第4話 おしゃべり敏腕?補佐官着任
着任して2日目、伊佐は航空基地の視察と射撃訓練場に向かう予定だ。
「伊佐さんおはようございます。今日も私が同行ですけど、宜しいでしょうか?」
「レナさん。よろしくお願いします」
主計長のレナが航空基地との調整役として、同行することになった。
「そういえば、伊佐さんの担当さんが今日来るらしいです」
「私の担当? 誰だろう。聞いてないですね」
「そうなんですか? 聞くところによると、あちらからの強い希望だとか」
「希望?」
「慕われてるんですね。素敵なことですよ〜。見た目からして、かなりおもてになりますよね。女性職員は素通りできないですよ」
「いえ、もてませんよ」
「また! モテる男はそう言うんだから!」
「レナさんこそお綺麗ですから、モテるでしょう」
「いやいや。ぜんっぜん寄ってこないです。怖いみたいですよ……野郎どもには」
「え?」
石垣海上保安部には航空基地もあり、主に捜索救命、離島からの緊急搬送、臨海警備などを行っている。警備チームとして特別警備隊(通称、
そして、石垣海上保安部では新たに特殊警備隊が置かれた。
特別警備隊が管区内の警備を担当するなら、特殊警備隊は国際組織も担当する。似ているようで異なる部隊である。
特殊警備隊は主に海上からのテロ防止や輸送船警護などを行っている。
この特殊警備隊(通称S S T)は、関西国際空港建設時に反対派の抗議行動を警備するために作られた組織だった。そのため、第五管区海上保安部大阪特別警備基地をが拠点となっている。米国のSEALDs隊員からノウハウを学んだ海上保安庁の特殊部隊だ。そのため、滅多に公には現れない。
黒いタクティカルスーツに身を包んで武装した彼らは、他の職員から見ても近寄りがたい存在なのだ。
なぜ関西に拠点を置く特殊警備隊が石垣にも存在するのか。それは数年前に
アジアから輸入したコンテナの中から、大量の武器が発見された。いわゆる武器の密輸だ。武器だでなく麻薬も含まれていた。マフィアや暴力団絡みの事件で、関係者を震え上がらせたのが、海中に捨てられたコンテナの中から人造人間のようなものが現れたことだ。軍人の装備で、我々に敵意を剥き出しにして暴れた大事件となった。
当時、那覇海上保安部と石垣海上保安部は、警察や海上自衛隊とともに出動。
人質にとられた民間人救出と、コンテナを海中で爆破するという、前代未聞の大作戦を行ったのだ。
マスコミも完全にシャットアウトし、極秘での任務だった。官邸、防衛省が動く大変な騒動である。
それ以来、この石垣にも特殊警備隊を常駐させるという流れになった。
伊佐はその時、海外派遣中でこの騒動には関わっていなかった。
「私ラッキーですよ」
「なぜですか?」
「特殊警備隊を見られるからです。あの人たち、秘密部隊でしょ? 名簿もないし、名前も顔も知らない。最低限の接触しかないみたいで……まあ、それが当たり前なんですけど」
「彼らには苦労ばかりかけます。今でも引き抜きがあるらしいですよ。ある日突然、優秀な職員が退職していく。トップしか知らない都市伝説ですけどね」
「伊佐さんも知らないんですか?」
「ええ。船長も知りません。家族にも秘密ですからね。もう少し手当てをつけたいのですが……いかんせん、私の力ではどうにも」
「どの国にも存在しますよね、特殊部隊って。家族も知らないなんて……ね。私はやっぱりラッキーです。父はアメリカ海軍の人間でしたけど、存在は確立されていましたから。父を誇りに思うことができますもん」
お父さんは軍人です。お父さんは海上保安官です。
子供にとっていちばん身近なヒーローが、身分を隠さなければならないのは、やはり寂しい。
「さ、つきました!」
せめて、退職したあとは手厚い補償で生活して欲しい。伊佐も、そう思っている。
◇
石垣空港の中に海上保安部の石垣航空基地がある。隣には消防の空港出張所もあり、通報が入ると航空機で出動をする。
石垣航空基地では主に救難で出動するため、ヘリコプターと固定翼機が待機している。
救難に対処するのは機動救難士や潜水士たちだ。ここで、トレーニングをしながら二十四時間待機するのだ。
(そういえば、あの子の父親。オレンジ色のゴリラさんはここにいるのか?)
