四.花園の女たち
四.花園の女たち
いつもの夢を見た。まだホームがその名で呼ばれる前の、シェルター生活の始めの頃の追憶だった。
もし空が見えれば夕暮れの頃だった。その時間帯の商業区は賑わっていて、その中を自分とエマが歩いていた。彼女は自分の少し前を歩き、ウィンドウショッピングに夢中になっていた。不意に振り返り、ガラスの向こうに置かれたキャスケットを指差して問いかけてきた。
「ねえ、貴方はこれどう思う?」
「かなり子供っぽいんじゃないか。君には合わないと思う」
するとエマは、そっかあ、と言ってから、隣の帽子はどうだ、その隣は、と尋ねた。
彼女は“まだ”成人していて、混乱と不安の最中にあるシェルター生活を明るく過ごそうとしていた。収容された人間たちはある程度満たされていたが、ただひとつ、空だけがなかった。その頃はまだ人工天体がシェルターの天井に備わっていなかったのだ。
「星、また見られるようになるかな」
工業区の、まだ誰も使っていなかったビルの屋上で、彼女は天井を見上げては、よく、そうやって問うのだった。
「わからない。でも天候調整装置の不具合なら、きっといつかはまた外で同じように暮らすことができるさ」
自分はそう言って、少しでも希望を与えようと努めていた。
当時は統括区も追放などの口減らし政策を実施しておらず、シェルターは一時的な退避場所でしかなかった。だからこそ、希望が必要だと思ったのだ。自分はさらに続けた。
「昔みたいに東京で同じように暮らせる日が来る」
「予言ってやつ?」
「希望的観測、かもな」
二人で、少し笑った。そして、天井を仰ぎ、いつものようにコンパスを取り出すと、星座の話をした。
「あそこにオリオン座があるんだよ」
「打ちっ放しのコンクリートの向こうにな」
軽口で返すと、彼女はむくれて言った。
「ロマンがないなあ。見えなくても、星は変わらずそこにあるんだよ」
見えなくても、そこに必ず光はあるのだ、と。
しばらくそうして星の話をしながら鉄柵に寄りかかっていると、彼女が隣に寄り添ってきた。そして、頭をこちらの肩辺りに預けてくるので、自分はその頭を軽く抱き、手を彼女の肩に置いた。
「綺麗な夜空、見られるよね」
「ああ、必ず」
自分は穏やかに返した。そして、何かをするでもなく、黙したまま、二人で消灯時間までを過ごした。
これは記憶だ。忘れがたい、愛の記憶だ。
「起きな」
レイジはぶっきらぼうなコルチカムの声に、目蓋を開けた。渋谷駅跡地下の、水力発電により点いているというLED電球が点々と周囲を照らす中で、彼は覚醒した。声の主を見上げるレイジは、その像がはっきりとするのに時間がかかることを自覚していた。
気の強そうな声色と同様に、彼女の目つきは鋭い。いくらか幼さが残る顔つきの、明るく脱色された髪の少女が、灯りに照らされ、こちらを見下ろしていた。マスクのない状態で対面するのはこれが初めてだった。
戦闘区域から離れ、彼女らのアジトとなる地下鉄のホームで一行は夜明けを迎えた。一息つくと、レイジは壁に寄りかかったままマスクを外し、寝入ってしまったようだった。視界に映し出される時間は正午を示している。かたわらにはスリープモードのソラが目を瞑り、香箱座りでそこにいた。
「……泣いてるのかい」
言われて、ようやく目元を拭う。グローブの手の甲がいくらかの水に濡れていた。あの記憶を呼び起こしてしまうと、そうなることが避けられなかった。
「なんでもない。それで、何の用だ」
「ふん。食事ができた。食べるだろ」
コルチカムはアルミのトレイに乗せた固形食料と、金属のカップに入ったスープを差し出している。レイジがそれを受け取ると、彼女は少し離れたところで立ったまま壁に背をつけた。
コルチカムの横顔は、少女がそうするには温度がひどく低く感じられた。
「……遠慮なくいただこう」
食事は質素を超えて、貧困を思わせた。固形食料は湿気って食感が良いとは言えなかったし、スープも、本来よりも湯でいくらか薄めてあるようだった。
