五.死の積み重なる土地

   五.死の積み重なる土地


 戦闘から三時間が経った。


 怪物の死体は、中枢と思しき部位や眼球などを除いて、大部分が放置された。有毒雨により腐敗するより先に腐蝕され、周辺に影響はない、とカルミアが判断したためだった。取り出された部位は、別の区画に存在するという医療研究施設に送られるのだという。「これがどこから来たか、何故来たか、あるいはどうして生まれたのか。それはあたしたちの考えてわかることじゃないからね」とはカルミアの弁だ。


 ガーデンの人間は危機を回避したことで、顔に明るさを取り戻し、不安に満ちた空気は緩んでいる。そのせいか、何人かいた子供たちが、ゆるゆると散歩するソラを追いかけ、愉快そうに声を上げている。抱き上げられそうになったソラが、すい、とその手を避けるので、むしろそれが子供らの遊び心を刺激しているらしい。レイジは防毒マスクを地下鉄ホームで外し、その様子を眺めていた。


 彼女たちも人間なのだ。garbageなどと呼ばれてはいるが、変わらぬ人間なのだ。


「レイジ、だったね」


 コルチカムがいくらか穏やかな声で話しかけてくる。無言でそれを受け取ると、彼女は髪をかき上げてから歯切れ悪く言った。


「その、さっきはよくやったよ。多少は、助けられた」


「多少、な」


「礼を言え、と姐様に言われてね。その、礼を言う」


 普段、男にそうすることがないのだろう。やにわに、頭を下げたコルチカムの姿は、喧嘩をした子供が謝罪するかのようなバツの悪さや気まずさを醸していた。


「一宿一飯の礼、とでも受け取っていてくれ」


「そ、そうだね。そうだ、それと、姐様があんたを呼んでる。線路側に降りてあっちの方だ」


 コルチカムに指示された方へとレイジが歩を進めると、壁面に錆の浮いたドアがあることに気付いた。暗がりの中に隠された、カルミアの私室らしい。


 一応ノックをしてから返事を待つと、すぐに返答があった。


「入っていいよ」


 ドアの向こうにいたのは、赤みがかった長髪を後ろで結った、美しい顔立ちの女性だった。かたわらのテーブルに置かれた防護マスクのデザインから、彼女がカルミアであることはすぐに分かった。殺風景な部屋の中で、薄手のブラトップとダメージジーンズだけを身につけた肉体が、いつものスーツを身に着けていないことで、より一層細身に際立っている。


「こんな格好ですまないね」


「構わない。俺は特に気にしない」


 筋肉のカットと共に、いくつもの古傷が全身に目立つ彼女は、含みのない笑顔を浮かべた。ガーデンを訪れてから見た中でも、最も自然な笑顔だと、レイジには思えた。


「昨晩に続き二度も助けられたね。礼を言うよ」


「一度目は成り行き、二度目はお前の指示があったからだ。気にするな」


 は! といつもの笑い声を直接聴くと、存外にからりとした声色であることがわかる。


「それに、礼ならコルチカムからも受け取った。何度も繰り返されたところでこちらも対応に困る」


「コルチカムが男に対して、素直に感謝を口にするなんて珍しいことだ。あの子はとりわけ男嫌いでね。以前は男と見るや、すぐに殺しにかかっていたよ。だいぶ、傷が深いからね」言いつつ、カルミアが胸の上を指で柔らかく叩き「心の方のね」と付け加えた。


 レイジがその心の傷というものを慮ることはない。どんな背景があろうと、それは本人が折り合いをつけるしかないからだ。深妙な表情を作ることも、彼はしなかった。


「それで、何の用だ」


 カルミアが木箱に腰掛けると口を開く。


「単刀直入に言う。あたしのもんになれ。そうしたらカグラザカのことを教えてもいい」


「言葉の意味合いを汲み取りかねる」


「ガーデンにつけ。仲間として受け入れてやる。あたしは戦力を、あんたは情報を得る。ウィンウィンだろ」


 ここでレイジは即答を避けた。腹積もりでは、イエスと言うべき状況だ。しかし、足元を見られるような態度はいただけない。再生臓器抽出物というカードがあるにはあるが、相手は、彼自身の戦闘能力を買って話を進めようとしている。これは僥倖だ。だが、だからこそ慎重になる必要がある。


