第13話 七夕祭り
学業と小説。
さらに俺は週二でコンビニのバイトを入れた。
そのせいで大変忙しくなってしまった。
文化祭などのイベントも気がついたら過ぎていた。
文化祭では【告白の庭】で、咲や真由菜が呼び出されて告白されていたが、彼女達は全て断っていた事くらいか。
俺と真由菜の間には、ゴールデンウィークの映画鑑賞会以降、会話一つない。
完全に無視されていた。
リョータもそのせいで真由菜と裕子から、距離を置いていたように思う。
俺は胸を撫で下ろしている。万が一リョータと真由菜が付き合いでもしたら、ショックで立ち直れないからだ。
コンビニのバイトは、楽しいわけではなかった。バイト代は貯金をしている。するべき仕事が多くて、時給がわりに合ってないと思う。もっと時給を上げて欲しいのが本音だ。
トラックで運ばれてきた商品を棚に陳列。レジ打ち、トイレ等の清掃。接客。商品の発注(これは大人がやってくれる)。簡単な調理。はっきり言って忙しい。
でも俺はこれが日本の労働環境なんだと思った。
咲は、相変わらずのペースで家にやってきては、夕食と入浴をして帰る。
ただ俺の部屋でうたた寝をする事はなくなった。
それに対して残念に思うとかはない。キスをしたいなら咲と恋人にならなければならない。
それはひどく当たり前の話なのだが、俺は今一つ踏ん切りがつかない男だった。
呆れるくらいに真由菜に執着していたからだ。
フラれた事で、そこに怒りや恨みも混じっていて、時折眠れないほどに腹を立てたりしていた。
意味のない妄想を繰り返している。
そうして、あれから少し時間が過ぎた。
◆◆◆
話は七月七日の七夕祭りまで進める。
これは俺が住む町の近所の川沿いで行われる祭りである。
縁日がズラリと並んで、打ち上げ花火が見られるこの町では昔からある祭りだ。
だが、俺はこの手の祭りが嫌いだ。元々人ごみが苦手というのもある。
それでも、この日俺は外に出た。咲が行きたいと言ったからだ。
咲の誘いを断るという選択肢は俺にはない。それは昔からだ。
それに咲と祭りに行くという口実で、俺は親から少しばかりの臨時のお小遣いがもらえた。
「おまたせ」
咲の浴衣姿は、艶やかだ。髪もアップにしていて、いつもの雰囲気と違って見えた。
黒地に青縦縞、赤椿は大人っぽい咲にピッタリだった。
「美人っぷりが上がったな」
「そう? あんまり見ないでね。恥ずかしいから」
「普通、見てまうやろ。そんな可愛いかったら」
「そうなん? でもありがとー。うれしいわ。浴衣着た甲斐があったわ」
これでは新たなストーカーが付いてもおかしくない。
中学の時はそれで苦労したのに、咲は俺といると安心しているのかもしれない。
俺はケンカが強いわけではないのだが。
そこで俺は手を差し出した。
俺の手を見て、咲は瞳を大きくしたけど、俺の手を取った。
「こんな事して……。学校の子ぉらに会ったらどーするん?」
「へんなオヤジに絡まれるよりえーやん」
「そーやけど」
「嫌やったら、しょーがないけど?」
咲は黙って
俺は正直、咲を夜のこんな人ごみの中に連れ出したくないのだ。
だが、男付きの女なら、そんなオヤジもそうは寄ってこないと考えていた。
これはそれを演出するためのものなのだが。
久しぶりに握った咲の手が小さくて俺は、彼女に女を感じていた。
アスファルトの上をカランカランと、咲の下駄が奏でる。
夜の喧騒は久しぶりだ。あか抜けない町の祭りである。
食欲をそそる臭いが立ち込めている。
「何か、腹減ったな。たこ焼き食べへん?」
「うん」
俺達はたこ焼きを買って、ベンチに座って食べる事にした。
木の下に設置されたベンチは暗がりであるが、お祭りの光源がわずかばかり届いている。
縁日の裸電球や提灯の光に薄暗く照らされた彼女の横顔を見て、俺はこのまま咲と付き合っても良いのではないかとそんな気になっていた。
また、手をつないで肩を抱き寄せて、それから──。
果たして、そんな事を行動に起こせるのだろうか。
『ちょっと、何なん? 私、あんたの事なんて、何とも思ってないんやけど……』
俺の耳にそんな台詞がリフレインする。
下唇を舐める。たこ焼きソースの味がした。
咲が真由菜と同じような、そんな台詞を言うとは思えない。
だが、異常に喉が渇いていた。歯の間に挟まった青のりを舌ではぎ取る。
本当に煮え切らない自分に嫌気がさしてくる。
俺と咲は呑気にベンチに座りながら、お祭りの様子を眺めていた。
その中で俺は一瞬で見分ける事のできる人物を発見した。
──浴衣姿の真由菜だった。
白地に藤の模様、青紫の帯。ツインテイルの黒髪が揺れている。
スリムな体型は、いかにもアニメのキャラクターのようで、俺の理想である。
何かのキャラクターのコスプレと言われても、疑いもしないだろう。
だが、それが織部真由菜という美少女のポテンシャルである。
俺はその可愛さに目を奪われていた。
となりには裕子もいたが、どうでもよい。
雑踏の中で彼女の存在だけが際立って見えた。
暗がりにいる俺の事など気がつかないだろう。二人はそのまま目の前を通過していった。
それから数十秒。
俺は異変に気がついた。
いかにも素行の悪そうな五人組が、真由菜と裕子の後をつけていたのだ。
全員が、ニヤリと笑みを浮かべて歩いている。
俺は嫌な予感がした。
「咲、あれ」
そう言って、俺は五人組を指差した。
「何?」
「さっきクラスメイトの女の子がおったんやけど、その子らをつけとるわ」
「勘違いちゃうん? たまたま同じ方向歩いてるだけとか」
「そうやったらえーけど」
俺は胸騒ぎがしてならなかった。
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