【7月5日】路子の光

王生らてぃ

【7月5日】路子の光

 最初はただ、路子みちこのことが好きなだけだった。

 路子の隣にいると、その匂いで満たされたし、声を聞いたらそれだけで癒されたし、姿を一目見るだけでも疲れた気持ちがほぐれた。とにかく路子のことが好きだった。いままで何度も、いろんなことをやめようと思った。学校をやめようと思った。真面目をやめようと思った。人間をやめようと思った。生きることをやめようと思った。いい子でいることをやめようと思った。考えることをやめようと思った。いやな気持ちになることをやめようと思った。この世界はすべてわたしをいやな気持ちにするもの、いやな気持ちにさせることで満たされていた。息苦しかった。深海の奥底で生きているような気持ちにさせられた。

 路子はわたしを救ってくれた。

 目の前に現れた光そのものだった。

 これからは路子のために生きよう。彼女を頼りに生きていこう。そう決めた。






     ○






 でも、路子はわたしを裏切った。



 彼女はわたしの光だった。

 でも、わたしだけの光じゃなかったのだ。

 時どき、彼女が見えなくなることがあった。会えない日もあった。そんな時わたしは目の前が真っ暗になって、絶望にうちひしがれた。路子はどんな人にとっても光だったのだ。

 他の人を照らさないでほしい。

 わたしだけの光であってほしい。

 最初はそれを贅沢だと思っていた。太陽を取ってきて、覆いで隠してしまうような所業だと思った。だけど、わたしの方を向いてくれない路子のことを見るたびにどんどんわたしは暗い気持ちになっていった。最初は路子のことを見るだけでしあわせな気持ちになれたのに、おかしいな、どうしてかな。そのうち、路子はきっとわたしのことなんてどうだっていいんだと気付いた。路子は、わたしのことなんかどうだっていいんだ。わたしが一方的に路子のことを見ていただけだったんだ。

 あの時してくれた挨拶も、あの時の声も、表情も、ぜんぶわたしのものじゃない。わたしだけのものじゃない。それでも受け取れるならしあわせだった。



 だけど、見てしまった。

 路子は、わたしだけじゃない。

 わたし以外のどんな人をも、しあわせにしていたのだ。



 路子と喋った人は、みんな満たされていた。しあわせを感じていた。笑顔になった。癒されていた。わたしだけじゃなかったのだ。わたしだけじゃなかったのだ。

 またわたしはもやもやした。そして絶望した。

 わたしは路子にとって特別な存在じゃない。路子は、わたしにとって特別な存在なのに。どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうどうしてどうしてどうあゝあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああばばばばばばばばばばばばばばばばっばばばばわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ






     ○






 さいしょは髪の毛から。

 落ちていたから簡単だった。それをたくさん拾い集めると、あっという間に路子のきれいな頭ができた。



 次は爪。

 切り落とされた爪を拾い集めて、繋ぎ合わせた。だけど強度が足りない。

 だから手を切り落とした。手首から先を丸ごと付け替えてみたら、路子の繊細で細くて白くてきれいな指先ときらきら真珠みたいに輝く爪が一緒についてきた。すごくしあわせな気分になった。それで顔を触ったり、髪を洗ったり、身体を触ったりすると、とてもいい気持になった。



 次は脚を取り換えてみた。

 路子の脚はほっそりしているけれど、しっかり立ちやすかった。歩いていると、足音までなんだかきれいだった。ついでに取ってきた靴も一緒に履いてみたけれど、どれも履きやすくて歩きやすくて、それから路子のにおいがした。



 喉も取り換えた。喋る言葉、息遣いまで、路子のものになった。



「だいすき。おはよう。今日もいい天気だね」



 喋ってみたらまるで路子がわたしに挨拶してくれているみたい。

 なんてしあわせ。とろけそうになる。

 だけど鏡を見るとわたしは歪で、ぶさいくで、ぜんぜんきれいじゃない。



 だから顔も取り換えた。耳の形が美しく、目の色は透き通っていて、鼻はすっと通っていて、歯は白く整っている。

 路子がそこにいた。わたしが笑うと、路子が笑う。わたしが喋ると、路子も喋り返してくれる。鏡の向こうに路子がいて、いつもわたしのことを見てくれている。



 部屋は血なまぐさいにおいに塗れている。

 その中心に何かが落ちている。女の人のからだ。路子のほそい腰と、力学的に完璧な丘陵戦を描くバストとヒップ、白い肌。骨盤のふくらみ。

 その周囲には生ゴミが落ちている。きたない腕、短い脚、ぼろぼろのぞうきんみたいな髪の毛。



「これもほしいかなあ」



 いつでも路子に触れていたい。

 路子の心臓の鼓動を感じたい。



 さっそく取り換えてみた。

 心臓の一打ちごとに、わたしはしあわせを感じられる。

 呼吸をする。吸って、吐いて、それだけで路子を感じられる。息をするたびにひゅうと漏れるわずかな音すらいとおしい。



「これからずっと一緒だよ。ほんとう? うれしい、ありがとう。いままでごめんね。これからはずっと、あなたのことだけを見ていてあげる。夢みたい、そんな風に言ってくれるなんて。うれしい、しあわせ、だいすき」



 路子、これからもずっとずっと一緒にいようね。

 まずは、汚れた部屋の片づけをして、いらなくなったものをゴミに出さなくちゃ。

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【7月5日】路子の光 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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