第22話 おつかい①
2階の自室で本を読んでいる時です。母が部屋に入ってきました。
「ミウ、マルセイの町におつかいに行ってくれない?」
「えー」
私は不満の声を上げます。しかし、
「いつも通り商会に魔石を換金するだけだから」
「えー」
もう一度不満の声を上げます。
「お昼食べたらお願いね」
と言って母は部屋を出ます。
私、はいとは言ってないんだけど、勝手に決められました。
「むぅー」
私は部屋で一人、ドアに向かって不満の声を発します。
◇ ◇ ◇
「はい、これね」
母は魔石の入ったバスケットを私に向けます。
「ごめんね。本当はお父さんに任せたかったんだけど、お父さん、調査隊に選ばれちゃったから」
「うん」
「これ、帰りで町でお菓子でも買ってきなさい」
お駄賃を少し渡されます。
「行ってくるよ」
私はバスケットを持って外へ出ます。
「馬車には気を付けるようにね」
玄関から母が私に注意を言います。それを背中で受け止め、私は振り向かずに返事をします。
「分かってるー」
◇ ◇ ◇
ユーリヤの森を出ると道に馬車が停まっていました。
誰のだろう?
普段はあまり気にはしないのですが、母が行く前に馬車には気を付けろと言うのでつい見いちゃいました。
すると馬車のドアが開きました。
私は慌てて離れます。
「ミウ!」
名前を呼ばれて立ち止まり、振り向くと馬車のドアからカエデが体を半身出して手招きしています。
私は馬車へと戻り、
「これカエデの?」
「うん。一応」
「ミウはどっか行くの?」
「親のおつかいで町にね」
私はバスケットを少し掲げます。
「そっか。私もね今から町に行く予定なんだ。一緒にどう?」
「え!? いやいや、別にいいから」
私は手を振って断ります。
「何で? スペースはあるから平気だよ」
「お嬢様」
後ろから低い声が放たれて私は驚き、振り返りました。後ろにいたのはメイドのヴィレッタさんでした。ヴィレッタさんはメイドには似つかわしくない四角い鞄を持っていました。
「どうしたのヴィレッタ?」
「お嬢様、往来で何をしているのです? ミウ様のご迷惑ですよ」
「ミウが町まで行くって言うから一緒に行こうって思って。歩いて行ったら遠いでしょ」
「こちらの荷物もありますのでミウ様のご家族を含めますとスペースは足りませんよ」
「ミウだけだって。ね?」
カエデが私に確認します。
「うん」
「あ、そうなのですか。ではご一緒にどうですか?」
私は前のカエデと後ろのヴィレッタさんを交互に見て、
「え、あ、……じゃあお言葉に甘えて」
◇ ◇ ◇
馬車に乗るのは初めてで、ガタガタと揺れるのは知っていましたが予想以上に揺れるので驚きました。
「カエデは町に何の用事なの?」
「実家……前暮らしていた家ね。今はお祖父様達が暮らしているんだけどね。私の荷物にお姉様の服が混じっていたからそれを送りにいくの」
カエデの口調がお嬢様口調になっている。そういう口調の時は町ではお嬢様として暮らしていたのが少し垣間見える。
「お姉さんいたんだ。歳はいくつなの?」
「5つ上で13歳」
「お姉さんはユーリヤの森に来なかったの?」
「父とお姉様はね。……私の治療に付き合わせることはできないわ」
カエデは苦笑いして答えた。
父と姉はと言っていることは母親はこっちに住んでいるということだ。それでも家族離れ離れになるのは悲しいことだ。ましてや自身のせいとなるとつらいことだろう。
「ん? あれ? この前の歓迎会の時、来てなかった?」
「あの日はね」
今はここで暮らすということは病気が治れば森を去るということなのだろうか。
それを考えると寂しい気持ちになる。
でもカエデにとってはまた家族一緒に暮らせるのだ。ならこの気持ちは迷惑だろう。
「ねえ? ミウは何しに町へ?」
「おつかいだよ。町の商会で母が作った魔石をお金に換金するの」
私はバスケットの頭をとんとんと叩きます。
「お一人でですか?」
