第9変 勝ち目なしの負けられない戦い①

 授業が終わり、帰りのホームルームをしていると先生がプリントを配りだす。


「親睦を深めるために、競技大会を行う。これは球技大会での競技を書いてあるプリントだ。希望する競技を選んで、期限までに提出してくれ」


 クラス中が騒がしくなる。


「静かに。それじゃあ、日直。号令を頼む」


 そう言うと日直は号令をし、長い一日が終わった。


 久保と晴翔と帰っている途中、晴翔がカバンからプリントを取り出す。


「球技大会楽しみだね。二人は何の競技に出るか決めたかい?」

「まだ決めてないな。久保は?」

「私もまだですね」

「まあ、久保はどんな競技でも大丈夫だろうな。大勢の人に勧誘されてたし」

「花織は運動神経抜群だからね。勧誘されるのは当然さ」

「晴翔もめちゃくちゃ勧誘されてたよな。なぜか」


 そんな会話をしながら、歩いていると、


「そういえば、球技大会の前にテストがありますよね」


 久保が思い出したように言う。その瞬間、俺と晴翔は立ち止まる。


「久保」

「え?」

「そんなものはない」

「いやいや、テ……」

「僕は卓球に出ようかな」


 晴翔が花織の話を遮る。ナイスだ、晴翔。


「確かに卓球ならいいかもな。けど、二人って書いてるぞ。どうすんだ?」

「それなら、裕。一緒に出ないかい?」

「え?」


 卓球か。卓球なら楽しいかもしれない。けど、晴翔と一緒なのは不安な予感しかしない。


「駄目です」


 考えていると、久保がそう言う。


「裕様は私と出るんですよね。テニスはいかがでしょうか?」

「テニスか……」


 やったことないが、久保が何とかサポートしてくれるだろう。それにテニスをやってみたいという気持ちもある。


「いや、僕と卓球をするんだ」

「いやいや、裕様は私と一緒にテニスをするのです」


 晴翔と久保が睨み合う。

 とりあえず、俺の意見も聞いてほしい。


「卓球!」

「テニス!」

「卓球!!」

「テニス!!」


 すごい剣幕だ。こんなに必死な二人は見たことない。


「埒があかないね。勝負で決めるのはどうだい?」

「勝負をするのはいいですけど、一体何を?」


 晴翔が少し考え、閃いたような顔をする。


「テストはどうだい?」

「「え!?」」


 思わず声が出るほど驚く。

 全く勉強ができない晴翔が、テストで久保に挑むとは。


「私はいいですけど……」


 勝ち目のないような戦いを久保に挑んだんだ。それは久保も困るだろう。


「それじゃあ、決まりだね。点数が高い方の勝ち。そして、その勝った教科が多い方の勝ち、というのはどうだい?」

「……一教科でも私に勝てたら、津久井の勝ちということにしましょう」


 久保が少し微笑み、晴翔に言う。


「確かにハンデ無しだったら、花織には敵わないだろう。本当に良いのかい?」

「はい」

「なんて優しいんだろう。さすが、花織だ……」


 久保は肩を撫で下ろす。

 五教科の中で、一教科でも久保より点数が高かったら晴翔の勝ち。簡単そうに聞こえるが、久保が100点以外取ったところを見たことがない。つまり、勝つためには晴翔が全部100点を取らないといけない。

 ……うん、普通に無理だろう。


「それでは、私はこっちなので。失礼します」


 久保とは帰る方向が途中から違っている。


「ああ、それじゃあまた明日な」

「はい。また明日」


 帰る久保に、晴翔は大きく手を振る。久保が見えなくなると、晴翔に話しかける。


「じゃあ。行くか」


 そう声をかけるが、晴翔はまったく動かない。


「晴翔?」


 晴翔の肩を叩こうとする。そのとき、


「助けてくれ!」


 いきなり叫び出すと、抱きついてくる。


「勉強を教えてくれないかい!? 花織に勝てる気がしないんだ」

「いやいや。自信があるから、テストで勝負を挑んだんだろ。自信がないなら、どうしてテストにしたんだ? 久保相手に勝ち目なんか無いだろ」

「それは分かっているさ。けど……」

「けど?」

「無意識に言葉が口から出てたんだよ」


 馬鹿だ、こいつ。


「すまんが、自分で何とかしてくれ」


 そう言うと、足を動かそうとする。しかし、晴翔に掴まれていて、全く動かない。


「お、おい!」

「お願いだ。助けてくれ!」


 デジャヴを感じる。


「俺も教えられるほど頭良くないし。まあ、晴翔なら運とかで何とかなるだろ」

「何とかならないよ。お願いだ、裕!」


 いくら説得しても離れない。晴翔を助けるといつも損をするので、あまり助けたくない。助けなくても持ち前の運で何とかなると思うし。

 だが、そんなことはお構いなしに、しつこく助けを求めてくる。さすがに堪忍袋の尾が切れそうだ。


「助けてくれないかい? 裕、お願いだ。裕……」

「おい、いいかげんに……え?」


 腰回りの圧迫感が無くなったことに気づく。腰を見ると、ベルトが取れていた。


「お、おい!」


 ズボンを固定するベルトが、なくなったのにも関わらず、晴翔が勢いよく抱きついてきた。

 その勢いでズボンが脱げそうになる。脱がされないように必死に抵抗していると、


「それでね。担任の先生が……」

「うん」


 女子の声が聞こえてきた。声はどんどん近づいてくる。

 やばい、このままではこっちに来てしまう。もし、来た時にズボンが脱がされたら……。


「頼むよ、裕!」

「分かったから! とにかく離せ!」

「本当かい!?」


 晴翔が喜んでいる中、落ちかけていたズボンを上げ、ベルトを締める。女子が行ったのを確認すると、小さな溜息をついた。


「……晴翔、本当に久保に勝つ気あるか?」

「もちろんだよ。つい、口任せで言ってしまったが、裕と卓球をするためなら、頑張るさ」

「そうか」


 晴翔から頑張る気持ちが、ひしひしと伝わってくる。


「じゃあ、早速勉強を始めるか」

「え? ははは、テスト発表日まで一週間もあるじゃないか。それにそこからまだ一週間もある。つまり、二週間もあるんだ」

「……何が言いたいんだ?」

「今から勉強しなくても、まだ大丈夫じゃないかな。まだ二週間もあるからね」


 今度はわざと大きな溜息をつく。

 晴翔は驚いた顔をする。


「甘い。お前の場合、今から始めても遅い方だ。やる気がないなら、諦めろ」


 しまった。きつく言いすぎた。


「裕」


 さっきまでとは一転し、晴翔は今までに見たことがないぐらい真剣な顔をしていた。


「裕の言葉を聞いて、はっきりしたよ。僕は勉強から逃げてたんだ。けど、それじゃあ駄目だ。運で花織に勝つのも違う」

「晴翔……」

「僕は花織に勝つために、裕と卓球をするために、勉強を頑張るよ。さっきはごめん……」


 晴翔が頭を下げる。


「……毎日しっかり勉強するか?」


 そう言うと、晴翔は思いっきり頭を上げる。


「ああ!」

「……分かった」

「ありがとう、裕! 頑張るよ」


 そして、テスト勉強が始まった。

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