「ゴミだめの食事には及ばないだろうけど、貴重な食糧だ。味わって食べるんだね」
コルチカムはそう言い放って、その場を後にした。カルミア率いるガーデンの面々は、女子供がほとんどを占めていた。彼女らは総じて、レイジの方を見つめ、なにかされるのではないか、という懸念を抱き続けているようだった。それだけで、昨晩助けた母子の対応が理解できた。男はみんな敵、という言葉の意味をだ。
雲を透過してくる光がまだ多少はある日中なので、物資の調達に駆り出されている人間が多いのだろうか、とレイジは思う。それにしても、危険分子となり得る自身の見張り役がコルチカムだけ、というのは少々不用心にすぎる、と彼は思ったが、その不用心につけ込んで破壊工作をするメリットがない。今は情報収集を行う段階だ。
東京では助け合って生きているグループは極めて少数かつ小規模である、と統括区から記録を得ていたが、このガーデン然り、昨晩のレイヴン然り、徒党を組んでいる人間は存外に多いように思われた。殊更、このアジトの様子を見るに、食事は均等に分配されているようであったし、暴力による支配が行われていないことが認められた。衣服を繕う者があれば、食事を用意する者もある。支え合おう、という空気がそこにはあった。
「お兄さん」
ひたひた、と裸足でこちらに向かってきたのは、昨晩助けた母子だった。
「無事でなによりだ」
命があることを無事と言うのであれば、ひとまず、二人は無事だった。母親の方は目元を包帯で巻かれ、娘に手を引かれていたし、その娘にしてもよく見れば細かい傷だらけだったのだが。
「あの、お母さん、まだ喉が治ってないから代わりに言うね。ありがとうございました」
深々と頭を下げる二人に、レイジは何の感慨もない表情で、ああ、とだけ応じた。
「本当は昨日、あそこに行っちゃいけない、って聞いてたの。でもね、お母さんがね、わたしのためにご飯用意しようとしてくれて……」
そこからの話の流れを聞くに、統括区は定期的に物資を東京に“廃棄”しに来ていることが推測できた。追放者とともに、資材や食糧を置いていくことがある、と。そして、それがgarbageたちの生命線のひとつであるということも理解した。だから、彼らは死滅しない。なんとかこの地域で生き延びている。
しかし、何故なのか。何故口減らしのために追放されているはずの人間たちに施しを行っているのか。そこまでは把握しきれないのだった。
そこに近づく、固い足音がひとつ。
「コルが世話になったね」
「……成り行きでな」
「は! 皮肉だね。殺し合った仲のクリーナーとgarbageが協力して敵を撃退だなんてさ」
ガーデンの主、カルミアがそこにいた。多層の防護マスクを着けたまま、彼女は続ける。
「それで、アンタは何をしたんだい。クリーナーが追放されるなんて笑えるからね。理由が知りたい」
笑える、という言葉ではあったが、語調は決してそうではなかった。探りを入れてきている、とレイジは直感する。
「お前たちに仲間を売って、わざわざ自分も殺されかけた、という反逆行為だそうだ」
彼はあえてここで虚偽によって場を濁すことはしなかった。不用意に相手のテリトリで駆け引きをするほど愚かではない。
「へえ、それは面白い話だね」
カルミアは今度こそ、笑いを含んだ調子で言った。
「ああ、最高の笑い話だ」
レイジの皮肉に、カルミアが喉を、くく、と鳴らす。
「嘘は言っていないみたいだね。見たところ、武器すら持たされていない。それでよくレイヴンから妹たちを守ったもんだ」
妹たち、というのはガーデンにいる女子供全てを指しているのだと、レイジは感じた。このコミュニティは、いわば家族のようなものかもしれない。
「二度目だが、成り行きだ」
「それでも恩人には違いない。あんたらはちょっと外してくれるかい」
母娘が遠ざかるの見ながら、レイジは薄いスープに口をつけた。コーンスープの類だと思われる、ほんのりとした甘みが感じられた。それを嚥下していると、カルミアが問うた。