「男は信用ならないと思っていると感じていたが」


「あんたは別だ。あたしが気に入ったんだよ」


 ここまでの言葉を引き出せたのなら、頃合いかもしれない、とレイジは「条件次第では」と歩み寄りを見せた。


「ガーデンの防衛を引き換えに、衣食住、まあ、大したもんじゃないが、それらも保証してやる。なんせ、昨晩やり合ったレイヴンが襲撃に来るなら遅くても明晩だろうからね。一人でも殺しに慣れた人間が欲しい」


「クスリも、だろ」


 もちろん、とカルミアが口の端を上げた。


「どうだい?」


 レイジは暫時考える風に視線を切ってから、ゆっくりと相手の目を見た。


「目的を達成するまでなら、いいだろう」


 決まりだね、とカルミアが言うと、その手を壁面にあてがった。


『生体認証完了。管理者権限を確認』


 アナウンスと電子音に次いで、壁面が静かに長方形に落ち窪み、横へとスライドする。その中には、実弾銃と弾薬、また、彼女のコレクションであろう何本ものナイフが収められていた。


「この部屋は前時代のパニックルームみたいなところでね。有事にはここから物資を取り出すこともある」


「俺にそんな情報を与えていいのか」


「もちろん、これはあんたの持つクスリと交換の情報だよ。さあ、信頼の証だ。腰のそいつを」


 促され、レイジはシリンジを抜き取り、差し出された手のひらに置いた。すると、カルミアは隠し部屋の中にある、低温保存庫にそれを仕舞う。何本ものシリンジがそこに収められていることを、レイジが見逃すことはなかった。


「さあ、これでひとまず“握手”は終わりだ。……なんだい その目は」


「お前は仲間を殺された、いや、殺されかけた時にそれを使うことはなかったのか」


 さてね、と腕を組んで思案げな顔を作るカルミア。


「あたしはね、普通、人は死ぬもんだと思ってるんだよ」



 日が明け、レイヴンが活動を開始するであろうという時刻が迫った。


 その日は朝から、地下鉄跡の拠点内が慌ただしげだった。子供たちは万一の時の脱出経路に近い壁際に集められ、大人たちは武器弾薬の分配や、トラップの設置に奔走している。レイジはこれに無言で協力し、全ての情報を記憶素子に刻み込んだ。拡張現実視野にトラップと地形を記憶させ、それをソラにも共有化した。


「にっ」


 情報が共有化されると、そうやって鳴き声をあげてからソラは顔を洗った。その様子をうっとりとした表情で眺めていたコルチカムはそれを見られると、咳払いをしてからいつもの冷徹な表情を作り、人員の配置確認に戻った。


 カルミアがマスクを被った状態でレイジに近寄り、準備は、と問うた。レイジはそれに軽く肩をすくめるだけで応えると、上々だね、と口にした。


「レイヴンとは小競り合いが絶えなかった。だが、今回ほど相手方の本拠地に潜り込んでやりあうことなんてなかったんだ。だから、相手もおそらく意趣返しでやってくる。これは確信だ」


「どこまでやったらあいつらは撤退すると考えているんだ」


「戦力の壊滅、つまり戦闘人員の三割も削ればあるいは、ってとこだね。もっとも、それで退けるほど頭の回る連中でもないとも考えてはいるよ。だから、どこかで引き際を与える」


 主要な戦闘員と目される人間たちを私室に集めると、カルミアは次のような策を提示した。


 第一に、敵の第一陣を足止めする。これには何名かの人員を分散させ、狙撃によってあたる。

 第二に、別働隊が敵本拠地側から挟撃、戦力を削ぐ。そして、目算で三割を削った段で信号弾を射出。

 第三に、信号を受けた狙撃手たちは弾切れを装い、ガーデン周辺までの道を空ける。


「最後はあたしが出る。そうしたら、別働隊は連中の退路を用意してやるんだ」


 地図を指し示しながら、カルミアは言った。


 退くならば深追いはしない、という意思表示。窮鼠猫を噛むと言うように、追い詰められた生物は何をするかわからない。あえて逃げ道を残してやることで、その引き際を示してやることになる、とカルミアは考えていた。


