第四章 第五節 ~ 復讐の獣 ~
☯
「……俺は、認めねえぞ……」
その男は不意にそう低い声で
突然の
「む?」
「オマエは……」
その姿にリオナは見覚えがあった。
男が被っていたフードを外す。
茶色の短髪にイヌ耳が一対生えていた。
黒い
全身から立ち昇る闘気は、紛れもなく経験豊かな高レベル戦士のもの。
「やあ、ガダルス君じゃないか! 君も闘技場に来ていたのか!」
ハイドルクセンが親しげな様子で声をかける。
その一方で、リオナとミラは厳しい視線を男へと向けていた。
「くっ⁉」
「テメェ……」
ガダルスと呼ばれた男は、昨日リオナ達が冒険者ギルドで会ったあの
彼女達とガダルスとの間には因縁がある。
昨日の出来事を思い出して、ミラは身震いしたが、それでも気丈にガダルスを
ガダルスは夕べ仲間達と共にミラを襲い、彼女を助けに来たリオナに倒されて、致命傷を負った。
その時の傷が
ただ――
長い刀傷のある鋭い目に、どんよりと濁った
それを見て、リオナは何か嫌な予感がしたが、これだけ大勢の目がある中でいきなり殴りかかるわけにもいかない。
一
そんないざこざがあったことなど知り得ないハイドルクセンは、彼らの間に漂う張りつめた空気など気にも留めず、実に爽やかにガダルスに話しかけた。
「いやはや、君とは結構久しぶりなような気もするが、こんな所で再会するなんてね。調子はどうだい? ちょっと前まで、君は≪サンディ≫の稼ぎ頭だったんだが……」
「……なあ、〝幻影〟さんよ。俺はそこの小娘共に用があるんだ。悪いが、ちょいとどいてくれねえかい?」
「………………」
ハイドルクセンは人当たりの良い笑顔を浮かべながらも、彼の
万が一何かあった時に、彼は身を呈してでもリオナ達を守る覚悟を決めていた。
ハイドルクセンに退く気がないのを悟ったガダルスは、苦笑して言った。
「……俺はよ……アンタのことは嫌いじゃなかったし、ギルドもまあ、それなりに楽しくやってたんだ。だからよォ、おとなしく退いてくれさえいりゃあ……こんなことする必要もなかったんだけどなァッ‼‼」
ガダルスが語尾を荒げると同時に、ポーチから銀色のアクセサリーを取り出す。
彼の行動をいち早く察知したハイドルクセンは、
「≪ホーリーバインド≫ッ‼‼」
光の鎖がガダルスの腕に巻きつく。だが、
「邪魔すんなアァッ‼‼」
ガダルスは鎖が食い込むのも構わずに、力尽くで持っていたアクセサリーを地面に
肉が裂け、大量の血液が滴るも、当の本人は既に痛覚など忘れ去っていた。
地面に落ちたアクセサリーは
「来い……来いよッ‼‼ 〝アークデーモン〟ッ‼‼」
魔法陣の中心から何かの足が生えてくる。
次に身体、次に腕。
最後に頭が生えてくると、魔法陣が
「な、何ですか、アレっ⁉」
「〝召喚魔法〟だとッ⁉」
MMORPGシェーンブルンに登場するクラスの中に、〝召喚術士〟がある。
召喚術士はその名の通り、モンスターを従属させ、使役するクラスである。
従属させたモンスターは普段アクセサリーの中に封印されていて、少量の魔力で封印を解き、モンスターを呼び出すという仕組みになっていた。
(ゲームでは当然、召喚術士しか召喚アクセサリーを使えない仕様になっていた。この異世界では、魔力さえあれば、クラスに縛られず自由にアクセサリーを使えるということか……)
そんなのチートだろうと思ったが、今更そんな文句を垂れていても仕方ない。
現れたモンスターを注視し、戦闘態勢に入る。
モンスターは人型に近いモデルをしていた。
頭があり、胴体があり、手足があって二足歩行をしている。
人間と違う点と言えば、肌が全体的に紫色なところと、頭の上に角、そして、尾てい骨の辺りに巨大な尻尾を生やし、手足に鋭い爪が並んでいるところだろうか。