「それで、あんた名前は?」
「レイジ、と呼ばれている」
「へえ。そっけない名前だね」
「カルミアほど華々しくはないことは認めよう」
ふ、とカルミアの雰囲気が和らいだ気がした。
「それで、レイジ。あんたは何が目的でここに来たんだ?」
どうやら、カルミアは物事の裏まで思考するタイプであるらしい。それは、集団をまとめる人物としては必須の特性である、とレイジは思考した。
「人を探している。カグラザカ、という男だ。おそらく、偽名なのだろうが。武器の流通路を開拓していると聞いた」
追放は、それこそ“成り行き”であったことを見抜かれているようならば、本題に入るべきだ。
「カグラザカ?」
カルミアの雰囲気が再度引き締まる。その反応だけで、レイジは、当たりを引いたようだ、と確信した。
「とにかく今は武器が欲しい。この東京で生きるためには必要不可欠だ。知っているなら居場所を教えてもらえないか」
ここにきて、レイジは嘘を吐く。本来の目的を果たすことが、カルミアたちにいかような影響を及ぼすか思考しての言葉だ。この場では、本来の目的を正直に答えることで道が閉ざされてしまうという恐れがあった。
「あたしは知らないね。いや、厳密には、誰も知らないのさ」
「誰も知らない?」
ああ、とカルミア。
「今となってはエイトボールよりもカグラザカを頼るgarbageが多いと聞いたのだが」
「──ひとつ、忠告しておくよ」
カルミアが指を一本、レイジの喉元に突き立てる。
「あたしらが自分たちをgarbageと呼ぶのは一種の皮肉だ。それを理解してから発言するんだね。あたしらがゴミクズ扱いされるいわれはないんでね」
冷たく言い放ったカルミアに、レイジは退くことなく、彼女の目があるであろう辺りを見据えて答えた。
「留意しよう」
カルミアの手が退くと、レイジは先を促す。
「……誰も直接カグラザカと取引をしていない。いつも所定の手順で代価を用意しておけば、翌朝には武器が届いているだけ。それより先に踏み込んだことはない」
「随分と信頼しているんだな」
は! とカルミアが小さく笑う。
「この東京で重要なのは力さ。信頼はあとからついてくる。あんたが昨晩、コルたちを守ったような力が先。わかるかい」
「その発露が先日のクリーナー襲撃か」
「あれは別口さ」
その点について踏み込むべきか、レイジは思考する。武器流通の件からカグラザカに迫るか、自らに仕掛けられたなんらかの罠について問うか。
カグラザカのことを追及するのはいい。武器が欲しいという建前は一応機能する。カルミアが本音を少しでも看破していようが、話を掘り下げた方が今の流れは自然だ。しかし、罠についてもある程度は知っていた方がいい。自身が置かれた状況に至るまで、誰が裏で敵対しようとしているかを知ることは、生き延びる上で重要となる。そして。
「カグラザカについてもっと情報が欲しい」
レイジは目的への最短距離を求めて、前者について問うことにした。
「……いいだろう。それなら、こっちに来な」
カルミアが首を軽く動かし、改札口横にある部屋を示した。
「あまり聞かれたい話でもないしね」
部屋は見張りの女が二人体制で守っていた。その二人を、カルミアが退室させると、キャスター付きの椅子を二脚用意し、レイジに座るよう促した。
着席すると、カルミアは脚を組んで単刀直入に問いかけてきた。
「さて、あんたの目的について訊こうか。話はそれからだ」
「……カグラザカを追っている」
「武器ではなく、だね?」
首肯するレイジ。
「その理由は?」
「失踪した男が必要だ。正確には、その男の知識が。カグラザカはその足がかりとなる名前だ。この廃都にこだわるのに、それ以上の理由はない」
「は! まあ、そうだろうね。ゴミだめから来た連中のほとんどは、都外への脱出を求めるもんだ。それでもここにいようとするってことは、相応の価値を見出しているとは思っていたよ」
