第39話 平和でなにより
「うん? ……気のせいか」
伊佐は一人、部屋でくつろいでいた。隣の部屋は歌川で、おそらく近くに平良の部屋もある。
なんとなく、彼らの気配を感じ取ったのだ。それも、どちらも動揺しまくりで、緊急呼び出しがかかったら動けないのでは? と思うような類のものだった。
「気になるだろ……二人の部屋に女性が、しかも同じ船のメンツが揃っているんだ。いや、プライベートまで気にかける必要はない。いい大人なんだからさ」
静かな部屋が悪いのだ。伊佐はスマートフォンからランダムに音楽を流した。軽やかな曲を聴きながら、伊佐はパソコンに向かった。
ゆっくりするつもりだったのに、結局は何もすることがなくて仕事を始めてしまった。
何はともあれ、彼らが幸せになってくれればいい。伊佐はそんな気持ちになっていた。
―― ブブーッ、ブブーッ
そんな時、伊佐のスマートフォンが震えた。見るとなんのアプリケーションなのか不明だが、突然バナーが現れたのだ。
【マエサトビーチ デ マッテイル】
「ん? 誰からだ」
そのメッセージを開こうとバナーをタップしたが、受信したアプリケーションが起動しない。
「おい、なんだよ。どのアプリからだ」
思い当たるアプリケーションを確認するも、どこにもそのメッセージはない。
「見間違えか? いや、確かに俺は見た。まさか」
伊佐はジャケットを着て、車の鍵をもち部屋から出た。なんとなく思い当たるが、それに確かな証拠はない。証拠がないならば、間違いなくそれであろう。
(あいつ、今さらなんなんだよ。まだ何かあるっていうのか)
部屋に鍵をかけエレベーターに向かう途中、歌川の部屋のキッチンからだろうか、主計科の虹富の楽しげな声が漏れてきた。ピーマンがどうとか、遠慮はするなとか、それはもう賑やかに。
しかし、歌川の声はまったくしない。あの饒舌な、口から先に産まれたはずの男はいったいどうしたのか。
伊佐は、苦笑した。
(ここは完全に、虹富さんのペースだな)
そしてその隣の部屋からは、同じく主計科の金城の声がする。高い声がよく通る彼女もまた楽しそうだ。飲み物がとうとか、わたしに任せてくださいとかそういった内容だ。
「うむ、では任せた……つっ」
(いやいや平良さん、息飲んじゃってるし)
決して宿舎の壁が薄いわけではないだろう。伊佐の耳がよすぎるせいでは決してない。間取りの問題でキッチンが廊下側にあるせいだ。
「はぁ……」
平和だな。伊佐はそんなことを思いながらエレベーターに乗り込んだ。
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