第32話 魔王バルツィラ

「くっそーめが、なんでこうなった」


 魔王バルツィラは玉座から臣下の魔族たちに怒鳴り散らす。

 広い玉座の間に魔王の大声が響き渡る。

 魔王の足元に跪く家臣達は、血の気が引く思いで畏まっていた。


「ヴェルスト方面で二個大隊はどういう訳で全滅したと言うのだ!」


 尾根を挟んで待機していた部隊は、溶鉱炉の中にぶち込まれたかのような攻撃を受けた。

 それはどの様な兵器による物なのか、はたまた未知の魔法による物なのか解る者はいない、ただ人族側の謎の兵器によってだろうと推測されるだけだ。

 あれほどの規模の魔法を魔族は知らない。

 だから人族側に謎の秘密兵器が有るのだろうと考えるしかない。

 しかし誰もその謎の秘密兵器を突き止める事が出来なかった。


「ヴェルスト領主の治める街では優勢だと報告があったはずだ、何ゆえ壊滅した!」


 ヴェルストでは良い具合に押していたにも拘らず、いきなり出現した天使軍により大軍が壊滅された。


「まさか天使の軍勢が、敵の加勢に来るとは大変な誤算でありました」

「人族は神殿があるから、神と関わりがあるのでしょうか?」

「長い歴史で神殿の神が、人族を救ったと言う記録は見つかりませぬ」


「我が軍の状況はどうなっている」


「兵力不足が深刻で、次の戦いに備えるにも時間が掛かるかと」


「人族は一体何を隠している、判断しようにも敵側の情報が少な過ぎるではないか!」


「面目御座いません」

「国内からも不平の声が上がり始めていると、報告が上がっております」


 魔素の濃い魔族の領地は、土壌が痩せ食料が得難い土地ばかりだ。

 魔族が飢えないためにも、食料が豊富な人族の土地が欲しい。

 強力な魔族が人族の敵に回るのはそういう理由もある。

 種族が違えば共存も難しい事情も多々ある。


「そうであろうな、自軍を疲弊させるばかりで、土地がまだ手に入らぬのだからな」

「我等の力が及ばず慚愧に堪えませぬ」


 魔族を束ねる魔王は強大な破壊力を持っていても、膨大な数の人族を一人で殲滅する事は難しい。

 強大な力で領土を広げても、何も生み出さない焦土ばかりを手に入れてもしょうがない。

 豊かな土地を手に入れるためにも、焦土としないように力加減として兵を使う。




「荒れてるねぇ、魔王バルツィラ」

「む、ゲマリードか」


 魔王の横に長身の女が歩み寄る。

 炎系ドラゴンを示しているような燃えるような赤い髪はきれいに纏められていた。


「我は魔王バルツィラとの約束でこの城に食客として滞在している。

 魔族軍が不利な状況に有るなら、我も出ざるを得まい」

「その申し出は心強いな、しかし次の出撃はまだ未定だ」

「兵力の補充に時間が掛かるのであろう?」

「返す言葉も無いな」


 魔王は苦虫を噛み潰したような顔で腹を割る。


「ならば我が子を探す旅に出ようと思うのだが」

「我の捜索は待てぬのか? しかも人族の街に出ようと言うのか?」

「人化したこの姿なら、人里で紛れる事は難しくは無い」

「そうか、捜索は続けるが、ゲマリードも女の一人旅では寂しかろう?

 伴を付けてやらぬ事もないぞ?」

「その伴は我の監視役か?」

「滅相も無い、何かの際に備え連絡はさせるが、ゲマリードの協力者だと思ってくれ」

「わかった、ご好意ありがたく受けさせてもらう」







 出立準備が終えた頃、一人の女性がやって来てゲマリードの眼前で騎士の礼を執る。


「ゲマリード様、魔王様より随伴を命じられたベラルダと申します、宜しくお願いします」


 ゲマリードより身長は低いが、騎士なだけに引き締まった筋肉をしている。

 人間と変わらない外見に偽装しているが、魔王の近衛兵団から選ばれた騎士だと言う。


「ゲマリード様には、私のような護衛では力不足かとは思いますが」

「ふむ、確かに我に護衛官が付くと言うのは笑える話だの」


 不敵に笑うゲマリード。


「せめて侍女として、お役に立ちたいと願っております」

「では最初の命令だ、我の事は親しげにゲマリードと呼ぶように」

「敬称を省くのですか?」

「騎士としても、侍女としても振舞ってもならぬ」


 意外な命令で目を瞬くベラルダ。


「人の街で貴族のように目立ちたくないのでな」


 人の街で情報を集めるのに貴族然としていては、平民と気安く接する事が出来ないのは経験済みだ。

 何より平民の方が王侯貴族より絶対数が多い。ならば情報を得るのに大多数の方が良い。

 そのために目立たないように、平民に紛れるのが一番だ。


承知仕しょうちつかまつりました」

「その様な言葉も改めよ」

「それでは私は如何様にすれば宜しいので?」

「ベラルダ、その言葉は堅苦しすぎよ?」


 ゲマリードの豹変振りに驚くベラルダ。

 何とか調子を合わせようと苦心する。


「そんな話し方で良いので――いえ、良いの?」

「そうよベラルダ」

「ありがとう御座いますゲマリード」

「まだ堅い!」

「失礼しました」

「私らは同じ村の友達という設定でいきますよ」

「はい」


 ゲマリードの指導でベラルダは必死で柔らかい物腰を練習し、威圧感を隠していった。

 再び行商人を装うゲマリードとベラルダは、幾許かの荷物を積んだ背負子を担いで魔王城を後にした。

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