第9話 不良、襲来!
喫茶店からの帰り道。次郎がコーヒーの余韻に浸っていると、突然、学ランを羽織った男たちに囲まれた。
「よぉ、昨日ぶりだなぁ」と一人の男が言った。
「誰?」
「忘れたとは言わせねぇよ! てめぇには、治療費を払ってもらうからなぁ!」
男が突き出した右手には、ギブスが巻かれていた。それで、男の顔を思い出す。昨日、恵麻をナンパしていた不良Aだ。
「ああ、昨日の。でもあれは、いきなり殴ってきたそちらが悪いのでは?」
「うるせぇ!」
「えぇ……」
次郎は困惑する。が、悪いと思う気持ちが全くないわけでもないので、回復魔法を使おうと思い、杖を握った瞬間、男たちが身構える。
「また魔法を使う気か!?」
「治そうかなって」
「そうやって、俺たちを欺くつもりだろ!」
「そんなつもりはないですけど」
しかし、男たちの表情から察するに信じてもらえそうにない。だから次郎は、大人しく杖から手を離した。医者に診てもらったなら、自分の出る幕はないとも思ったし。
「それで、治療費はいくらですか?」
「50万だ」
「50万? 保険に入ってますか?」
「高等魔法を使って治してもらうからな!」
次郎は呆れたようにため息を吐く。人の金だと思って、好き勝手なことを言う。だったら、自分で治した方が早い。そう思って、次郎は再び杖を握った。男たちは再び構える。
「て、てめぇ、杖を捨てろ!」
「そしたら、あなたのそのケガを治せませんよ」
「ケガを増やすつもりだろ!」
埒が明かない。強引にでも魔法を使うか? そんなことを考えていると、不良Aの後ろに大男が現れた。身長が180センチ以上はある、リーゼントが特徴の男だ。男は不良Aの肩に手を置いた。
「かっちゃん。ここからは、俺に任せろ。こういう馬鹿は、痛い目に合わねぇとわかんねぇんだよ」
「そ、そうだな」
不良Aはわきに避け、男が進み出る。男は、威圧感のある態度で、次郎を観察する。
「てめぇが昨日、かっちゃんたちをケガさせたってやつか」
「正当防衛ですけど」
「そんなの関係ねぇ。大事なダチを傷つけられて、俺も黙ってられねぇんだわ。しかし――」と男は訝しげに自分の顎を撫でた。「本当にお前がやったのか? それにしては、ずいぶんと弱そうな見た目だが」
「見た目に騙されちゃいけねぇ!」と吹き飛ばされた不良Bが声を上げる。「そいつは、玄ちゃんほどではないが、魔法ができるみたいだ」
「まぁ、こういうやつは、勉強しかすることが無さそうだもんな」
うるせぇよと思ったが、次郎は黙って男を見返した。
「いずれにせよ、ダチを傷つけたことに変わりはねぇ。俺も弱いものいじめは好きじゃない。だから、謝罪して治療費を払うなら、許してやってもいい」
次郎は煩わしそうに首の後ろを掻いた。3千円くらいなら払おうかと思ったが、50万なら話は別だ。
(どうしようかなぁ……)
面倒だから、まとめて吹き飛ばそうか? そんなことを考え始めた瞬間、次郎は胸ポケットの刺しゅうに気づく。金色のマークだった。
「あ、その称号」
「気づいたか!」と不良Aが自慢げに声を上げる。「玄ちゃんは、ゴールドランクなんだぜ!」
「……ゴールドランク」
「ああ、そうだ!」と不良Bが自分のことのように話す。「玄ちゃんは今、北高で一番強い男なんだ。『北高の玄武』と言えば、てめぇみてぇなぼんくらでも知っているだろ?」
「いや、知らない」
ただ、そんなことはどうでもよくて、男がゴールドランクであることの方が大事だった。ゴールドランクの力量を知れば、恵麻のランクに対する考察もはかどる。
それまで、死んだ魚みたいな次郎の目に、光が宿る。次郎の様子が変わったので、男は眉をひそめた。