全長は3m程で、普通の人間の倍はデカかった。
ハイドルクセンは突如現れた
「ガダルス君ッ‼‼ 一体何をやっているんだッ⁉」
「ハ、ハハ……俺にはもう、こうするしかねえんだよッ‼‼」
ガダルスは血を吐くような声でそう叫ぶと、纏っていた外套を脱ぎ捨て、ついでにグローブも脱ぎ捨てて、ゴツゴツとした左手を
その手の甲に彫られた
「なッ⁉ それは〝ドモスファミリー〟の紋章ッ⁉」
「? 何だ、そのドモスファミリーってのは?」
ゲームでは登場しなかった未知の単語に、リオナが疑問を唱える。
リオナの疑問に答えたのは、リオナの後ろでハイドルクセンと同じように絶句し、目を見開いていたミラだ。
声にやや動揺が混ざりながらも、淡々とした口調で説明する。
「……ドモスファミリーというのは、≪サンディ≫を中心に活動する盗賊集団の名前です。拠点の位置、構成員の数、共に不明で、各地の至る所に出没しては、冒険者が得た稼ぎを根こそぎ奪っていくのです。時には、死者が出ることも……」
殺人や強盗等の秩序を乱す行為は、ギルドの規定で禁止されている。
それを真っ向から破り、不法な行為を繰り返しているのがドモスファミリーという一団だった。
「要は犯罪者集団ってことか」
「……そうですね。ギルドでも
ギルド一の戦士が盗賊団のメンバー。
そんな一大スキャンダルに、ミラは相当なショックを受けていた。
その一方で、ハイドルクセンは冷静な表情を保ってガダルスに問うた。
「……いつからだい?」
「最初からだよ。俺はボスから命令を受けてギルドに潜入していたスパイだ。ギルドの貯蓄、セキュリティ、所属する冒険者のレベル、貼り出されたクエストの内容……あらゆる情報をファミリーにリークしていたのさ」
「……なるほど。君達が妙に雲隠れが上手だったのは、君がギルドの情報を
「それだけじゃない。ギルドでの色んな騒動には、高確率で俺が絡んでいるんだぜ? クエストの内容を
クツクツと陰気に笑うガダルス。
そこにいるのは、野心に
ハイドルクセンは覚悟を決め、サーベルを構えながら、最後の質問をした。
「……最後に問おう。ギルドで大人しく罪を償う気は?」
「ハッ、あるわけねえだろッ‼‼ ボスから命令された時点で、とっくに腹は決まってんだよォッ‼‼ やれッ! アークデーモンッ‼‼」
デーモンが奇声を上げる。
思わず耳を塞いでしまいそうになる不快な音が闘技場中に響いた。
観客達が悲鳴を上げ、頭を抱えてその場に
しかし、ハイドルクセンは臆することなく、気丈にデーモンを睨みつけて
前を向いたまま、後ろに庇うリオナ達に向かって叫ぶ。
「リオナちゃん! ミラちゃん! ここは私に任せて、君達は早く避難をッ‼‼」
「あん? 何言ってんだ?」
リオナがハイドルクセンの横に並び立つ。
「オレも戦うに決まってんだろ?」
「な……! だが、君は今し方試合したばかりで……」
ハイドルクセンの逆隣に、ミラが歩み寄る。
「大丈夫です。リオナさんは
二人の
不敵な笑みを浮かべ、再びデーモンに鋭い視線を向ける。
「……そうか、とても頼もしいよ。だが、無茶はしないでくれたまえよ!」
「ハンッ! 誰に向かって物言ってやがるッ⁉」
「お二人の足を引っ張るような
リオナ、ミラ、ハイドルクセンの激しい闘気を感じ取り、デーモンは雄叫びを上げて襲いかかってきた。
それを迎え撃つべく、三人は互いに頷き、倒すべき敵に向かって同時に駆け出した。
「さあ、パーティーの始まりだッ‼‼」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます