているかって?


エールの酒樽を冷やしているんですよ。


なんで何回も魔法を発動しているかって?



「トム!キンキンに冷えてるエール持ってこい!」


「ダンク兄にい、他人ひとの弟子を勝手に使うんじゃねえ!トム!こっちにもギンギンに冷えてるエールを持ってこい!!」


・・という訳なんですよ。


って誰に言ってんだ?



もとい。


さすがに、ドンクさんが一目いちもく置く鍛冶職人だけあって、俺の拙い説明でとうとう蛇口を作り上げてしまった。


最初は色々と試行錯誤を繰り返して、なかなかうまくいかなかったんだけど、ねじ切り加工のことを説明したら、すぐに習得して、結果、蛇口を作り上げたのだった。


すげえな、異世界の鍛冶職人!


それからは、管を分岐してもらったり、女湯への配管、2階での配管と、追加でいろいろやってもらっていた。


で、当然仕事中はドンクさんたちと同様に、すっかり気に入った『冷えたエール』を飲みまくっているのである。



「だいぶ形になってきたよなあ・・」


ドンクさんの工房には、家具や建具はもちろんのこと、脱衣カゴも説明したら作ってくれた。


お休み処には、小上がりの床に座って使うための、平テーブル。


それから、入り口のホールと各脱衣所の間には、銭湯に必須の番台も設置した。


はじめは、ドンクさんに説明しても、なかなか理解してもらえなかったが、入浴料を取る場所だと説明したらなんとか納得してくれた。



あとは残すところは、事務室の内装と肝心のアレだ。



「うーん・・・どうすればいいかなあ」


俺は、男湯で浴槽の背後の壁を見つめて唸った。


男湯と女湯は、天井まで届いていない仕切りの壁で隔ててあり、それぞれの浴槽の背後の壁は1つにつながっている。


言い換えれば、1つの大きな壁だ。


俺にはその才能は無いし、ドンクさんたちに聞いても首をひねられたからなあ・・。



その日の夜、俺は久しぶりに、酒樽を買うためではなく酒を飲むために、例のスキンヘッドの酒場へ向かった。


酒場の名前は『ピテュス』、酒の神の名前らしい。


地球で言えば、バッカスかな?



「いらっしゃい!」


酒場に入ると、威勢の良い声をかけられる。


スキンヘッドのマスターが、皿を磨いていた。


「また酒樽かい?」


皿磨きをする手を止めずに聞いてくる。


「いえ、今日は飲みに来ました」


「じゃあ、空いている席に座んな」


俺は、カウンターの一番端にの椅子に座った。


「エールで」


「エールね」


タンッ。


すぐに、木製のジョッキにエールが注がれて、俺の前に置かれる。


俺は試しに無詠唱で、ジョッキのエールを冷やしてみる。


『・・できた』


「うぐっ・・ぷはあ~。うまっ!」


タンッ。


カウンターにジョッキを置いて、マスターの方を見る。


「なんか用か?」


マスターは、相変わらず皿磨きをしながら、こちらを見ずに聞いてきた。


「あの、マス・・ジョニーさん。この村で絵の上手な人っていませんかね?」


マスターの名前はジョニーさんと言うらしく、最近は名前で呼ばないと妙に機嫌が悪くなる。


だから、慌てて名前で呼んで、聞いてみた。


「だったら、あそこの壁際の席のリンだな」


ジョニーさんは、あごを小さくしゃくって答えた。


俺は目立たないように、そっと首を回して自分と対角線の反対側にある、4人掛けのテーブル席に座っている男たちを見てみた。


壁際の一番奥側の席に、滅茶苦茶くせっ毛の茶髪でやせ型小柄な男が座っていた。


ぱっと見は、10代前半に見える。


この世界では、16才で成人で酒が飲めるから、おかしくは無いのだが・・。


俺は、ジョニーさんにエールを追加で4杯頼んで、そのテーブル席へ向かっていった。


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