 確かに、これならばレイヴン側も落とし所を見つけることができるだろう。悪くない考えだと言えた。


「だが、それでも敵が迫ってきた場合はどうするんだ」


「そこであんただよ、レイジ」


 カルミアはレイジの方に顔を向ける。


「あんたには、クリーナーとして動いてもらう。あたしたちとは無関係の、第二の脅威として攻撃を加えてくれ。そうして相手の混乱を誘う」


 そうして、カルミアは一言、頼んだよ、と呟いた。


 ほとんどの人員が、レイジの待遇を面白く思っていないというのが、その表情から察することができた。懐疑的な視線を浴びながら、彼は頷く。しかし、一人の女が控えめながらも声を上げた。


「姐様、私はその男が、その、信用できないと思います」


「なんだいスバル。あたしの見立てに不服があるってのかい?」


「そ、そうじゃないんです。ただ、あの、男、ですよ? しかも元クリーナーだなんて……」


 スバルと呼ばれた女がおっかなびっくり、という口調で早口に言うと、カルミアは鋭く切り返した。


「それじゃあ敵前で揉めてガーデンが壊滅してもいいってんだね?」


 そこで会話は途切れた。しばらくそのまま沈黙が横たわった状態を迎えた一室だったが、カルミアが両手を打つことで静寂は破られた。


「さて、作戦開始だよ」



 作戦行動は第一段階、第二段階ともに悪くない結果を生んだようだ。敵本拠地を臨む位置から信号弾が夜の雨天に閃いたのを確認しつつ、レイジは立ち昇る爆煙から拡張現実に記録したトラップの残存数を減らしていった。


「頃合いか」


 足元のソラに追従するよう合図を出してから、レイジは立ち上がった。目指すは敵の最後尾だ。


「どうやら、大分数は減ったようだな」


 道端に転がる死体の数は少なくない。的確に急所を撃ち抜いたようには見えず、苦しみもがいた様子がそこかしこに残っている。


 伏せった敵を見やる。そこに伏しているのは、人間だ。全ての敵が人間だ。


 感傷的になることはない。しかし、レイジは思う。


 敵とはなんだ、と。


「いいか、あんたたち! ここで退くなら深追いはしないよ!」


 カルミアの大音声が渋谷区に響き渡る。


「あんたらもこんなところで死にたくはないだろう!」


 そうだ、誰もが死にたくはないはずだ。こんなところで死にたくはないはずだ。


 どよめきがレイヴンの面々から上がる。戸惑い、恐れ、慄きが肌に伝わる。


 レイジがカルミアたちのいる場所を見下ろす建造物跡へと到達する。カルミアは演説めいた、あるいは説得のような言葉を続けている。残った敵対戦力は、二十に満たない。ガーデンの人間がどれだけいるか分からない状況で、これ以上の損耗は避けたいはずだが。


「これで相手が退けば俺の出番はないわけだ」


「にあ」


 そうなればいいのだが、と思いながらも、そうなってはくれないという予感が、レイジにはあった。レイヴンの動きがどうなるか不明であると同時に、カルミアが自身を裏切りはしないか、という懸念がある。たかが二日三日、同じ目的の下に行動したからと言って、信頼関係が築けるかどうか、怪しいものだ。


