第24話 禁断症状治療

「ウヒヒヒィ、ルベルタス様、俺モヒカンカットして良いっすかー?」

「何をバカな事を」


 将来貴族の騎士に推すにしても、気が狂れていては何にもならない。

 騎士団に狂人は要らないのだ。


「ラーデル君、見苦しいぞ、部屋に篭り薬抜きをしておけ」

「え? 俺が見苦しいっすかぁ~~、ウヒャヒャヒャ」

「誰ぞ、ラーデル君を部屋に閉じ込めておけ、鍵を忘れるな」

「承知致しました」


 ラーデルは執事やメイド達によって自室に監禁された。

 薬が抜けるまで苦しさが続くだろうけど、彼らは手馴れた様子だった。

 薬で廃人にならないような手筈は、今までにも十分過ぎるほど経験してきたからだ。


 しばらくの間禁断症状に苦しむだろうが、今のままでは廃人にまっしぐらだ。

 もがこうが、のたうちまくろうが一定時間薬を断てば、やがて治まってくる。

 非情な様でも、薬気が抜けるまでは、絶対に薬を与える事は出来ない。

 その後で治療術師を呼んで検査と、更なる治療を施せば良い。



 自室のベッドに座り込んでぶつぶつと独り言を繰り返すラーデル。


《君は既に薬中だね》

「イルデストか、久しぶり。俺がこうなったのはお前の仕業か」

《それは誤解と言う物、薬のせいに決まっているだろう》

「俺は廃人まで一直線って所かな」

《何を素人な事を。君は何のために魔法が使えるんだ》

「薬中も魔法で治るのか?」

《魔法だから全てにおいて万能なんだよ。先ず毒消し魔法で薬効を消し去って、ヒーリングで体力を回復させれば良い》

「その程度でこの苦しみが無くなるのか?」


 俺はイルデストのアドバイスを試してみた。


 一気に薬効が消えて行き、目の下の隈は消え去り、痛んだ神経系統は回復した。

 冷や汗や悪寒、頭痛や倦怠感も治まってしまった。

 薬による苦しさや不安感はもう無い。

 中毒が更に進めば、幻聴や幻覚、幻触感に蝕まれるだろう。

 完全に元に戻ったから、高揚感も無敵感も無くなった。


「薬中患者にとって反則技だな」

《反則も何も治るんだから、それに越した事は無いんじゃないか? 最も常習性には気をつけないとね》

「常習性か、それは恐いな」

《なあに、この世界じゃニコチン中毒程度だよ》

「それって重症じゃないか」

《精神力次第って所だよ》

「俺って豆腐メンタルだし……」

《また欝状態が戻って来たのか、まったくノビ太君は》

「だれがノビ太君じゃい!」

《そうそう、その調子》



 食事の差し入れはあっても、部屋の鍵は開けられる事は無かった。

 中の様子は時折メイドがドア越に中の様子を伺っている。


「ご主人様、ラーデル様の様子ですが何かおかしいのです」

「薬に中毒をしたからな、おかしいのは当然であろう」

「いえ、それが初日から静かで暴れる気配が無いのです」

「暴れる気配が無い? 確かにそれはおかしいな」


 ルベルタスとて禁断症状の経験者だ。

 自分の通った道だから、中毒者がどのように苦しいか、どう考えるのかを知っている。

 禁断症状の苦しさで暴れざるを得ないことも熟知している。

 にも拘らずラーデルが暴れている気配が無いと報告される。


「儂も様子を見に行った方が良さそうだな」


 ルベルタスの指示でラーデルの部屋の鍵が開かれた。

 中にいるラーデルの様子は、薬で狂う以前の姿がそこにある。


「どういう事だ?」

「ああ、魔法で中毒症状を消し去りました。ご心配をお掛けしてすみません」

「治癒魔法まで君は使えるのか」

「はい、魔法とは現象に変化を与える術なので」

「うーむ……儂は魔法について認識を改めねばならぬようだ」


 ルベルタスはラーデルが魔法を使う際に詠唱をしなかった事を思い出した。


 ……一度魔術師を招いて話し合ってみた方が良さそうだ。


 何かラーデルの異常性が気に掛かり始めてきた。

 異常と言うか、特異な存在という言葉が脳裏を横切る。


 普通、魔術師は魔道の研究に明け暮れ、身体を鍛える者はそういない。

 剣士や騎士は武技に明け暮れ、座学が得意なものはそれほどいない。

 座学が得意な者は、大抵文官の道に入る。

 魔術を使える剣士などラーデル以外に見た事が無い。

 しかも魔術師でさえ、無詠唱魔法など出来る者はいないのだから。


「誰か、領主様の所にいる魔術師を連れて参れ、領主様への事情は儂が伝える」

「承りました」


 執事は領主様への面会手続きに入った。

 誰であろうと面会依頼の書状を送ってアポイントメントを取らなければ、簡単には会えないのだ。


「それにしてもラーデル君は、どのようにして魔法を覚えたのだ?」


 またこういう疑問を持たれてしまった。

 今は無いポルダ村の爺ちゃんの言い訳は効くかな?


「実は俺、今は無きポルダ村の出身なんです」

「うむ、それは冒険者ギルドの記録にあったのう」

「ポルダ村の時代に爺ちゃんに教わって、それが今では亡くなってしまったので」

「その爺ちゃんとやらは魔術師だったのか?」


 言い訳に釈然としないルベルタス。

 それほど優れた無名の魔術師がポルダ村に隠遁していたのは本当だろうか。

 ポルダ村に魔術師が居たという記録も噂も無い。

 今では証明のしようも無い事だが、素直には信じがたい話だ。


「して、ラーデル君の師匠として教えた爺ちゃんの名は何と申す?」

「え、えーと……果心居士というだけで名前までは」

「果心居士? 益々聞いた事が無い名だ」


 もちろん果心居士なんて嘘だ。

 前世の記憶で思いついただけのデマカセだ。


「とにかく儂の知らない実力者が、在野に埋もれていたという事か……」


 それほどの凄腕の魔術師が、功名心も持たずに隠遁する理由が解らない。

 しかし目の前にラーデルという証拠がいるのだから信じない訳には行かない。

 ラーデルが嘘を言わなければならない理由も解らない。


 たとえ嘘だとしても、実力がない者が虚栄心で嘘を言っている訳でもない。

 ラーデルは十分に実力を示し、実際に目の前で無詠唱魔法を使ったのだから。


 ……ふ、まさかラーデル君は人外という訳じゃないだろうし。


 どこからどう見てもラーデルは人間に見える。

 豆腐メンタルで持久力が無い情けなさも持っている。

 逆に、そんな人外なんているだろうか。


「ふーむ、解らん、魔術師殿に査定してもらってからか」


 どうやら魔術師は査定が出来るらしい。

 俺の正体がばれなきゃ良いけど。

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