第二巻 プロローグ
第二巻 プロローグ ~ 昼時の散策 ~
☯
お昼過ぎの雑多な
うるさくは感じられるが、それは決して雑音のような不快な響きを持つものではなく、活気とエネルギーを感じられるような、不思議と気分が高揚する騒がしさだった。
出歩く人々の数は多く、肩と肩がぶつかりそうになるのを、猫が隙間を縫うように、スルリスルリと抜けていく。
足元には石畳で舗装された街道が波打つように伸びている。
道幅は広く、街道の中心を馬車がひっきりなしに往来している。
それらの車輪が街道の凹凸を踏みつけると、ガタガタという派手な音を響かせ、
そんな人波で
右を向けば、
イヌ耳やネコ耳やウサ耳を生やし、二足歩行で歩く奇妙な生態の彼らは、人間と同じように言葉を話し、商売を営み、料理を楽しんでいる。
そんな
ここの住人達は皆、獣と人のハーフのような姿をした〝獣人族〟と呼ばれる種族であり、その中には、冒険者を
少々気の荒い部分と、汗と土と獣臭いところを除けば、皆おおらかで気の良い連中だ。
そして、今現在彼女達が散策しているこの街は、≪シェーンブルン≫の中心都市の一つ≪サンディ≫である。
冒険者ギルドを中心に、武器屋や道具屋、宿屋、飲食店に闘技場といった
王都からは離れているものの、各地から様々な冒険者が訪れ、ひしめき合う様子は、正しく〝冒険者の街〟と言ったところ。
「ふーん? 改めて見ると、結構な人がいるんだな」
「≪サンディ≫は気候が良くて、冒険者の為の設備も
「そうか」
適当に
もっとも、召喚時に
中身は筋金入りの廃人ゲーマーであり、男性なのだが、面倒なので隣を歩くウサ耳少女には明かしていない。
そのウサ耳少女――ミラは、リオナを≪シェーンブルン≫へと
≪サンディ≫では名の売れた冒険者で、月属性魔法を操る〝魔術師〟だ。
真面目な性格の彼女は、事あるごとに悪童リオナに振り回され、悲惨な目に遭っている。
が、世界を救う為だからと、渋々リオナのゲームに付き合っているのだ。
彼女達は今、リオナの装備を整えるべく、街の武器屋を目指していた。
闘技場での騒動があってからまだ一日と経たないのだが、リオナの好奇心と探求心と自制心が限界を迎えた為に、
ゲームで培った記憶を頼りに、リオナは脳内で≪サンディ≫のマップを開いてみた。
(さっき通り過ぎた防具屋は、ゲームだと多分あそこだな……。とすると、武器屋への道はこっちか?)
そう思って曲がろうと思った道を、ミラは見向きもせずにスルーした。
てくてくと迷いなく歩いて行く彼女の背中に、リオナは問いかけた。
「オイ、武器屋はこっちじゃねえのか?」
「あや? リオナさん、よくご存知ですね。ええ、確かに武器屋はその道を曲がった突き当たりにあります。ですが、武器屋より先に、リオナさんの服を用意しようと思いまして」
「服?」
リオナの服装は、元世界から着て来た黒のフード付きパーカーに短パンといったラフな姿だった。
サブキャラなので装備枠には何も付けていなかったのだが、
しかし、基本的に外出をしないリオナは、普段着を
部屋の中ではいつもこの
「別に戦おうと思えば普通に戦えるんだがな……動きやすいし」
「それでもやっぱり無茶ですよ、スキルも付いていない普通の服でダンジョンに挑むなんて。冒険者なら、最低限それに適した服を身に付けるべきです」
「へいへい」
面倒臭くはあったが、ミラの言うことにも一理ある。
準備できたにも関わらずそれを怠って負けるなど、ゲーマーとしてあまりに悔し過ぎる。
(……ま、今回は大人しくコイツの言う通りにしてやるか)
「それで?
「そうですねぇ……この街で服屋と言えば、〝ラコス・デザイン〟でしょうか? 豊富な
そこでミラは自信満々といった様子で、薄い唇に笑みを浮かべ、
「……ですが、ここはズバリ! 私イチオシのお店に行きましょう! 裏道にあって、ちょこっと遠くなってしまうのですが、質の良い冒険者向けの服を安価に仕立ててもらえます! 正に隠れた名店ですね!」
ウサッ!とウサ耳をピンと伸ばし、熱の
テンションが上がっているのがよくわかる。
こんな彼女を目にするのは珍しくて面白くはあるのだが、ファッションに興味を持てないリオナは、
「あー、何か知らんが、テキトーにオマエに任せるわ。良さげなのをチョチョイと選んでくれ」
「むぅ、少しは楽しそうにしてくださいよぉ! 折角良い素質をお持ちなのですから!」
「ハッ! ちょっと
「そんなことないですよ~? 〝かわいさ〟とか〝うつくしさ〟とか〝乙女心〟とか、磨かれるステータスはたくさんあります!」
「どれも魔王討伐に関係
「やれやれ」と首を振るリオナだったが、ミラの興奮の眼差しは冷めないままだった。
これでは、いつ買い物が終わるかわかったものではない。
ひょっとして、今日の午後はショッピングで丸々潰れてしまうのではないか。
(今日中に、一遍ダンジョンに潜ってみたかったんだがな……)
彼女に一任してしまったことを早くも後悔しそうになりながら、ピョンピョンと跳ねるような足取りで進んで行くミラの尻尾を追う。
気付けば、あれだけ賑わいを見せていた大通りの景色は、いつの間にか寂れた路地裏の風景へと変わり、そこに立っていた今にも潰れそうな風貌の店の看板を、リオナはじっと見上げていた。
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