「お疲れ様です。伊佐監理官。警備隊の
「平良隊長お疲れ様です。忙しいところすみません」
「おじゃまじす、豪さん!」
「レナは相変わらずだな。こんなに男前な上司と一緒なのに、もっと色気ってやつをだせよ勿体ない」
「もったいないってなんですか。さっさっと巻きでお願いしますね。このあと射撃場も行くんで」
「はい、はい。では、こちらへどうぞ」
案内されたのは、航空機が格納されるハンガーの中だ。整備されたヘリコプターが待機中であった。固定翼機は定期巡回に出ているようだ。
そのハンガーの一角で、ティシャツとオレンジ色のズボンを着た男たちがトレーニングをしていた。
彼らが石垣海上保安部の機動救難士だ。
「現在、出動待機ではない隊員がここでトレーニングをしています。我々特警隊も、ときどきやってますが、彼らほど筋肉にはこだわっていません」
「豪さんそんなこと言ったら叱られますよ?」
「あはは。気をつけるよ」
「あれ、豪さん。 S S Tはどちらに?」
「ああすみません。人物特定を嫌うので、どこでなにをしているかは、ちょっと」
「そうですか残念ですね、伊佐さん」
「特殊警備隊はそのうち会えますよ。会えない方がいいのですが、なんせ、十一管区だから」
なにが起きてもおかしくないのは、三年前に立証されてしまった。三人は互いに苦笑いを見せる。
「そう言えば平良隊長。機動救難士に五十嵐さんという方はいらっしゃいますか?」
「五十嵐、ですか……いかたな。その者が何か?」
「いえ。ご存じなければけっこうです」
多くの職員が出入りするのだから、全員の名前を知るわけもない。平良はとくに部署も違う。
伊佐はそのうち会えるだろうと、これ以上は聞かなかった。
あの不思議な少年の父親はどんな人物なのか、とても興味深かったのだ。想像するだけで自然と目元が緩む。
「伊佐さん、その顔、あまり女性職員に見せないように! ですよ!」
伊佐の背後から聞き慣れた声がした。まさかそんなはずはないだろう、空耳だと言い聞かせて振り返るのをやめた。
伊佐は何かを振り切るように、足を進める。
すると、
「冷たいなぁ。逃げないでくださいよ。渚さん!」
「なっ……」
たまらず伊佐は足を止めて振り返った。伊佐は軽い目眩を覚える。そこにいるのは疑いなく、本庁で伊佐についていた
とても晴々とした笑顔で――。
(マジかー)
「伊佐さん。あの方がたぶん、担当さんの……」
レナがそう言うと、歌川は、待っていましたとばかりにしゃしゃり出てきた。
銀色の眼鏡のふちをくいっとあげると、真っ白な歯をニッと出して自己紹介を始めた。
「はじめまして。本日、本庁より参りました歌川新汰と申します。巡視船かみしまの船長補佐付として、乗務いたします」
「聞いていない」
「ですから、今申し上げたところです」
船長補佐とは伊佐のことだ。歌川は船長補佐付と言った。簡単に言うと、伊佐直属の部下ということになる。
「歌川、そんな職務はないはずだよ」
「作っていただきました。石垣でもよろしくおねがいします」
伊佐と歌川のやりとりを黙って見ていたレナと平良は、顔を見合わせてまた苦笑いだ。伊佐の隣をすっかり確保した歌川は、この後のスケジュールを話している。伊佐も諦めたのか、黙って聞いている。
「豪さん、あの二人は正反対ですね」
「夫婦みたいだな……」
「あ、ふふふ。本当だ、夫婦ですね。あはは」
巡視船かみしまは賑やかな出航を迎えられそうだ。
「ところで歌川。なんで今になっての着任になったんだ」
「そりゃあもう、たった鳥の後片付けが大変でしてね」
「え、どういう意味だよ」
「本当に伊佐さんは鈍感すぎて困りますよね。というか、鈍感でよかったのかな? どこに異動になったのかと問い合わせ殺到しましてね(女性職員たちからの!) 片っ端から蹴散らすのに少々時間がかかったというわけですよ……思い出すだけで疲れます」
「全く意味が分からないな」
「そうでしょうね。はぁ……」
伊佐がどこに異動したのか、本庁では非公開だった。女性職員のモチベーションがガタ落ちするのと、同じ場所への異動希望が殺到するのを防ぐためだ。
伊佐は本庁ロビーを歩くだけで、ほうっとため息が漏れるほどの人気っぷりだった。
「とりあえず、日本にはいないということにしています」
「なんだって?」
「それはさておきっと」
歌川は後ろを歩くレナの前に立ちはだかる。そして、上から下まで確認するとぴょんっと一歩下がった。そして、今度は伊佐の後ろから顎に指を置いてじっと眺める。
レナはなんだか不安にって歌川に向かって叫んだ。
「な、なんなんですかっ!」
歌川はにこりと笑みを零すと、レナの前に再び戻ってきて無理矢理レナと握手をした。
「は?」
「あなたなら大丈夫でしょう。勇気あり、元気あり、色気なしで害はなし! と認定いたしました」
「はぁぁーー!!」
警備隊長の平良は腹を抱えて笑いころげた。
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