第11話 宿屋にて


「なあ、あいつがミーナさんの病気を治したっていう薬師か?」


「いや、元イーサン皇国の治療師だって噂だぞ」


「そんな奴がこの村に来るわけねえだろ。東島の呪術師じゃねえのか?」


ひと眠りして、食堂に降りて夕飯を食べていると、離れた席の3人組がひそひそと話しているのが聞こえた。


「なんか、変な噂が広まっているな・・」


なんでだ?


「お客さん、ミーナの病気を治したんだって?」


宿の主人のベイルさんの奥さん、シンシアさんが、なんかの肉の串焼きを、テーブルに並べながら聞いてきた。


「え?ええ、まあ。どうして知ってるんですか?」


「ミーナとは同い年で、幼馴染だからね。ありがとね」


明るい茶色の髪をポニーテールにしたシンシアさんが、頭を下げた。


「いえ、村長さんたちにはお世話になりましたから」


さすが、田舎の村だ。


情報が伝わるのがめっちゃ早い。


でも、尾ひれがついて話が変な方向にいっている様な気もするけど・・・。




「なんだとー!俺の酒が飲めねえってのか?」


「うるせー!俺は手酌主義なんだよ」


「しみったれた飲み方してんじゃねー!」


「んだとぉ!!」


「まあまあ、酒は味わって飲むものだぞ」


さっきの3人組が、いい塩梅になってきたのか、騒がしくなってきた。


「うっせー!!」


その内の1人が、突然立ち上がってもう1人の胸倉を掴もうとした。


「きゃあ!」


ちょうど、できたばかりの料理を運んでいた、シンシアさんの肘にそいつの肩がぶつかった。


「うわっと!ごめんごめん」


「だいじょうぶか?」


「すいません」


3人組がシンシアさんを振り返る。


「あっつー・・いたたたた」


シンシアさんは、右手をおさえて床に座り込んでいる。


「シンシア!大丈夫か!?」


厨房から旦那さんの、ベイルさんが飛び出してきた。


「大丈夫ですか?」


俺も他の客と同じように近寄って、声をかけた。


「つつつつつー・・」


「見せてみろ!」


ベイルさんが、そっとシンシアさんの左手をどけさせる。


シンシアさんの右手の甲が、やけどで真っ赤になっていた。


「まってろ!いま冷やすものを持ってくる」


ベイルさんが、厨房に戻っていく。


ちょっとあれはまずいな、水ぶくれも出来かけているし。


「「「すいません!!!」」」


3人組が土下座をして謝っている。


「・・つぅ・・いいのよ、こんなのはよくあることなんだから」


シンシアさんは顔をしかめながら、努めて明るく言った。


「ほら、これを当てろ!」


ベイルさんが戻ってきて、水に濡らしたタオルを渡した。


「ごめんよ、右手がこれじゃあ今日はもう、料理の手伝いができないね」


「んなものは、俺ひとりいればじゅうぶんだ!お前は奥でちょっと休んでいろ」


ベイルさんが、シンシアさんの肩を支えて立ち上がらせる。


・・・しようがないな。


「あの、ちょっと診せてもらえますか?」


俺は人垣から一歩前に出ると、二人に声をかけた。



「お客さん・・」


シンシアさんが、驚いて俺の方を見る。


「あんたは確か」


「マモルっていいます。ちょっと、その手を診せて貰ってもいいですか?」


俺はもう一度そう言って、シンシアさんを見る。


「え、ええ」


「失礼します」


小声で一言ことわって、シンシアさんの右手を取った。


まだ水ぶくれは、酷くなっていない。


このぐらいだったら大丈夫かな。


「ヒール」


俺は、小声で詠唱をした。


金色の光が、シンシアさんの右手を包み、やがて消え去る。


「えっ!?「なっ!」」


二人が声を上げる。


「「「「「「おお!!!!!!」」」」」」


そして、まわりからも、驚きの声が出る。


シンシアさんの右手は、やけどする前のきれいな手に戻っていた。


「これが、噂に聞く回復魔法か?」


「俺、初めて見たぞ」


「まるで、魔法みたいだ」


「いや、魔法だから」


「きれいさっぱり、跡も残っていないぞ」


「前よりキレイなんじゃないか?」


「誰だ失礼なこと言ったのは?お前か!」


『ボコ!』


ベイルさんに殴られているやつがひとりいたが、みんな勝手なことを言っている。


「お客さん。あっ、いや、マモルさん!」


ベイルさんが、俺の両手を掴んでくる。


「ありがとうございます!なんてお礼を言ったらいいのか」


「そんな、別にいいですよ。俺が勝手にやったことですから」


「そういうわけにはいきません。なあ、シンシア!」


ベイルさんが、シンシアさんを振り返る。


「・・え?ええ!当たり前よ!是非お礼をさせて」


すっかり良くなった右手を撫でながら、少しボーッとしていたシンシアさんが、激しく頷く。


「いや、いいですって」


「ダメだ・・そうだ!今日支払ってもらった、10日分の宿代、あれを無しでというのはどうです?」


「そんな、かえって悪いですって」


「分かった!半分の5日分で。どうです?」


「私からも、お願い!」


二人して頭を下げてきた。


もうしょうがないなあ。


「分かりました。5日分ということで」


「「ありがとうございます!!」」


もう、なんでこうなったんだろう・・・。



このあと、さっきの3人組にもエールを奢られて、なぜか宴会に突入したのだった。

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