第26話 戦闘態勢
船長の松平は、わずか数十名ほどの乗員に戦闘態勢を取れと言った。この大型巡視船を操舵しながらである。まったく人員が足りていない。
それでも彼らはできないなど絶対に言わない。甲板の見張りに通信科や主計科らが立ち、残る機関科は単装機関砲の準備に走った。
かみしま特警隊A班は小銃を装備して各所に散った。
「船長、錨上がりました」
「船首を二時の方角に向けよ」
「船首二時の方角!」
巡視船かみしまがゆっくりと船首を右にきりはじめた。船体に異常は感じられない。
「伊佐監理官をなんとしても探す。人造人間、いやロボットが出現したら迷わず撃ってよし」
「分かりました!」
由井はマイクを取った。
「総員に告ぐ! 伊佐監理官捜索に尽力せよ! 黒いロボット出現の場合は許可を待たずに撃て! 以上!」
こんな命令をしたことのない航海長の由井は息があがっていた。マイクを置いた後も肩が上下するほどだ。それを見た船長の松平はそっと由井の肩に手を置いた。
「すみません」
「いや。その熱が冷めないよう最後まで頼みます」
「はい」
船橋には船長含む数名の航海士と補佐たち。モニターに、レーダー監視、海図の確認で手いっぱいだ。
「かみしま、そのまま待機」
捜索とはいっても、大型巡視船を無闇に動かすわけにはいかない。周囲を警戒しながらエンジンを温め続けた。
「予備の高速艇、出動させますか」
「だめだ。ある程度、位置に目星がが着くまで動かしてはいけない。潜水士は何人いますか」
「船に残る潜水士は……、二人」
「二人ですか。であれば、なおさら今は動かせないな」
捜索せよとは言ったものの、人造人間に出くわしたら潜水士は対処できない。特警隊を乗せるにしても、船の守備が手薄になる。
船長は難しい判断を迫られた。
◇
歌川はレナの応答が途絶えた直後、船橋からとびだしていた。万が一、伊佐に何かあったら自分の存在そのものの価値がなくなる。
なんだかんだ文句を言ったとしても、伊佐あっての歌川なのだ。それに、
「神様なんだろ! こんな時に出てこないなんて、いったいお前はどこの神様なんだよ!」
志賀海神社の御神体を宿らせた船内神社の前でそう叫んだ。海の安全を守ってくれると言われている志賀海神社だ。なのにぜんぜん守ってないではないかと怒り心頭だ。
「くっそ!」
歌川は手荒く神棚に手を合わせて悪態をつくと、甲板に飛び出した。
自分に何ができる。絵の道を諦めて、海上保安大学校に入学した。幹部としてのハウツーを無理やり脳に叩き込んだ。全てはイサナギサという男を支えるためだった。どんな男かも知らず、いつ会えるのかもわからず、使えそうな技術は手当たり次第に身につけた。
「やっぱり潜らせるんじゃなかった。ワダツミなんて、僕が見た妄想なんだ。僕の脳はファンタジーにおかされていたんだ!」
狭い甲板を走り抜け、伊佐が飛び込んだ場所にやってきた。すると、今にも手すりを乗り越えようとするレナの姿が目に入った。
「何やってるんですか!」
「きゃっ! 歌川さんっ」
危うく歌川の方が落ちそうになるほど、前のめりでレナの肩を掴んだ。
「我如古さん、伊佐になにか⁉︎」
眼鏡の端が太陽の日差しを反射して、異様な光線を放っていた。それに加えて歌川のこわばった表情だ。まるでホラー映画の出演者。
「ちょっと肩、痛い……」
「失礼。それで? 先ほどの中途半端な無線はなんですか。さあ!」
「そうなの! あそこ見て!」
レナから双眼鏡を渡された歌川は、彼女が指差す方向を覗き込んだ。そこには波に揺られ、浮いたり沈んだりを繰り返す海上保安庁備品のエアーボンベがある。
(あああっ、まずい! まずいですよ! ワダツミは何をやってるんですか! エアーボンベで遊んでいる場合じゃないんですよ!)
