第一章 第三節 ~ なまくらの剣 ~


     ☯


「さて、次は武器屋か」


「ソウデスネ……」


 痛みの残るウサ耳をさすりながら、ミラが恨みがましい視線を向けてくる。

 そんなことを気に留めた風もなく、リオナは真っ直ぐ武器屋への道を歩いていた。


(……かく、今のオレには攻撃力が足りねえ。まともな武器……はこの街じゃあんまり期待できねえが、せめてガチャのハズレ枠くらいのヤツは手に入れておかねえと。通常攻撃じゃあ痛痒つうようすら与えられねえ……)


 そんなことを考えながら、リオナは武器屋の戸を開いた。


「らっしゃい‼‼」


 カウンターには、立派なあごひげを蓄えたマッチョな店主が立っており、リオナ達の姿を認めるや否や、身体の芯に響く野太い声をかけてきた。


「こ、こんにちは~……」


 店主の厳つい顔に、ミラが若干おびえながら挨拶を交わす。

 リオナはそれらのやり取りを軽く無視して、店内の物品を肉食獣の瞳で見定め始めた。


 辺りを見渡すと、剣やらやりやらつちやら弓やらつえやらと、たくさんの武器が壁一面、棚一杯に飾られていた。

 どれも入念に手入れされており、鈍い銀色の光を放っている。

 武器種ごとに整理されているらしく、剣のコーナー、槍のコーナー、弓のコーナー……と区画が分かれていた。


 リオナは迷いなく剣のコーナーへと向かった。


「ふむ……」


 剣と一口に言っても、様々な種類がある。

 ダガーナイフのような短剣から身の丈程の長剣、日本刀のような刀まで陳列されていた。

 それら一つ一つをじっくり観察し、材質や形状、秘めているステータスなどを推測していく。


 じーっと棚の端から端までを真剣な瞳でにらみつけるリオナに、普段は騒がしいミラも言葉をかけることができなかった。

 集中し、各武器の特徴を見抜こうとするその視線は、正しく歴戦の勇士のもの。


(あのリオナさんに、ここまで真面目な所があったとは……)


 普段は粗野で粗暴で悪戯いたずらばかり考えているイメージしかないが、こうしてみると、やはり救世主に相応ふさわしい強者であるのだと思い出される。

 強敵を相手に果敢に挑んでいく勇姿と重なり、なんとも頼もしく思った。


 だが、呼吸すら止めているのではないかと思われる程の静寂の気配に、ミラは段々耐え難くなってきた。

 何となく居心地が悪く、ムズムズとした感覚が胸中に込み上げてくる。

 あるいは、一流の戦士にしかわからないプレッシャー的なものが、辺りに漂っているのかもしれなかった。


「……あ、あの! どんなものをお探しなのでしょう……?」


 意を決して、躊躇ためらい気味にいてみる。

 力になれるかはわからないが、リオナの武器選びを手伝ってみようと思った。


 ミラの問いに、リオナは視線を外さないままボソリと答えた。


「ああ、そうだな……」


 ゴクリと唾を飲み込んだミラの前で、リオナは普段の彼女からは想像もできないような真剣な声音で、


「……こう、茶髪に赤目で感情豊かなウサ耳少女の服だけを斬れるような素敵アイテムを探してるんだが……そう、例えば、〝兎人族アルミラージスレイヤー〟みたいな――」


「そんな限定的な用途の武器が存在して堪りますかっ⁉」


 彼女が誰に対してその剣を使おうとしていたかは、訊かずともわかる。

 悪寒が走るのを感じながら、ミラは声を荒げた。


「無いか」


「あるわけないでしょうに……」


 呆れて溜息ためいきくミラの前で、リオナは再び顎に手を当てて、思考する素振りを見せると、


「……なら、〝ラビットスレイヤー〟なんてのは――」


「あるわけあるかアアァァァアアッ‼‼」


 最早いつもの敬語も忘れて、ミラはスパアァァアンとリオナの頭をウサ耳ではたいた。

 狭い店内であるが故に、快音がよく響く。


「もう……珍しく真剣に悩んでいるのだと思って、手伝って差し上げようとしたのに……」


「ハハハ! まあそう怒るなよ。はなっから大体の目星は付いてんだ」


 そう言うと、リオナはカウンターで刃の研磨作業をしていた店主を呼び出した。


「おーい! 親父ィ!」


「おう?」


「この店で〝一番デカい剣〟を持って来てくれ!」


「一番デカい剣だぁ?」


 店主は怪訝けげんな声を上げながら、リオナ達のいる剣の売り場まで来ると、


「一番デカいってぇと……壁に掛かってるこいつかぁ?」


 店主が示したのは、リオナの身の丈と同じくらいの長さがある長剣だった。

 刀身はスラリと細身で、両側に刃が付いている。

 つかの部分は太く、重い長剣を両手で支える形になっていた。


「多分、これより長い剣はこの店に置いちゃいねえだろうが……まさか嬢ちゃん、本当にこんなの振り回すつもりかぁ? いやぁ~やめときねえ! 王国の騎士様ですら、扱い辛いって見向きもしなかった曲者くせものよお! 嬢ちゃんみたいな細腕じゃあ、持ち上げることもできねえって!」