都外への脱出成功率はゼロに近いと言われている。一般の追放者はレイジのようにまともな防毒マスクを与えられないのがほとんどであったし、陸路は汚染拡大を防止する意味で巨大な壁に隔てられている。海路を抜けようにも、有毒雨の拡散を阻まんとするフィルタが国際的な働きかけで幾重にも張られ、移動はままならない。それでも、多くの追放者は「まだどうにかすれば人生をやり直せる」と思っているようだった。そういった手合いを掃除するのがクリーナーの仕事のひとつでもあったので、レイジはその手の情報に明るかった。
「それで、カグラザカを特定できたらその次は?」
「そこからは企業秘密だ」
「なら、情報提供ですら協力はできないね。もしもカグラザカが殺されて、銃火器が手に入らなくなる可能性が少しでもあるとするなら、あたしはあんたと敵対することになる。わかるかい。守るものがあるんだよ。あたしにはね」
椅子から立ち上がると、カルミアは会話の終わりを匂わせた。レイジは、しかし、そこで簡単に引き下がることはしない。
「クスリと交換なら、どうだ」
部屋の出入り口で、カルミアが歩みを止めた。
「再生臓器抽出物なら、あとで嫌というほど手に入る。それでも俺に協力できないか」
「その保証は?」
「まずは担保としてこれをお前に預けよう。濃度は特級だ」
シリンジをやおら取り出すと、レイジはそれを手近なデスクに置いた。彼の愛する女性から切除された再生臓器を元に精製されたクスリが、シリンジに一本。これを統括区の連中に奪われなかったことは幸運としか言いようがなかった。
「本物なんだろうね?」
「ああ、心配なら解析でもなんでもすればいい。まずはこれを前金として差し出す。どうだ」
マスクで顔が隠されているカルミアの視線が、シリンジに注がれていることがわかった。取引の材料としては悪くないはずだ。
カルミアがシリンジに手を伸ばそうとしているのが感じられた。今、手にするべきは力の維持か? あるいは、眼前に吊り下げられた薬品か? 二者択一に、揺れる気配がする。
「別を当たることもできる。無理強いはしたくない」
さらに揺さぶりをかけると、カルミアの顔がほんの少しだが、レイジのそれと向き合う。
さあ、来い。
「わかっ──」
彼女の声が、轟音にかき消される。それに続いて、若い女の声が改札口近くに響いた。
「姐様! 来ました! 例の怪物です! 八番口!」
「チィッ! ついに来たか!」
レイジは警戒する姿勢を取りつつ、抜け目なくシリンジを腰元のベルトに仕舞った。
「怪物とはなんだ」
「あんたも来な。見たら分かる。総員! 戦闘態勢! 爆薬も用意しときな!」
地下鉄中から、それに応じる声が一度に重なり、戦闘部隊と思しき人間たちが駆けた。行き先は朽ち始めた黄色の看板が示す、出口だ。
「非戦闘員はみんな線路沿いに固まって、壁から離れておくんだよ! いいね!」
カルミアは大音声で地下鉄内に指示を出すと、一瞬、レイジの方を見、その追従するのを認めてから駆けた。
レイジが小さくソラの名を呼び、腿を二度叩く。
「にっ」
スリープモードから復帰したソラは、足音も立てずにレイジの防毒マスクをくわえると、カルミア率いる戦闘員たちの後を追った。
「生き残りたかったらあんたも戦うんだ。いいね」
追いついたソラから防毒マスクを取り上げると、「危険手当は出るのか」と返したが、彼女の反応は「は!」という短く笑うような声のみだった。
日の光がうっすらと透過した雨雲の下へとおどり出る面々。その眼前にあったのは、赤黒くヌメついた肉の塊だった。それも、軟体動物のような太い触腕を何本も持っており、その表面には万遍なく眼球が付いている。そのひとつひとつが、ぎょろりぎょろり、と、てんでバラバラな方向を見ては視線を移していた。
レイジはそこで初めて、襲撃してきたものを、怪物、としか形容のできないことを飲み込んだ。
カルミアの配下が距離を取りながら声を張り上げる。
「進行方向、ガーデンの直上! このままでは地下に危険が及ぶ恐れがあります!」
「粘着爆弾の準備はできてるね!?」
