第55話 メンヒルデ姫様

「ラーデル様、お話良いですか?」


 またしてもメンヒルデが俺の部屋に来る。

 と言っても魔王の孫だから姫様だ。

 常に護衛騎士・文官が付き従っているから、二人だけの会話になり様が無い。

 この部屋にも専属の執事とメイド達も揃っているし、母のゲマリードも見張りの為に常駐している。

 テーブルにお茶の用意がされ、俺と姫様は席に案内され、給仕をされながら話をする。


「あたしは城の外に出た事が無いのです」


 俺から情報を聞き出すと言うより、純粋に他国の話を聞きたいだけのように思えた。

 城の外を知らない純粋箱入り娘が、俺の話を聞いて想像する事が楽しいのかも。

 俺の話に目を輝かせて聞き入るメンヒルデ姫様は、昇気しているようで魔族の青白い頬をを赤く染める。


「では今まで経験したお話で良いですかね」

「構いません。あたしはラーデル様のお話が好きなのです」


「では誕生の頃の話から」

「そんな頃を覚えてるのですか」


 目を丸くするメンヒルデ姫様。

 俺がゲマリードが恐くて逃げた話をすると部屋中が笑いに満ちた。


「ホホホホ、ラーデル様もドラゴンで、ゲマリード様はお母様ですよね?」

「そうは言っても凶暴な猛獣が、いきなり目の前にいると誰だって恐いでしょうが」

「前世の記憶が在ると、そういう物なのかも知れないですね」

「まったく、親の我が子に恐がられるなんて前代未聞というもの」


 ゲマリードにしても性格のきつそうな外見じゃなく、太った人の良さそうな外見だったら多少は違ったかもしれない。


 メンヒルデ姫様も思考が纏まらないようだ。

 次にポルダ村で心優しい夫婦に引き取られ、村を豊かにしようとしたが、他の村の反感を買って滅亡した話。

 眉間に皺を寄せ悲しそうな顔をするメンヒルデ姫様だった。


「人は幸せになるのは難しいのでしょうか」

「結果の後なら、あの時ああすれば、こうすればと解るんですがね、あくまでもifもしそうならという仮定の話です」

「その時の当事者だからこそ、解らない事なのですね」


 気落ちした様子のメンヒルデ姫様は人生に何を思うんだろう。


 その後、人の街へ出て冒険者になった話をする。

 剣士のロザベル、剣士のルグリット、アーチャーのデルハイケ、魔術師のヘルミーネのパーティー『mass-crimson』の仲間に入れてもらった話。

 彼女達から剣術を教わった話。

 皆で冒険者ギルドの依頼をこなした話。


 冒険者と聞いてメンヒルデ姫様はワクワクしているようだ。


「あたしはどんなに望んでも、冒険者になって冒険の旅に出る事は出来ませんもの」


 そりゃそうだ、一国の姫様が冒険者をする話なんて聞いた事が無い。

 仮に姫様が将軍や騎士団長とか、務めるなら話しは違うかもしれないけど。

 体の線が細いメンヒルデ姫様は、武門に向いた者じゃ無さそうに見える。

 戦いについては、魔族との戦争という所をぼかして話を進める。

 『mass-crimson』の仲間は戦争で失ってしまった話。


「お互いに信頼し合える、仲の良い方達が亡くなるなんて……」


 メンヒルデ姫様には、友達と言えるような者はいないのだろう。

 それでも身近な者がいなくなる悲しさを知っているようだ。

 何かしらそういう経験が有るから、俺の話にも共感出来たのかも。


 やがて話題は騎士団長ルベルタスにスカウトされ、騎士団の時の話に移る。


「ラーデル様はお強いんですね」

「まあ、人の姿をしていてもドラゴンですから」


 そうは言っても総ての騎士達とて、鋼の精神をしている訳じゃない。

 仲間を失ったり、戦場で恐怖する事は珍しくは無い。

 精神を病む者もいるし、それでも戦わなければならない場合、薬に頼らざるを得ない場合も多い。

 戦場には綺麗事がある訳でもない、戦場は武術の大会ではないのだ。


 領主の国でも、戦争に会い、逃げた話もする。

 流石にここは詳細に話す事が出来ない。


「やっと見つけられて、あたしの国に来てくれたんですね?」

「ええ、凄い親子喧嘩して負けた末に捕まって連れて来られた訳です」


 メンヒルデ姫様以外の者達に、軽蔑交じりのジト目で見られてしまった。

 『このバカは本当に手間を掛けさせやがって』という言葉が聞こえそうな雰囲気だ。


「ラーデル様は転生者と言われましたよね?」

「ええ、そうです。だけど本当は誰でも転生を繰り返しているんですよ」


 ラーデルの言葉に意外そうな顔をするメンヒルデ姫様。


「あたしたち魔族は死ぬと、煉獄の住人になると聞かされてきましたが」


 魔族は煉獄世界で、知性の無い獣の魔物と変わらない種族になると聞いたらしい。

 魔物と魔族の違いってのが判らないけど、人間と類人猿くらい違うのかも。


 しかも煉獄とか六道輪廻とかいうのは、只の宗教概念なんだろうな。

 根も葉もない説で宗教者が上位の立場を得ようとか、道徳を広めようとしたとかの。

 実際に誰がそんな世界を見てきたと言うのだろう。


「死後の記憶もあるけど、煉獄なんて無かったですよ」


 券売機のような物はあったけど。


「煉獄に行けない者は皆ゴーストになると言われています」

「ゴーストですか、不成仏霊と同じなのかな」

「不成仏霊?」


 メンヒルデ姫様にとっては始めて聞く言葉だったようだ。

 当たり前か、この世界には仏教なんて存在しない。


「この世に執着したり未練を残したりして、あの世のお迎えの者から逃げると霊の世界に行けなくなってゴーストになるのでしょう」

「その様に説明されると道理が通りますね」


 こちらの世界も死後の世界は未知のようで永遠の命題だったようだ。

 死してもあの世の世界に行かないゴーストじゃぁ、あの世の世界の話も出来ないか。


「では煉獄は無いのですか?」

「在ると望む人には在るのかも知れませんね。でも最終的には皆記憶を失って転生していくんです」

「……」


 どうやら皆の生死観の方向が少し変わった様子。

 命は輪廻転生しながら永遠に世界を巡りまわっている。

 何処に記憶を置いて行くのか知らないけど。


「その様に聞くと救われる気がします」


 メンヒルデ姫様の話からすれば、悪魔と魔族は似て非なる存在のようだ。

 悪魔がいるならば、そちらのコミュニティーも在るんだろうけど。

 それも見る人の主観次第で、何とでも言うのかも知れないな。


「本当に外の世界を知る人のお話は面白いです」


 外の世界を知らないメンヒルデ姫様は、俺から話を聞いて思いを馳せる。

 経験が無ければ、苦しさも困難も理解出来ないだろうけど。


 この日以来、メンヒルデ姫様はどど益々俺の話に聞き入るようになった。

 その度に護衛騎士や文官も連れて来る。

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