第42話 君の瞳に魅せられて
「伊佐さん! お散歩ですか」
「レナさんこそどうしたんですか。もしかして、いま上がり?」
「そうなの。今日も平和に終わりました。伊佐監理官」
今日は地上勤務だったレナは、定時で退社して気分転換にやってきたというのだ。Tシャツにジーンズ姿のレナは、スポーツドリンクのコマーシャルにでも出そうな爽やかさがあった。
「ご苦労さま。いつもここに?」
「ええ。ここでサンセットを見てから帰るの。小さいころ、父は米海軍でいなかったから、海に向かって明日もがんばってねっ。ありがとうって祈るのが習慣だったの」
「そうなんだ」
「今はリタイアして、山に篭ってるけど」
「えっ? 山に?」
「あのね、陶芸してるの。夢だったんだって。おかしいでしょ」
「いや、羨ましいよ。俺もいつかリタイアする日がくるけど、そのとき何してるんだろ」
「なに言ってるの。リタイアだなんて、うんと先じゃない。まだまだこき使われるんだから」
「あはは。そうだった」
そのとき、沖から吹く風が止まった。
伊佐とレナは水平線に目を向ける。大きな南国の太陽が今日の終わりを告げながら沈んでいく。
赤いようなオレンジ色のような、黄色のような眩い光が、しだいに赤褐色、丹色へと変わっていく。まるで世界の入れ替わりを見ているようだ。
「これは……」
「きれいでしょう? 船の上からみる夕日とはまた違うの」
伊佐はレナの横顔を見ていた。真っ直ぐに夕日を見つめるレナの瞳は、燃えるような茜色をしていた。
「うん。とても綺麗だよ」
伊佐は、いつか見たレナの海の色をした瞳を思い出していた。米国人と日本人の血を引く彼女の瞳は、夜の海、朝の海、そして夕暮れ時の海の色へと様変わりするのだ。
(本当に君の瞳は美しいよ)
「伊佐さんったら! こっちを見ないで、あっちを見て。ほら、もうすぐ太陽が消えちゃう」
「うん」
伊佐はレナの瞳に夢中だった。辺りがどんどん暗くなっていき、空に一番星が光り始める。それでも伊佐はレナから目を離せない。
「伊佐さん。そんなに見られたら、勘違いしちゃうから。本当にあなたはいけない男ね」
「うん? 俺がいけない男?」
「そうよ。女をたぶらかす、いけない男」
そう言いながらレナの視線は伊佐と絡み合った。
「俺にたぶらかされて、くれの?」
「あなたにたぶらかされて……あげない!」
「それは残念」
「ほら、もう真っ暗になっちゃうから。帰るわよ!」
伊佐は背を向けたレナを目を細めて見つけた。まだまだ、甘えてはいられない。この海は俺たちの力を頼りにしているから。
イサナギサ
遠くでワダツミの声が聴こえた気がした。
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