 店主が豪快に笑う前で、リオナはその長剣を壁から外し、正眼に構えてみた。


「………………」


「……どうですか、握り心地は?」


 しばらく無言で剣を構えていたリオナだったが、スッと目を細めると、


「そい」


「きゃああぁぁぁああっ⁉」


 身体は動かさず、腕の力だけで軽く横ぎに剣を振るってみた。

 遠心力を利用して、円を描くように二度、三度と剣を振り回す。

 ウサ耳の先に刃のかすったミラが、慌ててしゃがみ込んで走る刃を回避した。


「ちょ⁉ リオナさんっ‼ いきなり振り回すなんて危ないじゃないですかっ‼‼」


「ん? ああ、いたのかオマエ」


「いましたよ最初からっ‼‼ 忘れないでくださいっ‼‼」


 憤慨するミラを余所よそに、剣を置いたリオナは振ってみた感想を述べた。


「ふむ……軽いな」


「え?」


「おいおい冗談だろ嬢ちゃん? 流石さすがにこれより重い剣なんてウチにはねえし、そもそもあったとしても誰も使いこなせねえよ! そんな商品、造ったって商売になりゃしねえ」


「……そうか」


 それを聞いたリオナは、仕方ないと思いつつ、また別の剣をあさり始めた。

 あきれたミラがジト目を向けながら彼女に尋ねた。


「……そんなに重い剣をご所望なのですか? 先程の剣、〝ウルフラマイト〟から作られていましたから、相当重いもののはずなのですが……」


「そうだな……長さは申し分なかったが、何と言うか、コレジャナイ感が半端なかった。オレの手には合わねえ」


 目に付いた剣を片っ端から引っこ抜いては握ってみる動作を繰り返すリオナ。

 しかし、満足のいくものが見つからないようで、その顔は曇ったままだった。


「……せめて、もうちょい幅が広ければな……」


「中華包丁でも買うおつもりですか……。あ、これなんて如何いかがです? 耐久性抜群で、値段もかなり抑えられ――」


「却下だ」


「即答ですか! 手に持ってみるくらいしても……」


 ミラが渋々剣を元の位置に戻す。

 彼女にはリオナの好みがよくわからなかった。


 一通り陳列棚を漁り終えたリオナが、今度は壁に掛けられた剣を漁り始める。

 まだ見ていない剣は、もう残り少ない。

 「ここまで来たら、大人しく片手剣を選ぶべきか……?」と頭の片隅かたすみで考えながら、壁の剣を眺めていると、


「……ん? コイツは……」


 リオナの目に留まったのは、赤褐色の刃をした一本の剣。

 長さはダガーより長く、片手剣より短い程度。

 短剣と呼べる部類に当てはまる剣だった。


(こいつぁ懐かしい! 〝ソニックブーム〟か……!)


 リオナがその剣に見とれているのに気が付き、ミラが声をかけてきた。


「? その剣が気に入ったのですか?」


「……いや、昔世話になったなぁと思って……」


 「昔……?」と思ったが、深くは追及しないでおいた。

 代わりにふと見たその剣の値札に、ミラは思わず声を上げた。


「さ、三十万ロンド⁉ そんなに高いの買えませんよ‼‼」


 武器や防具の値段はピンからキリまであるが、この街の平均的な冒険者が使用する剣の相場は、大体十万ロンド弱である。

 ミラは召喚した異世界人の装備を整える為に、二十万ロンド程の貯金をしていたが、それを全て使い果たしても、〝ソニックブーム〟の金額には手が届かなかった。


 二人のやり取りを見ていた店主が、そこに口を挟んできた。


「はは、その剣はやめときねえ! 貴重な素材を使って造ったモンだが、全っ然攻撃力が出やしねえんだ! 〝チビゲル〟すら倒せねえぞ!」


 豪快に笑う店主が肩をすくめながら言う。

 高価な商品だが、売るつもりはないらしい。


「……そんな剣、一体何に使えるのですか?」


「さあな! 強いて言えば、剣を振るとアーチ状の衝撃波を飛ばせるから、見世物には丁度いいかもな!」


「全然役に立たないのですよ……」


 溜息を吐くミラの隣で、リオナは適当な剣を手に取り、店主に差し出した。


「これをくれ」


「お、決まったか? ……って、そんな安物でいいのか?」


「ああ」


 リオナが手に取ったのは、まるでRPGのアイコンをそのまま形にしたような、これと言って特徴のないシンプルな片手剣だった。

 値切り品より作りは良いものの、間に合わせであることに変わりはない。

 リオナにとっては、「無いよりマシ」程度の価値しかなかった。


「本当にそれでよろしいのですか? 予算はまだありますし、もう少し上等なものを選んでも……」


「うるせえ。もうコイツに決めたんだ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、リオナは店の出口に向かって歩いて行ってしまった。


 後に残されたミラが手早く会計を済ませ、二人は武器屋を去った。


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