とヴィレッタさんが眉を曲げて聞きます。
「うん。換金するだけですし。それに量もそんなに多くありません。町もそんなに遠くはないですし」
「しかし、換金となれば子供にしては多額のお金を渡されるのでは? 危なくありませんか?」
「そんなに多くないですよ。それに余った魔石ですから。母
「そうなのですか。でも子供だけで行くと商会の人達に注意を受けませんか?」
「ん~? 今のところ注意とかはありませんね。たぶん向こうもおつかい程度と考えていると思いますよ」
「なるほど」
ヴィレッタさんは顎に右手を当て頷きます。
「ねえねえミウ。そんなことより。おつかいの後、町で遊ばない?」
カエデが目を輝かせて提案します。
「遊ぶって?」
「本屋とかショップとか喫茶店とかに寄ろうよ」
「私、お金は……」
「お店を見て回るだけだし、喫茶店代はこっちが出すから」
「流石に自分のジュース代くらい出すよ。多少の駄賃は貰ってるし」
「なら決定ね。ミウが商会に行ってるあいだ私は荷物を送るね」
「うん。……ん?」
あれ? もしかして……。
「ちょっと待って……カエデのお姉さんってオルトロンの町にいるんだよね?」
「うん。実家はオルトロンだよ」
姉に服を届ける。
実家はオルトロンの町。
ということは?
「……今、向かっている町はマルセイ? それともオルトロン?」
私はおそるおそる聞きました。
「マルセイだよ」
その答えに私は胸を撫で下ろして、
「良かった。オルトロンって言われたらどうしようかと」
「さすがに服を届けるだけでオルトロンには行かないよ」
カエデは笑顔で言います。
「え? でもどうやって服を?」
「運送の人に頼むんだよ。ね?」
とカエデはヴィレッタさんに振ります。
「はい。オルトロン行きの運送業者に……っとそろそろ町に着きますね」
窓を見ると景色が草原から町並みに変わってました。それに人の声が外から聞こえてきます。
◇ ◇ ◇
私はカエデと別れて商会の方へ向かいました。
商会の扉は重くて大変でいつも苦労しています。
しかし、今日は私が開ける前に中から女性の人が扉を開けて出てきました。
その人は親切に私が中に入るまで扉を開けてくれました。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
私は3階に上がって必要書類のプリントにあれこれと記入してカウンターへ持って行きます。
「お願いしまーす」
私はバスケットから魔石を取り出し、プリントと一緒にカウンターの上に置きます。
「はい。確かに」
カウンターの女性はプリントを確認して、机から別のプリントを取り出してスタンプを押します。そしてそれをカウンターの上に置きます。
「番号札です。2階で換金してね」
「どうもです」
私は判の押されたプリントを受け取って2階へ行きます。
2階でしばらく待っていると番号を呼ばれます。私はカウンターに向かい、番号札をカウンターの女性に渡します。
カウンターの女性は番号札を確認した後に、袋をカウンターの上に置きます。
私はその袋を受け取り、カウンターを離れます。これで換金もといおつかいは終わりです。
事務的で簡単なおつかいです。それゆえ村や森の子達はよく派遣されます。
◇ ◇ ◇
商会を出るとヴィレッタさんに会いました。
どうやら私を待っていてくれたようです。
ヴィレッタさんは丁重にお辞儀をした後、
「ミウ様、おつかいは終わりでしょうか?」
ヴィレッタさんが私を様付けで呼ぶので何人かの人が驚いてこちらを窺ってきます。
「はい。終わりました」
「カエデ様はカフェ店の方にいます」
「あの、お荷物の方はもう?」
「はい。運送業者に渡すだけでしたので」
と言ってヴィレッタさんはカフェ店の方へ歩き始めます。
「あ、あの、私のことはさん付けでお願いします」
「分かりました」
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