戦闘員全員がその手に、べっとりと黒い何かに包まれた小箱を持っている。おそらくは、タールのようなものを塗布した爆薬だろう。
「各員、できるだけ多くの目を潰して、そこから集中的に叩くよ!」
「はい、姐様!」
そのやりとりの間、怪物は瓦礫を崩しながら、昔、道路であったのであろうルートをゆっくりと移動していく。時折、触腕が動く。それらで瓦礫をどかすのではなく、叩きつけるようにして道を拓いている。
「あんたもこいつを!」
カルミアの配下が、常時であれば受け取るのをためらうような、べとつく爆薬包みをレイジの手に押し付ける。
「こんな怪物の情報はホームにはなかったぞ」
爆薬を握り、レイジは近くに立っていたコルチカムに声をかける。
「そりゃそうさ。お前らはいつも夜にしか活動しない。こいつが現れたのは最近の昼間。つまり今みたいな時間さ。さあ、行くよ!」
「はい!」
コルチカムとカルミアの双方から合図を受けた複数名が、中距離から銃弾を集中的に放つ。精度の低い実弾銃でも、この距離と敵の体積なら外す方が難しい。銃半ばから排出された空薬莢が地を打つ。そして、弾倉が空になる頃、別の銃撃部隊と入れ替わり、さらに銃弾を押し込ませる間に、弾倉の交換を行う。
よく訓練されている、とレイジは思った。市街戦では、統括区が米国の民間軍事会社“PMC”から買った、記憶素子向けの訓練メモリをダウンロードしている自分の方が一日の長があると踏んでいたが、あくまでそれは対人戦用の情報だ。巨大な生物との戦闘においては彼女たちの方が優っている。
怪物の眼球があらかた潰れた頃、ようやく撃たれた方も人間の存在に気付く。縦に振るわれる触腕の動きはゆるりとしていたが、その重量を想像するだけで、直撃は避けたいと思わせるものだった。ずん、と瓦礫だらけの道路に落とされる触腕。まともに受けた戦闘員はいなかったが、砕けた破片に阻まれ、何人かが退避した。その間を縫って、カルミアとコルチカムが接近を試みる。怪物の体表面に残った眼球が全て二人に向き、巨体は緩慢な動きで触腕を横に薙ごうとした。
「姐様たち! 来ます!」
「触腕を撃て!」
体勢を整えた戦闘員が攻撃を中断させようとしたが、それは叶わない。迫る脅威に、カルミアは上空へ跳び、コルチカムは地表へと伏せる。すさまじい風圧。雨飛沫とともに、視界は一瞬、巨大な触腕に覆い尽くされた。
レイジは怪物の反撃の直後にようやく動き出す。相手の出方を知るために、彼はあえて出足を遅らせていた。
「あんた、遅いんだよ!」
コルチカムが悪態を吐きながら立ち上がると、レイジの遅い参戦に舌打ちをした。
「爆弾が思ったよりも重くてな」
「ふざけたことを!」
「喧嘩は後でやんな!」
その言葉を受けてレイジが視線をやると、カルミアは怪物の上に乗り、すでに爆薬を体表面に取り付けていた。跳躍し、触腕を足場にそこまで登っていたらしい。
「お前たち、ここからだよ! 一気にやるから集中しな!」
銘々が応答する中、怪物はただの一つも唸りや呻きを上げない。発声器官のようなものを持たないようだ、とレイジは思考しつつ、自身も爆弾を貼り付け、離れる。
銃弾が雨とともに降り注ぐ中で怪物の反撃をかわし、爆弾がゆうに十を超える数、接着されると、カルミアが離れるように指示を出す。
「爆破するよ! コル!」
頷いたコルチカムの手には、簡素なスイッチ付き小箱が握られていた。彼女がそれを起動した瞬間、轟音と爆煙が周囲を包んだ。
怪物は爆発を受け、なおも断末魔の叫びすら上げずに、活動を緩やかに停止させた。肉片が上空から落下して、多くの戦闘員の体に付着する。それを忌々しげに取り払う様子に、レイジの知る女性像が合致しなかった。
彼女たちはこうして生きている。殺し、殺され、汚れ、汚されて。それは、おそらく全てのgarbageに共通することなのだろう。そして、クリーナーとして手を汚してきた自身も、変わらないのだ、とレイジは考えた。
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