 預けられた実弾銃の照準器をカルミアと敵との間に合わせる。どちらがどう動いてもいいように、だった。


 敵対勢力に動きがあった。一人の男が前に進み出て、錆びついた日本刀で、カルミアを指し示した。そして、雨音に負けないだけの声でこう叫ぶ。


「魔女を赦すつもりはない! 俺たちがいかに貴様らの犠牲になったかを、忘れたわけではない!」


 カルミアはその男に対して、やれやれ、といった素振りを見せてから、右手を上げた。


 男の足元にガーデンの狙撃手からの銃弾が集まる。


「俺がここで倒れようが、必ずお前の働きはレイヴンが、ボスのヤタガラスが罰する! だから、俺はお前を──」


 レイジはカルミアの視線がこちらへ向いた気配を察知して、引き金を絞った。銃弾は敵対戦力の最後尾にいた者の背中を貫く。


 本来ならクリーナーは実弾銃を使用しない。しかし、誰かがこう叫べば、充分な混乱が生じる。


 クリーナーの襲撃だ、と。


「クリーナーだ! 十人はいる!」


「いや、もっとだ! 私たちを掃討しにきたんだ!」


 ガーデンの女たちが周辺で騒ぎ立てる。その声色には存分に恐れの演技が乗って、レイヴンの男たちがカルミアから注意を逸らしてしまうのに必要なだけの恐怖を飾った。その間にカルミアは姿を消し、撤退した風に見せた。


 そして、満を持して、レイジはその身を露わにして実弾銃を一発、空に向けて放った。多くの目がこちらに向くのを確認してから、銃口を敵の群衆にゆっくりと向けた。


 効果的だった、とレイジは思った。猛った男の足元への狙撃で、弾切れが虚偽であったことは判明していたであろうが、新たに脳を揺さぶる別の脅威。


 レイヴンの面々は三々五々、用意された退路を走っていく。たった一人、先の男を除いて。その男は単身、ガーデンの本拠へと走っていく。


 レイジの脳裏に、ソラを追いかけて遊ぶ子供たちの姿が過った時、自身でも驚いたことに、その脚は素早くガーデンへと向かっていた。


 拡張現実に表示されたトラップはいずれも作動していない。男は銃弾からも逃れ、このままでは地下鉄の駅へと到達してしまう。


 建造物を降りる途中で、崩落した壁面から地表へと飛び出し、レイジは走る。トラップを掻い潜り、地下鉄の入り口へと辿り着くと、一息に何段も階段を飛び降り、さらに突き進む。


 そして、ついにLEDの照らす階層へと辿り着くと、その光に照らされた人間たちを認めることができた。


「カルミアを、魔女を出せ!」


 男は防毒マスクを外し、錆びた日本刀の刀身を近くにいた女の首に当てていた。捕まえた女の身柄ごと、じりじりと壁へと後退りしていく。


「魔女一人の首で俺は満足する、俺たちは満足してやる! さあ、出せ!」


 口角泡を飛ばしながら叫ぶ男が、レイジの姿に気付く。


「やはりブラフだったな……? クリーナーがいたというのは嘘だった! それがお前のやり口か、魔女め!」


「その女を離せ。何もせずに立ち去れば追撃はしない」


 レイジが実弾銃を抜け目なく構えながら、言う。


 何故こんなことをしているのか? 関係のない人間たちを守るために自分は何をしている? そこでレイジは初めて、捕まえられている女が先日助けた親子の母親であることを認めた。


 彼女は自分に関係ないと言えるのか? 命を助けた彼女が、彼女の娘が、自分に無関係であると?


