第18話 再会

 次元の魔王――臥龍院蓮司の登場に次郎は困惑する。

(次元の魔王がなぜここに?)

 蓮司の視線から理由が分かった。恵麻である。蓮司は恵麻に会いに来たのだ。そして恵麻は、蓮司の登場にかなり驚いていたが、サングラスを外し、怪訝な表情に変わる。

「客にそんな態度は失礼なんじゃないか?」

 不敵な笑みをうかべる蓮司。恵麻は表情を変えず、攻撃的な瞳で、蓮司を見返す。蓮司は肩をすくめ、カウンター席に座った。

「久しぶり。元気そうで何よりだ」

「……何しに来たの?」

「何って、コーヒーを飲みに来ただけだけど? ここは、客で差別をするような店なのか?」

「……違うけど」

「なら、いいだろう?」

 恵麻は苦虫を嚙み潰したような顔で口を閉ざした。

(早く来てくれー氷室パパ!)

 次郎は居心地の悪さを感じた。ひりついた雰囲気。恵麻の父親は、奥の厨房で作業しており、不穏な空気には気づいていないようだ。

 蓮司は涼しい表情でメニューを眺める。一方、恵麻の不機嫌な表情が変わることはない。

「おすすめは何?」

「……レギュラーコーヒー」

「コーヒーか……。なぁ、氷室は、俺が好きなものを覚えているか?」

「忘れたわ」

「カフェラテだ。だから、カフェラテを頼む」

 恵麻は返事をすることなく、厨房へ消えた。訪れる沈黙。店内には、次郎と蓮司しかいない。

(質問しなくて良かった……)

 恵麻がいなくなって、次郎はホッと胸を撫でおろす。恵麻の蓮司に対する態度を見て、恵麻が心底、蓮司を嫌っていたことを察した。もしも彼女に、『次元の魔王』について質問していたら、明日から出禁になりそうな勢いだ。

(それにしても)

 と、次郎は横目で蓮司を観察する。最強と言われるだけあって、やはり異質な魔力を感じる。彼に対する好奇心がうずく。戦ってみたい。そう思う自分がいた。

 恵麻が戻ってきて、蓮司の前にカフェラテをおいた。

蓮司はカフェラテを飲み、笑った。

「うめぇじゃねぇか」

 しかし、恵麻はそっぽを見ている。

(おお、怖っ)

 女性は嫌いな異性に対して、辛辣すぎる態度で接するという。それを目の当たりにして、次郎は蓮司に同情した。何があったかは知らないが、さすがに可愛そうだ。しかし蓮司は、そんな恵麻の態度すら面白そうに薄い笑みを浮かべている。噂通り、性格が悪いのかもしれない。

「なぁ、氷室。最近、調子はどうだ?」

 恵麻は無言を貫く。

(ギャグでもすればいいのか?)

 次郎は、この場の空気を変えることができないコミュ障な自分が憎かった。

「氷室。お前は――」

 そのとき、扉が開く音がして、少女が現れた。真奈である。真奈は次郎を認め、微笑んだ。

「あ、紅さん! 出所おめで――って、お姉ちゃん!?」

 恵麻は真奈の手を引いて、スタッフ用の部屋に入った。そして数分後、エプロンをつけた真奈が部屋から出てくる。

 真奈は困り顔で次郎へ歩み寄った。

「あの、お姉ちゃんを怒らせるようなことをしたんですか?」

「俺じゃねぇし」

 次郎は声をひそめる。

「え? じゃあ、何で?」

 次郎が蓮司の方に視線を走らせると、真奈は察したのか、頷いた。

「……なるほど。お姉ちゃんも困った人ですねぇ」

 真奈がカウンターに入ると、「おいっ」と蓮司が真奈をにらんだ。真奈は表情をこわばらせた。

「な、なんでしょう」

「……いや、何でもねぇ」

 蓮司は言いかけていた言葉をカフェラテで流し込んだ。

 そして蓮司は閉店時間まで粘っていたが、諦めたのか、不機嫌な表情で帰っていった。店内の空気がゆるみ、真奈は安どの息をついた。

「ようやく帰ってくれました……」

「そうだな」

 次郎は荷物をまとめ始める。もっと早い時間に帰りたかったのだが、『一人にするんですか?』という、真奈の救いを求めるような目があったので、しぶしぶ残っていたのだ。

「あっ、ハンカチ忘れてる……」

 見ると、カウンターの上に、ハンカチが置いてあった。真奈と目が合う。真奈は何か言いたそうだ。次郎は面倒くさそうに言う。

「そのうち、取りに来るんじゃない?」

「お姉ちゃん的にそれは良くないんじゃないですか?」

「まぁ、そうかもしれないけど。あ、でも、そうか、それが狙いなんじゃ。さすが、光の住人。積極的だなぁ」

 次郎ののんきな調子に、真奈は冷ややかな目を向ける。

「好きじゃない人のアプローチなんて、全然うれしくないんですよ?」

「……さいですか」

「そういえば、紅さんは、次元の魔王に用があったんですよね? まだ、間に合うんじゃないですか?」

「いや、それはもう、どうでもいいんだけど……」

 視線をぶつけ合う二人。一人は面倒くさそうに、もう一人は男気を求めるように。先に折れたのは、次郎である。

「わかったよ。行けばいいんでしょ」

「さすが、紅さん!」

「すぐ戻ってくるから、荷物は置いておくね」

「はい!」

 次郎はハンカチを持って、店の外に出た。

(いるかな……)

 いた。坂を下る金髪を見つけた。次郎は彼を追いかけて走り出す。しかし、あと10数メートルという距離まで近づいて、次郎は気づいた。

(何て話しかければいいんだ?)

 ハンカチ忘れましたよ? とでも言えばいいのか。しかしどんな顔で、そのセリフを口にすればいいのかわからない。それに、もしも次元の魔王が、恵麻との会話のきっかけのためにハンカチを忘れたのだとしたら、自分が渡した場合、不機嫌になるに違いない。逆ギレも十分にありうる。相手はかなり性格が悪いことで知られる人間だ。そんな人間と穏便にことを済ませるためには、どうしたらいい?

(あぁ、面倒くせぇ)

 次郎の瞳が曇る。第三者である自分が、なぜ、こんなにも考えなければいけないのか。見失ったと嘘をついてしまおうかとも思った。しかし、それはそれで面倒なことになりそうだ。

(どうしたもんかな……)

 次郎が判断に迷っていると、蓮司の足取りが心なしか速くなったような気がした。次郎は見失わないようについていく。そして、結論が出せないまま、人気のない外れの方にやってきた。蓮司が、無人の工事現場に入っていく。

(ここで生活しているのか? いや、そんなわけないよな……)

 そこは人が生活しているような場所に見えなかった。

(とりあえず、ついて行ってみるか)

 蓮司がコンテナの角を曲がった。だから、次郎もコンテナの角で曲がり、蓮司を追いかけようとした。そのとき、次郎の前で火花が散って――爆発が起きた!

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