「もしも、俺が謝罪も治療費も断ったら、どうするんでしたっけ?」
「あぁ? そりゃあ、ぶん殴る」
「そうですか。なら、殴ってくださいよ。殴れるなら」
その言葉に挑発され、男の額に青筋が浮かぶ。
「ああ、いいぜ。そんなに、死にてぇなら、殺してやるよ!」
男は駆け出し、拳を握った。その手には、『グローブ』がはめられていた。『グローブ』とは魔道具の一種で、近距離攻撃魔法や肉体強化魔法の使用に特化した魔道具だ。男は次郎の面前で呪文を唱えた。
「”
グローブが淡い光を放ち、男の右手が硬くなった。その拳を、男は次郎のがら空きのボディに叩きこんだ。
その場にいた誰もが、次郎が体を抑え、丸くなると思った。が、次郎は立っていた。むしろ、男の顔色が変わり、男は慌てて距離をとった。その頬に冷や汗が浮かぶ。次郎の顔には余裕があって、右手には杖が握られていた。
「玄ちゃん?」
不良たちの顔に不安の色が走る。
「てめぇ」と男は次郎をにらむ。「ランクは何だ?」
「ノーランクです」
「ノーランク……だと? 嘘を吐くな!」
「嘘じゃないです」
「どうやって、俺の拳を防いだ」
「あなたと同じ、”かたくなる”を使っただけですよ」
「馬鹿な! ”かたくなる” であんなに硬くなれるわけねぇだろ! てめぇの体は、鉄とかコンクリートとか、そんなやわなもんじゃなかったぞ」
「なれますよ。少なくとも俺は。それより、さすがゴールドランクとでも言うべきですかね。俺を殴って無事だったんですから」
「はっ」と男は笑って見せる。しかし、内心は穏やかではなかった。次郎を殴った瞬間、異変を感じてすぐに手を引かなかったら、おそらく拳の骨は折れていた。
「ただ、ゴールドの実力ってこんなもんじゃないですよね?」
「……当然だろ」
男は学ランを脱ぎ捨てた。ムキムキの二の腕があらわになる。そして、呪文を唱えた。
「”
男の右腕が黒い瘴気をまとい、鉄のような光沢を帯びる。”悪魔の筋肉”――触れるモノを傷つける破壊の魔法だ。禍々しい右腕を見て、次郎はニヤッと笑う。一方、外野の不良たちはどよめいた。”悪魔の筋肉”は、男の切り札的な魔法である。その魔法を見せたことに、驚きを隠せなかった。
「行くぜ!」
男は一瞬で次郎との間合いを詰め、渾身の一撃を次郎の顔面に叩きこんだ!
衝撃音が辺りに響く。一瞬の静寂。そして、ヒビが入った――男の右腕に。
愕然とする男。しかし歯を食いしばると、再び次郎に拳を打ち込んだ。やはり、効果はない。それでも男は、攻撃するのをやめない。ヒビが広がろうとも、渾身の一撃を何度も次郎に叩きこんだ。男の鬼神めいた形相に、周りは息をのんだ。しかし次郎だけは平然とした表情でその攻撃を受け止める。
そして、男が右腕を引いたところで、次郎は男に杖先を向ける。
「もういいですよ」
「なっ」
「”
風の塊が男の顎に直撃! 男の体は放物線を描き、落下する。何が起きたか理解できない不良たち。大の字で倒れた男を見て、言葉を失う。
次郎が不良Aに歩み寄ると、「ひやぁ」と不良Aは情けない声を出して、しりもちをついた。
「そんなに驚かなくても」
次郎は、呆れながら男の右手に向かって呪文を唱える。
「”
不良Aの右手が緑色の光に包まれる。
「これで、予定よりも早く治るはずですよ。すでに治療済みなら、回復速度を上げる魔法をかけた方がいい」
「お、おう」
不良Aは戸惑いながら、頷く。
「それじゃあ、俺にはもう絡まないでくださいね」
次郎はそれだけ言い残し、何事もなかったかのように、その場から離れた。
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