「いいから魔女を出せと言っている! 叩っ斬ってやる!」


 声を上げられない女は、息も絶え絶えに、なされるがままになっている。彼女が隙を作ってなにかをするということはできないと簡単に想像できた。


「お前はもう包囲された。これ以上何かをするというのなら、命は保証できない」


 レイジの他にも実弾銃を構えた女たちが遠巻きに四人、男を囲んでいる。戦意を喪失するには充分過ぎる事態だ。それでもなお、男は日本刀を下ろさない。


「いいよ、あんたたち。銃を下ろしな。あたしが相手する」


 膠着状態から少しして、暗闇からカルミアが現れた。その手で手近な女の銃を下ろさせると、全員がそれに従う。


「あんたもだ、レイジ」


「……」


 レイジも銃口を下げると、カルミアは落ち着いた声で問いかける。


「さあ、お前、名前は?」


「魔女に名乗る名などない!」


「そうかい……。じゃあ、やろうか。妹を放しな。それじゃあやりづらいだろう」


 言われるまでもない、という顔で、男は女を放し、そして──無防備な女の背中を日本刀で貫いた。


「あっ……」


 女は一声だけ上げて膝をつき、ゆっくりと倒れていく。ぬらりと抜き取られた刀身が、地下鉄内を照らすいくつかの灯りに、血で煌めく。女は口から血を流す。男が低い声を上げてカルミアに斬りかかっていく。瞬時にレイジの視界が揺らいだ。目前の光景で、貫かれた女の姿が誰かに重なる。それは、守ると誓った女の姿。


 剣戟の音は耳に入らない。


 死んでいく女の姿だけが視界を覆い尽くしていくようだ。世界はただそこにしかなく、そして、自身と、血を流す女しかそこにいないかのように、錯覚している。


 レイジは膝をついている。いつの間にか、そうしていた。


 自分は誰を守れるのだ。自分は何を守れるのだ。


 不思議な状態だった。レイジはgarbageと呼ばれた人間たちなら女であろうと殺してきた。彼女のような女であってもそうだ。そうしてきた。なのに、何故、今になってそのような日常風景が自身を揺るがすのか、分からなかった。


 ただ一つ明らかなのは、レイジは、怒りに身を震えさせていることだけだった。


 聴覚が戻ると、カルミアが日本刀をいなして懐に潜り込み、ナイフを一本、男の胸に突き立てていた。


「がっ、ぐうっ、ぐ、がが、が」


 そのナイフは肺を貫き、男の口角泡を次第に赤く血塗れにしていく。男の顔は苦悶に歪み、胸を押さえながら、たたらを踏んで仰向けに倒れた。そして、胎児のようにうずくまると、少しして動かなくなった。


「レイジ。レイジ。おい、レイジ!」


 コルチカムがレイジの隣にいて、その肩を強く掴み、声をかける。


「俺は……今……?」


「終わったんだ。あたいたちの勝利だ」


 勝利。現実味のない言葉に、レイジは自身の耳を疑う。


「これでしばらくはレイヴンも手を出しては来ないだろう。物資もあたいたちのもんになる」


 カルミアが、自身の倒した相手の前で何事かを呟いた後、その首を高周波ナイフで刈り取った。


「あれは後でレイヴンに送りつける。言外の停戦申し込みだよ。さあ、立ちな」


「早くあの母親に蘇生措置を」


「もう間に合わない。さあ、あっちはもうあたいらに任せてお前は中に入るんだ」


 すぐさま、コルチカムは立ち上がり、小走りで移動を開始した。暗がりに消えていく背中を見つつ、レイジは呟く。


「もう、間に合わない……?」


 戦後の処理が行われる中で、レイジは、ガーデン側にもいくらかの戦死者が出たことを知った。しかし、それを悼むことはするが、ほとんどの人間が自然に受け入れているように見受けられた。仕方のないこと、とでも言うように。


「レイジ、さっきはなかなかの働きをしてくれたね」


 カルミアの私室に招かれての労いの言葉を、レイジは跳ね除けた。


「よしてくれ」


「成り行き、かい?」


「そうじゃない」


 カルミアは防護マスクを外すと、スーツを脱ぎ出した。背中を見せつつそうする姿を、無防備だ、とレイジは思う。


「もしも、妹たちのことを悲しんでくれるなら、嬉しいことだね」


「そうじゃ、ない」


 言い淀んだ言葉は、その通りの意味とは別の色を孕んでいる。


「あんたは、こう思ったかもね。『なんですぐに蘇生しないのか』と。でも、言ったはずだよ。あたしはね、人は死ぬもんだと思っている、ってね」


 それ以上、カルミアはそのことを話題に出さなかった。もう、済んだ話だ、と背中が語っていた。


 レイジは手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろすと、前傾姿勢で肘を自分の腿に預けた。


「そうじゃない」


 自身の言葉を噛み締めながらも、胸中に渦巻く感情を、レイジは処理し切れなかった。

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