06 ペリドット
▲▼ ▲▼
こんなところで死ぬわけにはいかない。
アヤを、アヤの望む幸せを、私が運んであげなくちゃ。
ケンが欲しいと望むなら、私がケンと引き合わせてあげなくちゃ。
でも、本当にそれでいいの?
アヤがケンを隣に置いてしまったら、私はどうなる?
きっとアヤは、ケンと腕を組むわ。はにかみながら見つめ合って、幸せそうに微笑み合うの。
そうするうちに頬を染め合って、見ているだけでドキドキするような息の潜め合いをして、瞼を伏せながら鼻先が近付くわ。
呼吸と共に、愛おしくて柔らかいあの唇が、躊躇いを孕んでケンのそれと触れ合うの。
柔いところ、固いところ、湿りと粘りと蒸す匂い。
互いに、自分が持っていない感触を求め続ける行為。それを手にしたと錯覚した瞬間から、背を這いまわるような快感を得て、味わい、味わわせ、奥の奥に触れて、貫いて。歯を立てれば跳ね上がり、吸い付けば甘く
そういうのが繰り返されるのを、私は黙ってみているだけなの?
「…………」
──そうはさせない。
▲▼ ▲▼
カチカチカチ……
カタカタカタ……
ガチャガチャガチャガチャ
ガヂャンッ
アメリアに巻き付いていた、魔術製の無数の鎖。
大きな金属音と共に、
「あっゴホゲホっ。はぁー、はぁー、はぁっ」
「ちょっと鈍感ねぇ。まぁ仕方がないわ、サーベルの意識ですものね」
何てことのない様子で、薄い唇を横に引くアサミ。アメリアは、たちどころに顔を上げ眉を吊り上げる。
「アンタ、私を殺す気だったでしょ?!」
「ええ」
まばたきよりも早く返ってくる首肯。アメリアは理解が遅れた。
「そのくらいの危機感がないと、武器は
冷徹に見下ろす、アサミの細まった目尻。ゾオ、とアメリアは背筋を凍りつかせ、サーベルを抱いた。
「はい、結合術は終わり。これでサーベルを使いこなせたら、アメリアは魔術で『闘える』ことになるわ」
アサミは「おめでとう」と小首を傾ぐ。しかし「めでたいなんて思ってないクセに」と、アメリアは内心で悪態付いた。
「抜いてみなさいな、サーベル」
「え」
アサミは溜め息のようにゆったりとひとつ呼吸をし、甘く腕を抱く。きょとんとサーベルを抱き締めているアメリアへ、言葉を続けた。
「結合術をかける前とは違うわよ、全然。それを実感してみなさい、と言ってるわけ」
「は、はい」
のろのろと床から立ち上がるアメリア。三秒かけて吸い、三秒かけて吐き出す。
鞘を左手に握り、
所々、青錆びが目立つサーベルの
バラの
「バラの、
アメリアは、剣先を天へ向け、持ち直す。
舐めるように、
銀細工技術の細かさ足るや。アメリアは身震いするほどに美しいと思った。剣身の根元には、目玉大の
「よかったわね」
「え?」
「あなたと『きちんと』結合したからこそ、そのバラの彫刻が浮かんできたのよ。そんな彫刻、初めは無かったもの」
薄い笑みをその口元に引き、アサミはグランドピアノへと歩み進む。
「あの、この宝石は?」
「あなたの魂とでも思っておくのね。結合した証として、あなたが持ち主であることの証明が、そのペリドットなんですから」
放ってあった撫子色のショールをふわりと肩から回し掛け、アサミは呼吸を深く行った。
「ペリドットは、身につけると災いを寄せつけないお守りとなって、次第に喜びの感覚が湧くそうよ」
「喜びの、感覚?」
なぞったアメリアを振り返り、アサミは普段の笑みに戻る。
「覚えておくのね。あなたがその剣を信じている限り、それはあなただけの最強武器であるということを」
アサミの言葉の意味がわからず、アメリアは眉を寄せ立ち竦むばかりで。しかし「覚えておくのね」を忠実に守るため、その言葉だけは記憶に深く刻んだ。
「そうよ。やっぱりいい
▲▼ ▲▼
「本当に行くの?」
「うん。武器を試してみる。本当に魔術を絡めて使えるものなのか、確かめるためにも」
二〇分もしないうちに、アメリアはサーベルを携えただけの身空で、アンティーク店を出ると言い出した。
「それは構わないけれど。カケルがここへ来る頃には、なんとか生きて戻りなさいね」
簡単に言ってのけるアサミへ、渋面を向けて返答とするアヤ。
「ていうか、カケルさんの手を煩わせるまでもないかもしれないし」
「あら、やけに大きなことを言うのねぇ。リコッタチーズが功を奏したかしら」
「でも、このくらいじゃないといけないでしょ?」
「そうね。ただでさえ弱い魔術力だろうに、否定的な言葉なんか発してたら恐らくすぐに消えてなくなってしまうもの」
「あの、面白おかしそうにいわないでくれる?」
「ふふふっ。仕方がないわ、他人事なんですもの」
両目を細めて「冷酷魔女」と内心でぼやけば、アサミの咳払いが「読んだわよ」を告げていて。
「アメリア」
「は、はい」
アサミの真顔。伸びてくるその左掌に、ビクと肩を縮めたアメリアだったが、アサミは構うことなくアメリアの頬に触れた。
「否定的な考えが浮かんだら、ただちにここへ引き返してきなさい」
「え?」
読み解いたアサミは、その想いへ首肯を向ける。
「そうね、本来ならばそう言いたいわ。でもこれは、あなた方だけのお話じゃあないから」
「『あなた方だけの、お話』」
アサミの瞼が陰る。触れていた頬から手が外れる。
「ここまで戻れば、確実にアイツの目は眩ませるわ。だから、少しでも不利だと思ったなら、とにかく真っ先にここへ戻るのよ」
「は、はい」
「あなたは、ここから出なければいけない。でも、出続けるわけにはいかない。ここはね、そのための場所なのよ」
撫子色のショールが、風もないのにふわりとひとりでに膨らんで、落ち着いた。
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