第19話 魂還の儀③

 魂環の儀は雲のない夜空の下で行われました。ただ地面にはもやけぶっています。ゆえに足元だけ気温が低くて冷たいです。


 ふと空を見上げると無数の星が煌めいています。それらのおかげもあってか松明だけでも視界は鮮明です。


 式場は神殿テンプルで、今つつがなく執り行われています。


 女の子は巫女のような衣装を着て、男の子は袴姿。大人の女性は黒のワンピースドレス、男性は紋付き袴か燕尾服に近い黒のスーツを着ています。


 普段あまり寄り付かない神殿ですが夜になると一層別世界のように感じられます。そう感じるのも服装も違うことが関係しているのでしょうか。いえ、それだけではないでしょう。重苦しい雰囲気がそうさせているのでしょう。


 外にいる私達は持ち場で待機しています。持ち場はひな壇型になっている祭壇の段です。段の端の方で左右3人ずつ並びます。


 段数は21段で段は横に長く左右3人ずつでもかなりの余裕があります。

 私は10段目左手で、私と一緒にいるのはソフィアおばさんとスピカお姉さんです。


 皆は言葉を発せずじっとしています。

 あのチノでさえ素直にじっとしているのです。それだけ魂環の儀は重く厳かな雰囲気を醸し出しています。


 じっとしていると松明のはぜる音が耳に入ります。まるで耳の奥を掻かれている気になります。


 そして時間が訪れました。

 遠くから銅鑼の音と鈴のが小さく耳に入ってきたのです。

 次第に音が大きくなり、神殿入口に列が現れました。


 最前列は私達と同じ格好の子供が二人並んでいます。一人は銅鑼を、もう一人は鈴を鳴らしながら歩いています。その二人の後ろに黄色と紫、朱の袈裟を着たご老人が3人。


 次にムウおばあさんが納められている木棺が御輿のように運ばれています。木棺の後はナスネの森の大人や子供達が列をなしています。


 一団は真っ直ぐに祭壇へと向かいます。

 私達は目を閉じて、両手を組み合わせお祈りします。


 ふとここで以前カエデと参拝に来たときのことを思い出しました。確かあの時、私達が手を合わせて参拝したことにカエデは町では手を組み合わせて祈りの形にすると言っていたのを思い出しました。そう言えばどうして魂環の儀では祈りの形なのでしょうか。


 木棺の列はゆっくりと段を上がります。

 最前列の二人の子供は一段ごとに銅鑼と鈴を鳴らします。

 そしてとうとう木棺は私のいる段を通ります。


 私は強く祈ります。

 何を祈るのか。

 もちろんそれはムウおばあさんのことです。安らかに天へと向かうことを祈るのです。


 私も亡くなればこのような儀式をされるのでしょうか。私はまだ8歳。当然先のことです。しかし、考えずにはいられません。


 あれ?

 …………違います。

 亡くなれば葬式です。まだ葬式というものを経験したことはありません。


 葬式も魂環の儀と同じなのでしょうか。

 いえ、違います。

 前に誰かの訃報を聞いたことがあります。

 その時は葬式でした。そして参加したのは親族、知人、近隣の人でした。


 ではなぜムウおばあさんは魂環の儀なのですか?


