第26話 馬に乗る

 魔術師エルムントがやたらとやって来る様になった。


「儂はラーデルがまだ披露していない魔法を沢山持っているだろうと確信しておる」


 そんな理由で、もっと見せてくれとしつこい。


「もし有るなら、儂ももっと見たいものだな」

「攻撃魔法は狭い所じゃ危険なんで」

「それもそうだ。 では馬で遠出をして魔獣退治に行ってみるのはどうだ?」

「俺は馬に乗ったことが無いんで」

「はあ? ラーデル君は馬に乗れんのか」


 ルベルタスに呆れられてしまった。


 一般の冒険者には、高価な馬を買うほどゆとりは無いから当然だ。

 馬を買う事が出来ても、その後の維持費だってバカには出来ない。

 街や宿で預かってもらうにも、馬に与える餌にしても手入れにもお金は掛かる。


「ラーデル君には乗馬の訓練も必要なようだな」

「ほっほっほっ、無詠唱の魔術師ラーデルにも出来ない事があるようで」

「まだ礼儀作法や言葉遣いも出来ておらんしな、メンタルも弱いし」


 俺は二人に大笑いされた。


「だが儂はそういう欠点を抱えているラーデル君だからこそ、気に入っているのだ」

「なるほどのぅ、何もかもが人より出来るとあれば警戒したであろうな」





 俺は訓練場の一角にある馬場に連れて来られた。

 馬の乗り方をレクチャーされる。


 ……しかし手綱だけで、大きな動物の背中に乗るのは恐い物だな。


 手綱という皮紐は自分の姿勢を何とかするには頼り無さ過ぎる。

 バイクや自転車のハンドルとは違い過ぎだって。

 鞍も体をホールド出来るかと言えば、そういう訳にも行かない。

 馬の挙動に合わせて、自分も体重を移動したり、馬のリズムに合わせて尻をついたりしなければならないと言う。

 つまり中腰姿勢を強要されるから、腿の筋肉が張る。


 ……明日は筋肉痛になるだろうなぁ、ヒーリング出来るから良いけど。



 最初は馬場を歩く速度で何週か回る、やがて次第に速度を上げていく練習になる。

 あぶ…だけでの姿勢制御というのも、落馬しないように踏ん張るのも大変だ。

 馬って、これほど脚を酷使する乗り物だと初めて知った。


 ロードバイクのように、しがみ付いていれば良いという物じゃない。

 むしろオフロードバイクか、トライアルバイクのような状態なのかも。

 そして前世のラーデルにも、そんなバイクに乗った事は無い。


 馬に馴れても、騎士には馬上戦闘の訓練もあるから、いずれはそういう訓練も課せられる事になる。

 よほど操馬の腕が上がらなければ、自分の足で地上に踏ん張るのと訳が違うから大変だ。

 長い槍を持って突進するだけじゃ無かったようで。

 乱戦で剣や槍・矛を馬上で振り回す事になるとどうなるんだろう。




 七日ほどの特訓で、多少は乗馬の腕は上がって来た。

 早駆けが続いたり、障害物があったらどうなるか判らないけど。


 ある程度乗馬が出来るようになった時に、ルベルタスから馬を下賜された。


「どうだ、この馬ならラーデル君にも扱えよう」

「ありがとう存じます。ルベルタス様」


 本来なら従者は、騎士団長ルベルタスの馬を引き、徒歩で随伴するのが仕事でもある。

 しかしラーデルは騎士見習いでもあるから、敢えて年老いた大人しい馬を下賜されたようだ。

 下賜された馬は、引き続きルベルタス邸の厩舎に繋がれる事になっている。

 まあ、馬だけもらっても困る事は困るんだけど。



 ……魔法で意のままになるような魔法生物って作れるのかな。

《当然出来るとも》


 イルデストがとんでもないアドバイスをくれた。

 すべてがイメージで何とかなる魔法ならそうかもしれない。


「いや、出来るにしてもイメージが追い付かないよ」

《そうだろうねぇ》


 どうイメージして良いのか解らない今、そんなの創るのは先の話だ。

 魔術師エルムントの魔道書に創り方は載ってるんだろうか。

 多分だけど、かなりの高等魔術に分類されている気がする。

 エルムントでさえ、馬に乗るんだから考えも及んでいないかもしれない。


 いや、その可能性の方が高いか。

 今の内にイルデストから、ブレスの魔法陣を教わっておいた方が良いかも知れない。





「ラーデル君、乗馬は馴れたかね」


 下賜された馬は大人しく従順で、訓練の馬より扱いやすかった。


「もう少し馴れてもらうために、今日は遠乗りに付き合ってみないかね」

「お供しますルベルタス様」


 魔術師エルムントも含めて護衛の騎士二名、合計五名で馬に乗り街の外に出る事になった。

 あくまでも名目は「ラーデルの乗馬訓練」になっている。

 街道を行くから、無茶振りという感じじゃないなと思っていた。


「ルベルタス様、前方に魔獣がいる模様」


 護衛の騎士から警告が発せられた。

 見たところ、岩のような甲羅を背負う巨大な亀のような魔獣が道を塞いでいた。

 大型トラックほどの大きさがあるが、動きは緩慢だ。


「ロックタートルですな」


 魔術師エルムントが魔獣を見極めた。

 魔獣の内ではあるけど、凶暴性は無いという。

 召喚獣として捕獲できれば圧倒的防御力が頼もしいそうだ。

 しかし、一行の中には召還士はいない。


「ラーデル君、あの魔獣を仕留めてみよ」

「承りました」


 ルベルタスとエルムントは興味津々の目を向けている。

 気負いも無く受けた俺に、二人の護衛騎士は驚いた。


「出来るのか? 倒し難いやつだぞ?」

「一撃で行けるだろうと踏みました」

「「一撃だと!!」」


 ロックタートルは騎士十人掛かりでも、倒すのに一時間は掛かろうという防御力を誇る。

 魔法で倒すにも難儀するだろう。


 ……岩の甲羅を削岩し穴を空け、魔獣の体内で爆発を起せれば、一発で逝けるだろう。


 先ずは土魔法で硬質のドリル弾、ドリル弾の後ろに火魔法の炸裂弾を連結。

 ドリル弾は高速回転を始め、ロックタートルに向けて射出する。


 ドヒュン!!!

    ゴガガガガガ


 イメージ通りドリル弾は岩肌のロックタートルの甲羅を、ドリル弾はガガガガガと削り、体内に侵入して爆発をする。

 どれほどの防御力を誇るロックタートルでも、体内で爆発を起されたら生存は無理だ。


 ボゴン


 篭った爆発音とともに巨体の魔獣は崩れ落ちる。


「魔法とは、こういう事も出来るのか」


 ルベルタスと騎士達は驚愕をしている。


「儂はこんな魔法を始めて見たぞ、その魔法は何と申す?」


 魔術師エルムントは、魔法の可能性を見せられ興奮気味だ。


「今イメージして創った物だから魔法名は無いです、基本は石飛礫いしつぶてと言うか」

「儂はこんな石飛礫いしつぶてなど知らないし、儂にも出来ぬ魔法だぞ」

「エルムント様、左様で御座いますか」


 護衛騎士達は驚きの目を魔術師エルムントに向ける。


「あれは本当に魔法なのですか? 詠唱呪文を聞いておりませぬが?」

「一見して石飛礫いしつぶてと同様の物には見えぬが、それ以外の言葉を儂は知らぬ」


 興奮する魔術師エルムントを他所に、ルベルタスと騎士達は空恐ろしい物を感じていた。

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