第50話 交渉決裂
ゲマリードはラーデルを恐がらせないように人型で対応している。
かなり体格の良い長身の女性。
長いストレートの黒髪、鋭い目つきがキツイ性格を現しているようだ。
「ラーデル、お前は一体何者なのだ?」
ゲマリードが一番に疑問を聞いて来た。
卵から孵って何故、親の元から逃げたのか。
ゲマリードの子殿の体を乗っ取った何者かではないのか。
何者から人化の法を教えられたのか。
何故人族の側にいるのか。
「何者かの答えは、前世の記憶を持った異世界からの転生者という事だ」
「異世界からの転生者だと? ではお前は我の子供に違いないのか?」
「転生しただろうけど、乗っ取った訳じゃない」
「本当に我が子なのか?」
ゲマリードは考え込んでしまった。
……ラーデルなる者は転生者であっても、我が子に間違いなかったのか。
「では何故、我の下から逃げた?」
「生で目の前に本物のドラゴンに迫られるのが恐かったからだ」
「我が怖いだと?」
……なぜ孵ったばかりの赤子が親を恐がるのか。
ゲマリードは混乱した。
前世の記憶を持った異世界の転生者がゲマリードの元に産まれてきた。
転生前にゲマリードの子供がいれば、体を乗っ取ったと言えるかも知れない。
乗っ取る体無くして前世の記憶を持った異世界の者が転生してきたのか?
それでも自分の子供と言えるだろうか?
それとも言えないのか?
どちらにしてもゲマリードの気持ち次第の一言で終る話なのか?
これをどう考えれば良い、割り切れるのか?
気持ちをどう治めれば良い。
「ラーデル、お前は我をどの様に思っている、親か? それとも怪物か?」
「血筋で言えば親だろうけど……」
簡単に怪物とは言い切れない。
自分もゲマリードの血を引く子供だから、同じ存在だ。
それでも目の前にドラゴンがいれば恐いのだ。
例えば、いきなり目の前に、肉食獣が口を開けて迫ってきたら?
いくらその相手が親だと言われても、逃げない奴いるか?
そんなの誰だって恐いだろうが。
卵から孵った雛が始めて見る生物を、親だと認識するらしい。
しかしラーデルには、前世の記憶がそれを許さなかった。
ドラゴンに人間らしくなんてナンセンスな話になる。
ドラゴンはドラゴンであって、それ以外でも以上でも無い。
例え人に化けようとも、本質は何も変わらない。
「お前に魔法や人化の法を教えたのは誰だ?」
「俺をドラゴンに転生させたイルデストと言う疫病神だ」
「では、あの天使は神の加護なのか?」
「加護と言えば加護なのかも、但し災厄の種だけど」
苦虫を噛み潰したような顔のゲマリードとベラルダ。
……神が裏で操っていたのか。
裏に神がいるなら、天使の軍勢は説明が付く。
大抵の場合、神は人の味方だ。
魔族にも魔神という神はいるし、ドラゴンにも龍神という神がいる。
それらの神は三竦み状態だと言う説もあるが、今は関係が無い話だろう。
「何故お前は人族の側にいるのか?」
「前世が人間だったからだと思う」
「前世が人間ねえ」
魔族の女騎士ベラルダの表情が険しくなる。
……こいつは人の記憶を持ったドラゴンなのか。
「魔王様はお前に二度も大損害を蒙っている。
それについては、どう思っている?」
「俺は戦争で戦っただけだ、戦争に敗ければ殺されるだけだろうし」
「む、その様に言われれば戦士として反論は出来ないな」
「ラーデル、我はお前と共に魔王様に恩返しに行こうと考えておる」
「魔王様に恩返し?」
……何だか魔王に似つかわしく無い言葉だな。
もしかして魔王様って良い人なのか?
「俺は先の戦争で魔王の敵になったんだよね?
与えた損害に激怒されるんじゃ?」
「それは仕方無かろう、我も一緒に魔王様に許しを乞うてやろう」
「それは遠慮したい、怒っている魔王の前に出たら何されるか」
二律背反の事もあってどうしたら良いのか解らない。
けど残虐で非道な血に飢えた恐ろしい魔王の眼前に出ようとは考えられない。
例えば勇者が魔王に寝返ると言われたら、どう思うんだろう。
寝返るような裏切り者に、信用なんて置けないと思うけど。
目の前が赤くなって最悪な状態で元に戻されるとか?
「この場は交渉決裂と言う事で何とか」
「何ともなるか! 莫迦者が、
私共はお前を魔王様の眼前に突き出さなきゃならんのだ」
「残念ながら我も恩義のため、お前を強硬にでも連れて行く事になる。さもなければお前を敵として斃さねばならん、出来ればそんな事をしたくないのだ、解れラーデル!」
「問答無用なのか……」
……ここは必死で抵抗しなきゃ死地へ連れて行かれる。
俺は精神高揚薬を飲んだ。
本気のゲマリードとベラルダに抵抗するために。
まともな状態じゃ益々勝ち目が無さそうだ、狂ってでも抵抗しなければ。
ゲマリードは20mはあろう巨大なドラゴンに変わっていく。
ラーデルも全身を魔力で強化しながら、本来の姿に戻って行く。
念のための二本の首の自動応撃固定砲台も魔法で創っていく。
「やはりこういう展開になったな、私も秘密兵器を呼ぶ」
アーアーアーーーー
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ギャオンギャオン
地鳴りと共に大地が割れ、10mはあろう鉄のゴーレムが大地の底から姿を現して来た。
楕円形のヘッドが体内に潜り、変わりにバトル用のヘッドが迫出して来る。
「この前は思わぬ反撃を食らったが、今度は私もゴーレムでお前を押さえ込む」
金色のドラゴン vs ドラゴン・ゲマリード and 鉄のゴーレムの戦闘が開始した。
「戦闘が始まるぞーーーー。 退避だーーー」
「騎士団全員大至急退避しろーーーー」
「「「「ワーーーーーーーーーーーーー」」」」
「「「「ワーーーーーーーーーーーーー」」」」
「「「「ワーーーーーーーーーーーーー」」」」
王都からの騎士団はこの場から、蜘蛛の子を散らすように急いで退避していった。
「やはり戦いになったか」
王城の望楼からマクシミリアン国王達、元騎士団長ルベルタス、魔術師エルムント、エルコッベ元伯爵たちが戦況を見守る。
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