第一章 第十節 ~ 憤怒の獅子 ~


     ☯


 土煙が晴れていく。

 夕陽が差し、オレンジ色に染まる視界には、半裸になったミラと、こちらを警戒するようににらみつける四人の犬人族クー・シーの男がいた。

 それらを見て、リオンは胸の内に静かな炎が宿るのを感じた。


 リオンは粗野で自己中で悪戯いたずら好きと、自他共に認める問題児であるが、唯一、仲間を大切に思う心にかけては、誰にも負けない自負がある。

 ミラはまだ出会って一日と経たない仲であるが、リオンをこの異世界に召喚した張本人であり、彼なりに気に入っている部分もいくつかあった。


 そんな彼女を弄ぶ不逞ふていな男達に、リオンは吐き捨てるようにして言った。


「……ハッ! 折角遠路はるばる異世界から来てやったってのに、ここの人間共はこんなクズばっかなのか? いよいよもって、世も末ってことか」


 肩をすくめておどけたように笑うリオン。

 しかし、その金色の瞳はこれっぽっちも笑っていない。

 そんな彼女の様子に気付いていないのか、男達は嘲りの笑みを浮かべながら、


「なあんだ、レベル1の英雄様じゃねえか! こんなトコまで何しに来なすったんですかァ、異世界の英雄様?」


 ゲラゲラと笑いつつ、リオンに言う。

 リオンは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、


「人の話は聞いとけってんだ。不興を売りに来たって言ったろ? その空っぽの頭の上に付いた耳は飾りか? テメェらみたいな薄汚ねえおっさんがイヌ耳付けたところで、需要なんてえだろ」


「ほう……言ってくれるじゃねえか」


 愉快そうに笑っていた男達の雰囲気が一転、額に青筋を浮かべてリオンに詰め寄って来る。


 男は拳が届く距離にまで近付くと、リオンを見下ろし、


「丁度いい……お前もミラと同じく、俺達の慰み物にしてやろう。十分楽しんだ後は、そこらの奴隷商にでも売って、永遠の地獄にたたき落してやる!」


「ハッ! 御託は要らねえんだよ犬コロ! おとなしくくたばりやがれッ‼」


 そう言うと、リオンは右手を振り絞り、渾身こんしんの力で眼前の男を殴りつけた。


 獅子人族ライオネルの怪力を乗せたリオンの右手は、男が着けていたアーマーと衝突し、派手な音を立てながら犬人族の男を――


「効かねえんだよそんなものッ‼」


 男が腰の剣を抜き、リオンに向かって振り下ろす。

 ギリギリでそれを見切ったリオンは、咄嗟とっさに後ろに下がってかわした。

 剣先のかすった前髪が数本、風に舞って散っていった。


 距離を取り、男と睨み合う中で、リオンはひらひらと右手を振った。


「あー……やっぱレベル1じゃこんなモンか」


「うおおおおぉぉぉぉ!」


 その間にも、控えていた別の男達が、果敢にリオンに攻めかかってくる。

 乱れ飛ぶ三本の剣線を、リオンはかろうじて見切り、躱していく。

 時折隙を見つけて反撃を加えるも、やはり攻撃力が圧倒的に足りない。

 男達にダメージを与えることはできなかった。


「オラオラオラオラアッ! どうした英雄様? 手も足も出ねえって様子じゃねえか! そんなんじゃ、俺達の相手にもならねえなァ‼」


 防戦一方。

 今はどうにか男達の攻撃をらわずに済んでいるが、このままだといずれ体力が底を尽き、動けなくなってしまうだろう。

 好転する気配のない状況を、ミラは歯みして見つめていた。


(こんな、こんなのって……。私が……私がもっとしっかりしていれば……! いや、そもそも、私が異世界人の召喚なんて考えなければ……‼)


 脳内を巡る後悔と自責の念。

 それらは無力感となって、この身を震わせた。


 加勢しなければ。

 自分が何もしなければ、彼女はやられてしまう。

 最悪殺されてしまうかもしれない。

 そんなことになれば、自分は彼女に合わせる顔が無い。

 身勝手にび出し、身勝手に逃げ出し、身勝手に見捨てたのでは、もはやあの男達と同じ、最低最悪のクズでしかない。

 そう、わかっている。

 頭の中ではわかっているのに――


(どうしても……身体が動かないっ‼‼)


 また、涙があふれてきた。

 座り込む自分の手の甲にそれらが落ち、静かにらしていく。

 このまま涙と共に消え行くことができたなら、どれだけ楽だっただろう。

 戦いの剣戟けんげきを遠くに聞きながら、ミラはうつむき、むせび泣いた。




 ――再び、ドゴオォォオン、と派手な音が鳴り響いた。




「っ⁉」


 反射的に顔を上げる。

 先刻と同じように土煙が舞い、中で男達が転倒している。

 だが、大したダメージは無い様子で、男達はよろよろと立ち上がった。


「んのやろうッ‼‼」


 男達が激昂げきこうするその向かい側、小さなクリスタル状の何かを手にもったリオンがたたずんでいた。


「……やれやれ……これでも無傷か」


 リオンが持つ赤色のクリスタル。それは、名前を〝火の結晶〟と言った。

 内部に火属性魔法の術式が組み込まれており、投げつけるなどして破壊すると、中の魔法が発動して爆発を起こす、というアイテムだ。

 ミラを探す途中、リオンが街の道具屋でってきたものである。


 自身のレベルが1であると判明した後、当面の戦闘手段として入手したものだが、どうやら目の前の男達には通じないらしい。

 リオンはそっと手にしたクリスタルをポケットにしまいつつ、男達について冷静に考察する。


(……この程度のクリスタルが効かないとなると、最低でもレベル30後半か。魔法防御力を上げるような装備は付けてないから、犬人族で元々の数値が低いことも考慮すると……大体レベル50ってトコかな)


 リオンはトッププレイヤーとして、ゲームのありとあらゆる知識を身に付けている。

 各種族のパラメーターの限界値は勿論もちろんのこと、相手の装備を一目見ただけで看破したり、適切な立ち回り方を熟知し、敵の二、三手先を読んだりと、凡そ常人には真似まねできないようなプレイを見せるのだ。

 その経験は、仮令たとえレベルが1に戻されたとしても、失われるものではない。


 しかし、相手のレベルがわかったところで、リオンは次の一手を考えあぐねていた。


 事前に十分な対策を練っていれば、レベルが低くかろうが敵を打ち倒すことは難しくない。

 しかし、今はゲームで集めた至高の装備の数々も無ければ、回復ポーションを始めとする基本的なアイテムすら用意していない。

 そんな状態で戦いに臨むのは、いくらリオンとて無謀にも程があった。


(さあて……どうしたモンかな)


 ボリボリと金髪の頭をきつつ、リオンが周囲を見渡す。

 せめて武器があれば……


 その時、地面に座り込むミラと目が合った。


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