第三章 第五節 ~ 闘技場の戦士達 ~


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「皆様、大変長らくお待たせしました! 間もなく〝第六十三回チャンピオンズカップ〟を開催致します! 今大会の参加者も、数多くの死闘を潜り抜けてきた猛者ばかり! 必ずや、皆様の期待に応えられるような熱い試合を繰り広げてくれることでしょうッ‼」


 司会の口上に、観客席から盛大な歓声が沸く。

 その喧騒けんそうをリオナは控室の中から聞いていた。


(いよいよ、か……観客は結構いるみたいだな。PvPもそうだったが、この世界でも冒険者同士の試合は人気らしい)


 ゲームには〝観戦〟機能が付いていた。

 トッププレイヤー同士の戦いでは、何十万人という観戦者が付いたものだ。

 だから、リオナも人前で戦うことには慣れている。


(ま、何人観戦者がいようと、負けるつもりなんてないんだがな)


 自信に満ちた顔でうっすらと笑みを浮かべる。

 そのうちに、第一試合が始まるようだった。


「さあ、早速登場して頂きましょう!

 東側コーナー――さばいた肉は数知れず! 彼の前ではドラゴンすら唯の肉塊に過ぎない! 〝肉屋の剣士〟コリエ選手ッ‼‼

 西側コーナー――普段は温厚な老爺ろうや! しかし、一度剣を抜けば、瞬く間に不届き者を成敗する! 〝宿屋の番人〟ジーエン選手ッ‼‼」


 派手な紹介文と共に、二人の選手が円状のリングに姿を現す。

 一人は筋骨隆々な獅子人族ライオネル、もう一人は長いひげを蓄えた犬人族クー・シーだった。

 どちらも剣士らしく、腰に一振りの長剣を提げている。


 対峙たいじする二人の冒険者。

 その様子を、リオナは観客席下の控室から眺めていた。


(なるほど、闘技場での試合は広告も兼ねてるってわけか。店の看板を背負って試合に勝てば名が売れる。客足も増えるって寸法だな)


 ゲームでは省略されていた要素だが、この世界に生きる住人の生活感が強く感じられた。


 準備が整ったようで、騒いでいた観客が一斉に声を潜め、会場が静寂に満ちた。

 それを確認してから、司会は大きく息を吸った。


「それでは始めさせて頂きます。第六十三回チャンピオンズカップ第一試合、コリエ選手VSジーエン選手! レディィィィィイイイイ――、ファイッ‼‼」


 開戦の銅鑼どらが鳴る。

 同時に駆け出したのは、コリエという名の獅子人族だった。


 コリエは、幅の広い青龍刀を引き抜き、大上段からジーエンに斬りかかった。

 互いの間合いは3m弱。一足飛びで届く距離だ。


 これに対し、ジーエンの方は未だ剣すら抜いていなかった。

 長い眉毛の下に隠された瞳は、開いているのかどうかすらわからない。

 ひょっとしたら、老齢でもう目もよく見えていないのかもしれなかった。


 コリエの剣がジーエンに届く――寸前で、ジーエンが素早く後ろに一歩下がった。

 コリエの振るった剣先が、ジーエンの白い前髪を数本散らす。

 一つ間違えれば大怪我けがをするであろうギリギリの回避に、観客は沸き立った。


 だが、コリエは避けられることを始めから予期していた。

 えて一撃目を避けさせ、体勢が崩れたところに本命をたたき込む算段だったようだ。


「≪ブレイバー≫ッ!」


 コリエがスキルを発動させる。

 ジーエンは重心を後ろに傾けていて、即座に回避できる体勢にない。

 コリエの剣が目前に迫っていた。


 ルール上は相手を殺してしまっても問題ないが、やはり人が死ぬところなど好んで見たいものではない。

 このまま勝負が決まってしまうのか。

 観客達が固唾を飲む。


(……決まったな)


 戦況を冷静に観察していたリオナは、今後の展開が既に予想できていた。

 これ以上試合を見るまでもない。リオナは視線を外し、司会による勝者のコールに耳を傾けた。


「試合終了――ッ‼‼ リングに立っていたのは――〝宿屋の番人〟ジーエン選手だあぁぁぁッ‼‼ 一体何が起こったのか⁉ 決着の瞬間は私でも目で追えませんでしたッ! 恐るべき神速! 身体は衰えようと、その技のえに一切の衰えはありませんッ‼」


 一瞬どよめいた観客席から歓声が上がる。

 何が起きたかわからないが、気付いたら試合が終わっていた――そんな神業じみた光景を前にして、会場のボルテージは最高潮といった様子だった。


 剣を収めたジーエンが、優しげな笑みで控えめに手を振り、リングを去って行く。

 倒れてピクリとも動かないコリエは、スタッフ達によって運ばれていった。

 血は出ていなかったから、峰打ちだったのだろう。


 リオナは試合が決着した瞬間の選手の動きを思い出していた。


(……スキル≪フラッシュチャージ≫か。戦士クラスを育てて、レベル28で覚えられる。中級スキルの中では群を抜いて速い技だが、使用後の硬直時間がやや長い。あのじいさん、試合が始まってからずっと左足にめを作ってたし、最初から一撃必殺を狙ってたわけか)


 その度胸と冷静な判断力にうなずきつつ、リオナはそこで頭を振る。


(……だが、≪フラッシュチャージ≫は使用前に剣を収める動作が必要だ。相手に動きを読まれやすいし、ある程度タイミングをズラせるにせよ、技を使うかキャンセルするまで剣は収めたままだから、防御も他の攻撃もできない。そんなめプスキルを使うじいさんもじいさんだが……それを見切れもしない相手も相手だな)


 辛辣な評価だが、長年トッププレイヤーとして名をせてきたリオナにとっては、今の試合は大して面白いものでもなかった。


(せめて、オレの対戦相手だけは骨のあるヤツでいろよ?)


 そう切に願いつつ、リオナは自分の試合が回って来るのを静かに待った。


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