 400歳近くまで生きたからでしょうか。そういえばそれもまた変な話です。なぜそこまで長生きできるのでしょうか。


 私は目をうっすらと開けました。列はもう見えません。最後尾はだいぶ上の段です。木棺ももう見えません。


 最後尾の列が段を上りきり、私の視界から消えます。

 すると銅鑼の音が大きく鳴ります。今までのものとは全然違います。大気を叩くような音で、体にまで音が強く響きます。


 この銅鑼の音は祭壇の銅鑼の音でしょう。子供用の小さい銅鑼でここまで鳴りません。

 私達はこの銅鑼が鳴ったら段を下りるように前もって言われています。


 まず一番下の段の人達から動きます。

 段を下りて、手前のある広場へ。


 ゆっくりと進んでいき、私達のいる段の番がきました。

 私達はゆっくりと段を下りて広場へ。


 広場は段よりも幅があるので私達は何列も作ることなく集まりました。


 最上段の人達が下りて、私達は各々マットをひいて地に座ります。座って見上げるとひな壇の祭壇がピラミッドのようにも見えます。


 そしてここからでは祭壇の最上段は全く見えません。この角度から見えるのは松明の光だけで、まるでピラミッドの頂が燃え光っているかのようです。


 しばらくしてお経が読まれ始めました。

 一人でも三人でもありません。きっともっと大勢の人が読んでいるのでしょう。

 言葉が違うので内容がさっぱりわかりません。


 そして皆が同じお経を読んでいるわけではないようで、時折別のお経も聞こえます。


 すると夜空から大きな光の玉が一つ現れます。光の玉周辺にはオーロラが発生します。

 光から光の柱が祭壇へと降ります。


 そして光の玉から3人の人が舞い降ります。白い絹のローブを纏った人です。あれは精霊です。前もって聞かされていなかったら精霊だと分からなかったでしょう。


 精霊が頭を下にして手を伸ばし、祭壇へとゆっくり下降します。すると祭壇からうっすらとしたムウおばあさんが天へと昇ります。


 ムウおばあさんは昇るたびに体が若々しく変化します。白髪から麦色の髪へ。顔の皺がなくなり、ふっくらとした頬に。体に肉もついて豊かになります。

 その姿は若かりし頃のムウおばあさんの大人の時代の姿。けれどその変化は止まらず、背が低くなり、手足も縮まり、顔つきも幼くなります。


 ムウおばあさんは3人の精霊の手元まで近付いた時は赤ん坊にまで変化していました。

 3人の精霊は赤ん坊になったムウおばあさんを抱えて光の玉へと昇ります。


 そして精霊は光の玉の中へと消えて、光の柱、オーロラが消えました。


  ◇ ◇ ◇


 お経が終わったことに気付いたのは隣のスピカお姉さんに肩を叩かれた時でした。


「終わったよ」

「はい」


 それしか言えませんでした。


 お経が終わったということは魂環の儀も終わったということでしょうか。


 私はまた天へと顔を上げます。


 もうそこには光の玉の名残もありません。

 あるのは夜空。無数の小さい星が瞬いています。


 そういえば木棺はどうなったのでしょうか?

 あの中にいるムウおばあさんは?


 祭壇を見るとそこだけがまだ明るいです。


「ムウおばあさんはどうなったの?」


 私はスピカお姉さんに尋ねます。


「見たでしょ。精霊様と一緒に逝かれたのよ」

「そうじゃなくて木棺の方なんだけど」

「ああ。そっち。そっちは明日火葬で荼毘にふされるの」

「今日はずっと独りなの?」


 スピカお姉さんは目を細めて私の頭を優しく撫でます。


「大丈夫よ。大人達が交代で木棺に付き添うから」

「さ、二人とも本殿へ移動しましょ」


 ソフィアおばさんに促され私達は本殿へと移動します。周りの人達もまた本殿へと移動し始めています。


 この後は本殿でククルの森の長老からの悼辞があって、その後はククルの人全員とユーリヤの森の長老、一部大人達が残り、それ以外はユーリヤの森の集会所に向かいます。そこで晩餐をするのです。晩餐で出される料理はパーティーとかのご馳走とは少し違うらしいです。


  ◇ ◇ ◇


 ククルの森の長老からの悼辞が終わり、私達はユーリヤの森の集会所へ向かおうとしたところ、私は母に呼び止められ、ここに残るように言われました。


「なんで?」

「お父さんもお母さんも残るようになったの」


 母は眉を八の字にさせています。


「ええ!? 晩餐はどうするの?」

「ここで食べるのよ」

「皆と食べたかった」


 私がしょんぼりして、不満気に唇を尖らせると母は、


「パーティー料理じゃないんだから」

「知ってるけどさ……」

「そうだ! カエデちゃんも残るらしいわよ」

「カエデも?」


 どうしてでしょうか。しかし、母は詳しくは答えず私の腕を引っ張ります。


「さ、社務所の方へ行くわよ」


 私は母に連れだって皆とは違う社務所の方へと移動します。


  ◇ ◇ ◇


 社務所でククルの森の人達と晩餐をすることになったのですが、


「ティナも残ったんだ」

「そりゃあ村長の娘ですもの」


 母はカエデも残るので一緒に晩餐の席に出席しなさいと言っていたのですが、そのカエデは長老達のいる本殿の方に残っているらしいのです。


 カエデは町出身ですけど重役や客人というわけではないはず。むしろティナの方ではと思います。


「これ全部食べないといけないの?」

「もちろん、そうでしょう。食べれない量ではありませんわよ」

「うん」


 確かに食べれない量ではないのだけど、味が……。


「酸っぱ!」


 そう。酸っぱかったり、辛かったり、匂いがきつかったり、薬品ぽかったりと変わったものばかりなのです。


 量そのものは本当に少なく、小さい皿に箸で摘まむ程度なのですが一つ一つがそれぞれ変わった味なのです。


 ちまちま食べながら私は横目でティナを見ると、ティナはひょいぱくと平気で食べています。


 すごい。平気に食べる。


 ティナは水を含み、素早く料理を口にいれ、大きく喉を鳴らします。


 …………ん!?


「ティナ、もしかして飲んでる?」


 見る限り噛んでいる様子はなく、水を含みつつ、料理を口にいれて、水と一緒に飲んでいるようです。


 ティナは悪事がバレたように固まり、ゆっくりと私へと顔を向けて、首を振り始めます。


「……噛みなよ」


 するとティナは目を瞑りながら、ぷるぷると首を振ります。

 そして口の中のものをごっくりと飲み込みます。


「……だ、だって」


 ティナは私から目を逸らして答えます。


「晩餐だよ。罰が当たるよ。栄えある村長の娘がそんなことしていいの?」

「うっ!」


 そう言われては不正はできないと感じたのでしょう。

 ティナは水を口に含まずに、箸で木苺のような赤い実の料理を摘まみます。それは甘くはなく、むしろ辛いのです。しかも唐辛子のような辛さでなく、胡椒こしょうの塊のような苦辛さなのです。


「がんばろ」

「……ええ」


 数拍置いてからティナは目を瞑り、赤い実を食べます。


「ん、んんん!?」


 過激な味に堪えているティナの顔が赤くなります。

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