歌川の双眼鏡を持つ腕が、プルプルと震えた。いくら綿津見という神がついているとしても、その神が人を守るとは限らない。海の神様は、なによりも海のがいちばん大事なのだ。
神というものは、気まぐれな存在でもある。
「歌川さんっ、あのエアーボンベが伊佐さんのだったら……!」
「非常にまずいです」
「助けに行きましょう! ボート、ボート下ろしてください!」
「残念ながら、僕は操縦できない。どうするかな」
伊佐を救出したい。しかし、かみしまの運行と警備で人が足りていない。ボートを下ろしても、歌川には操縦することができないのだ。
「わたし、できます!」
「「金城さん⁉︎」」
現れたのは、主計科の幹部主任である金城だった。
「最初の配属地で、これの操縦免許とりました」
「そうだったの! たしか、七管区だったわよね」
「はい。巡視艇では乗員全員で対処しなければならないので。めちゃくちゃ、怒鳴られながら覚えました」
巡視船、巡視艇では乗務員の人数は異なる。少ないを理由に任務は軽減されない。違法操業、不法侵入、事故の対応などは常であり、その分一人が複数の仕事をこなさなければならないのだ。
一見、頼りなさげに見える金城は立派に現場で育った海上保安官である。
歌川は落ちかけた眼鏡のふちを鼻に押しつけた。
「なるほど……これで、役者は揃ったということですね」
「まだだ! 俺を置いて行く気か? かみしま特警隊のリベンジをさせてくれ」
「平良隊長、いつのまに!」
全身っ黒の完璧な武装姿で現れた。小銃を二丁肩に担ぎ、ベルトには拳銃も携行している。サングラスで見えないが、おそらく瞳の奥はメラメラと燃えているだろう。
「俺が船長に、許可をとった。巡視船かみしまも全力で援護してくれるらしい。見ろ、あそこを」
平良が指差したのは、巡視船かみしまが装備する連装機関砲、多重身機関砲がゆっくりと動きはじめていた。
それにはさすがの歌川も驚いた。
「あんなのヤバくないですかね」
「敵はテロリストが送り込んだロボットである。出現したら迷わず撃てと、船長からの通達を受け取った」
「これは、大変だ……」
歌川の大変だは、この後の事務処理のことだ。想像するだけで目眩がする。しかし、今はそれどころではない。まずは、目の前のやるべきことをやるのみ。
「行きましょう! 伊佐さん、きっと待ってる。金城さん、お願いします」
「はい」
四人はエアーボートに乗り込んだ。
平良が無線で報告をする。
―― やるしかない! 行け!
エンジン始動と同時に動き出したボードは、波の上をゴンゴンと音をたてながら走った。海水が飛沫となって四人を濡らした。
「歌川さん、これを」
平良が歌川に小銃を押し付ける。
「僕も⁉︎ 僕は拳銃でいいですよ。こんなのやったことないです!」
「拳銃は近距離戦でしか役に立たない。やれなくても、やるしかないんだ。トリガー引くだけ! あなたなら撃てる。はい、持つ!」
「ええー……」
射撃の腕前は良くても、実戦でしかも小銃を撃つなんてとんでもない。歌川にとっては想定外のなにものでもない。
(予想の範ちゅうこえすぎだよ!)
「エアーボンベ発見! やっぱり、伊佐さんのよ!」
レナの声で我に返った歌川は、銃を構えて周囲を警戒した。もう、しのごの言ってはいられない!
「あっ、伊佐さん!」
「どこ‼︎」
―― ドドドド!
「伏せろ!」
―― ザザザザ……ボンッ!
「キャーッ」
突然、海面が風船のように膨らんだかと思うと、大きな音をたてて爆ぜた。豪雨のように海水が四人の体を叩きつける。
ボートのエンジンは停止し、押し寄せた波に激しく上下に揺さぶられる。
「大丈夫かー!」
平良の叫びに、歌川も金城も大丈夫だと手をあげた。しかし、そこにレナがいない。
「歌川さん、レナさんは!」
「え? 嘘だろ。もしかして、落ちた⁉︎」
ボートの周囲を確認するが、レナの姿は見当たらない。まずい……そう思った時、平良が再び叫ぶ。
「あそこだ!」
レナが何かに向かって泳いでいく姿があった。あれは、明らかに目標を持った泳ぎだった。
そして、レナは大きく息を吸って海の中へ潜る。
潜水服も着ていないレナは、いったい何をしようとしているのか!
「レナさーん! レナさーん!」
金城の悲痛な声は届かない。
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