第28変 普通ってつまんない

「それじゃあ、あーしが応援団長ってことね」


 タピオカシアンはそう言いながら、黒板に書かれてある『応援団長』の字の横に名前を書く。

 その様子を見ていると、ふと一年以外の全員の顔が暗いことに気づいた。


「あ、あの、どうしたんですか?」


 険しい顔をしたおでんイエローに話しかける。


「そっか、君たちは知らないんだね。あの人、タピオカシアンこと遊佐七海ゆさどれみのこと」

「えっと、あの人がどうしたんですか?」

「あの人は簡単にいうとヤバい人なんだ。そうだね、『3年の異常物質』って聞いた方があるか?」


 俺は首を横に振る。しかし、他の一年は聞いたことがあるようだった。


「ゆん……じゃなくて、ピンク知ってるよー! 学校の部品でロケットを作ろうとしたけど、失敗して教室を爆破したり、机を鉄板に改良して、授業中に焼き肉をしたり……考えられないほど異常な行動を起こしたりする人でしょ?」

「私も知ってる。確か、グラウンドで野菜が育てられるかって、タネを植えて、気づいた時にはグラウンド中が野菜まみれになってたとか」

「えっと……自作のゲームを学校のパソコンで作って、学校名義で売ったんだっけ。それが人気になって学校に何度も問い合わせがきたんだよね」


 かなりやばい人だ。

 晴翔よりもやばいと考えると……寒気がしてきた。


「この他にも色々問題を起こしているんだけど。話すと長くなりそうだからやめておくよ」


 冷や汗が出てくる。よくよく考えると、この人を応援団長にしたら危険なんじゃないのか。


「あの、今からでも応援団長を変えた方がいいんじゃないですか?」

「いや……、それは無理だ……」


 ジュースオレンジはポツポツと話し始めた。


「……遊佐タピオカシアンは一度楽しそうって思ったら……もう自分自身を止めることができなくなる」


 彼女を止めることは絶対にできない。

 って、やばくないか。副団長は応援団長を支えていかないといけない。言い換えると、この人と一緒に作業をしていかなければならない。……嘘だろ。


「よーし!」


 絶望感に包まれ、唖然としていると、タピオカシオンは楽しそうに声を上げる。


「団長も副団長も決まったわけだし、こっからは何をするか副団長と決めるので、今日はみんな帰っておけ。あ、副団長はもち帰っちゃダメだからね」


 俺も帰りたい。

 申し訳なさそうに帰るみんなを見ながらそう思う。


「それじゃあ、早速、始めよっか。まず、何か意見ある人いるー?」


 シーン。


「あの」

「お、ブルー、なんか思いついた感じ?」

「いえ、その、私達、今回が初めての体育祭なので、何をするのか分からなくて」


 確かに、応援団が何をするのか全く知らない。


「ん? そんなの、あーしもよく分かんないし。テキトーにしとけば、何とかなるっしょ」


 予想外の回答が返ってきた。小倉さんも流石に予想できていなかったのか、動揺している様子が伝わってくる。


「えっと、それなら、これはどうでしょうか?」


 小倉さんはスマホの画面を見せる。そこには、ごく一般的な応援団の動画が流れていた。

 しばらく動画を見ていると、途中で飽きたようにタピオカシオンはあくびをする。


「あー、もういいよ」

「……え」

「それ、つまんない」

「では、これならどうでしょうか?」


 再び動画を見る。これもごくありきたりな内容だ。


「それもつまんない。うーん、普通すぎてつまんなすぎ。やるなら、もっと迫力があって、凄いものがいいっしょ。あっ、花火とか打ち上げるのはどう!?」

「流石にそれは……」

「花火って、どうやって作るんだろ? あっ、せっかく花火だから、みんなで浴衣とか着よーよ」


 タピオカシオンの話は一切止まらない。


「やっぱり何ごとも派手な方がいいよねー。普通って、つまんないし」

「……そんなに、普通って変ですか?」


 小倉さんは小さく呟いた。

 この一言によって、再び静寂が戻る。


「普通の何がいけないんですか? つまらないのが何が悪いんですか? 変なことをするよりは全然いいでしょ!」

「お、小倉さん?」


 名前を呼ぶが、小倉さんは止まらない。


「人って、変ってだけで勝手に悪いイメージを持たれるんですよ。変なことをする人が、周りから何て思われているか知ってます? ……変なことをして、悪く思われるなら、私は普通でいた方がいい。一生、つまらなく生きていく方がいい!」


 声を荒げた小倉さんは、肩で呼吸をする。そんな小倉さんを見て、タピオカシオンは淡々と話し始めた。


「……なーんか、周りを気にしすぎてるって感じ? あーしは普通でいるなら死んだ方がマシ。てか、も十分、変っしょ? そんな仮面、つけてる人なんかいないよ。ねえ、何でそれ、つけてるの?」


 小倉さんは狐の仮面を触る。

 そして、突き刺さるような冷たい声で呟いた。


「……最低っ」

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