エピローグ2 ~ 次なる目的は…… ~


     ☯


「~♪」


「リ、リオナさん……は、早いトコ済ませて頂けませんか……?」


「まあ、そう焦るなって! 今考えてんだからよ!」


 夜、場所は昨日リオナ達が泊まった宿の一室。

 リオナはベッドの上で、上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、手にした紙をピラピラと弄んでいた。

 ミラは彼女の前で、深刻そうな顔をして身構えていた。


「うぅ……わざわざそんな物を作ってまで悩むことないでしょうに……」


 リオナの持っている一枚の羊皮紙――そこには、〝ミラがリオナの命令を何でも一つ聞く〟という誓約が書かれていた。

 昨日、リオナ達が決闘前に交わした〝勝った方は負けた方に何でも一つ好きな命令を下せる〟という約定を、明文化したものである。

 ご丁寧に、互いの血判まで押されてあった。


 ミラはどんなことをさせられるものかと、内心おびえながらリオナの言葉を待った。

 しかし、納得のいく面白い案が思いつかないのか、彼女はじっと空を見つめて含み笑いを浮かべるだけだった。

 しびれを切らしたミラは、


「も、もう、何でもいいじゃありませんか! 別に逃げたり恨んだりしませんし……」


「ほう、何でもいいのか? じゃあ、〝裸で逆立ちしてワンワンと言う〟ってのは……」


「ウサギの尊厳を踏みにじるおつもりですか⁉」


 ミラがウサ耳をおののかせる。流石さすがにそれは可哀想だと思ったリオナは、


「なら、〝裸で逆立ちしてニャーニャーと……」


「そっちじゃないですよっ‼ なんで裸で逆立ちしなきゃならないのかって話ですっ‼‼」


「何だよ、文句が多過ぎるぞ? 〝何でもいい〟って言ったじゃないか」


「言いましたが、実用性の無い命令はお断りです!」


 フンスッ!とそっぽを向くミラ。

 真面目な命令でないと、言うことを聞いてくれないらしい。


 リオナは金髪の後ろ髪をボリボリときながら、


「……わかったよ。しゃーねえから妥協して、〝裸でコンコンと……」


「〝逆立ち〟を妥協しろって言ったんじゃないですよっ‼‼」


 スパアァァアン、と軽快な音が宿の一室に響く。

 久々の快音に、リオナは満足げな笑みを浮かべた。


 それから、妙案を思いついたという風な顔で、


「……じゃあ、〝裸で逆立ち〟で!」


「そこを消せと言ってるんでしょうがあーーーーっ‼‼」


 スパパアァァアンッ‼‼


「はぁ、はぁ……もう、リオナさんっ‼‼ まともな命令を考える気ないでしょうっ⁉」


「そんなことないぜ? 十割十分十厘冗談だっただけだ」


「それもう百パーじゃないですか……」


 がっくりとウサ耳ごと項垂うなだれるミラ。

 こんな茶番に付き合っている自分が段々むなしく思えてきた。もういっそ、この世界ごと目の前の異世界人を滅ぼしてしまいたい……


 そんな穏やかでないことを考えるミラを余所よそに、リオナはくつくつと笑いながら羊皮紙をポケットに仕舞った。

 元々何に使うか真剣に考えていたわけではない。適当に次の悪戯いたずらにでも使えばいいか、とその存在を脳の片隅に追いやり、話題を変えた。


「……オイ、ミラ。これからどうすんだ? このまま黙って魔王の襲来を待ち構えるつもりじゃねえんだろ?」


「……え? あ、はい、その通りなのですよ」


 突然真面目な話題に入ったことに面食らいながらも、ミラはウサッ!とウサ耳を伸ばして、今後の方針を語った。


「当面はダンジョン探索をして、レベル上げと素材集めをしていこうと思います。闘技場を制覇したとは言え、リオナさんはまだレベル1。魔王と戦うにはあまりに貧弱過ぎます。それに、装備品を整える為の素材やお金も、今はほとんど持っていない状況です。ですから、そうした素材やお金を稼ぎつつ、修行も兼ねてダンジョンに潜るのがよいかと」


「……ふむ、まあ妥当だな」


 ダンジョン探索は、MMORPGシェーンブルンでも基本となる遊び方だ。

 ガチャからも強力な装備やレア素材は手に入るが、ドロップでしか手に入れられないアイテムもある。

 強くなる為には、最も確実で堅実な方法だった。


(……それに、この世界のダンジョンってのも、興味があるしな)


「よし! んじゃ、早速潜入するか!」


「ま、まま待ってくださいっ!」


「ん? 何だよ?」


 今にも宿から飛び出しそうになるリオナを、ミラは慌てて引き止めた。


「いくら装備やお金が不足しているとは言え、丸腰でダンジョンに挑むなど自殺行為です。まずは、リオナさんの装備を整えることから始めましょう」


「あん? テメェ、今金がえって言ったばかりじゃねえか」


「大丈夫です! ちゃんと異世界の勇士を召喚できた時の為に、多少の蓄えはしてあるのですよ! あまり上質なものは買えませんが、一式そろえるだけなら、何とか足りるでしょう」


「……別に、んなもん要らねえんだが」


「備えあれば何とやらです! 明日、準備を済ませたら、早速買いに行きましょうっ!」


「やれやれ……」


 有無を言わさぬ口調で言われ、肩をすくめるリオナ。

 目的地は彼女が望んだ場所ではないが、何となくリオナは未知のダンジョンを前にした時のような高揚感を感じていた。


(……ま、道具屋に行くのも冒険の一環か。入念な準備を済ませて、難関なダンジョンに挑戦する。挑む前から、冒険は始まってるモンだ)


 ゲームでの感覚を思い出しながらうなずく。

 その前で就寝の準備をするミラの表情は、リオナと同じくらい上機嫌そうだった。


「ふんふんふ~ん♪」


「……オマエ、ショッピングにでも出掛ける気でいるんじゃないだろうな?」


「え~、そんなことないですよ~? でも、折角ですし、ちょっとぐらい寄り道して行ってもいいですよねー♪」


「やれやれ……」


 これだから女子は……などと思いかけるが、これからはこの少女と共に行動する機会が増えるのだ。支障にならない程度には、付き合ってやるのも良いのかもしれない。

 本格的に魔王討伐を考える時期になれば、呑気のんきに遊んでいられる余裕もなくなってしまうだろう。


 リオナとはまた別の理由でテンションの上がるミラと共に、リオナはわらのベッドに横たわり、瞳を閉じる。


 彼女達の新しい冒険を照らすように、黄金色の満月が燦々さんさんと輝いていた。


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