第20話 魔法講義

 今日の青空教室は魔法講義とあって多くの大人達が手伝いにきています。


 子供達は班分けされて、班ひとつひとつに大人が一人付き添うことになっています。

 私の班はチノ、カエデ、ティナ。そして手伝い講師としてセリーヌさんが。


 まずクレア先生からの魔法の座学から始まります。

 魔法の仕組みについてはほとんどの生徒が前もって知っています。知っていなくてもだいたいこういう手順というのを分かっているでしょう。魔法は私達の生活に必要不可欠なものですので、親や大人達が使用しているのを見た子はいるでしょう。


 よっぽどな箱入り娘でない限り、魔法を目の前で見たことがない子はいないでしょう。


 けれど思い当たる人物が二人います。

 ティナとカエデです。


 ティナは村長の娘、カエデは町出身で家にはメイドさんがいます。


  ◇ ◇ ◇


 座学の後、それぞれの班に集まって大人の指導の下で実習が始まります。

 班一つ一つ広く距離を取っているので他の班が上手くやっているのか見えづらいです。


「こらチノ! こっちを見る!」


 セリーヌさんが怒声を上げてチノを叱ります。

 私も余所見をしていたので、私も怒られた思い、驚きました。


「すみません」


 チノが縮こまって謝ります。

 私も心の中で一緒に謝りました。


「皆も他の班に気をとられたりしたら駄目だからね。しっかり自分のことをするように。分かった?」

『はい』


 セリーヌさんはぴりぴりしています。いえ、セリーヌさんだけではありません。大人全員が今日は怖いです。

 それだけ魔法実習はしっかり真面目に取り組まないといけないものなのでしょう。


「いいかい? 不真面目や悪ふざけは許さないからね。だらだらやったらひっぱたくからね!」


 とセリーヌさんは私達に凄みます。

 鬼教官です。怖いです。


『はい!』


 何もここまで真面目に取り組まなくてもと思いつつ私達は今日は大人しくしようと決めます。


「まずミウ、照明魔法を」

「はい!」


 私は列から前に出ます。そして手の平を上にして両腕を前に出します。


 照明魔法は光を発するだけなので問題ありません。

 私は両の手の平から白い光の玉が生み出します。


「よし掲げろ」


 言われた通り、私は手の平を空へと上げます。


「次、発光を強く」


 私はマナに力を込めて発光を強くさせます。

 自分でも直視するのがつらく目を細めます。


「もういい。消去」


 セリーヌさん額に手でひさしを作って言いました。


「はい!」


 私は光の玉を消しました。

 網膜が焼けたので視界に光の残像が残っています。


「戻れ。次、チノ!」

「は、はい!」


 入れ違いでチノが前に出ます。


「ミウがやったように」

「はい!」


 チノは手の平を上にして腕を前に出します。

 一度息を大きく吐いた後にチノは光の玉を生み出します。


「よし。次、上にして強く輝かせろ」


 チノは手を上げて、光の玉を強く輝かせようとします。


 しかし、なかなか光が強くなりません。


「うっ、うう」


 チノはマナを光の玉へと込めようしているのですが上手くいっていないようです。


「ゆっくりでいい。光の玉を維持しつつ、マナを送り、操るんだ。光の玉を大きくするんじゃない。強く輝かせるようにするんだ」


 そういえば私も母から教わった時に輝かせようとすると間違って光の玉を大きくしてしまいました。そこがマナの使い方が難しいところなのです。


「マナを足すんじゃない。錬度を高めるように」


 チノはなんとか光を強くさせました。


「よし。もういいぞ」


 セリーヌさんに言われ、チノは光の玉を消しました。


「はふぅ~」


 チノは疲れで地面にへたりこみました。

 セリーヌさんがハンドタオルを出してチノの額の汗を拭きます。


「よくやった。上出来じょうできだ」


 見ている私達の手にも汗ができていました。


「立てるか?」

「はひぃ~」


 チノはよろよろと立ち上がり列に戻ってきました。列に戻ってきたチノは地面に座ります。

 それにセリーヌさんは咎めませんでした。


「次、ティナ」

「はい!」


 ティナは緊張しているのか前に出す腕と足が一緒です。


「光の玉を出せ」

「は、はい!」


 ティナは手の平上にして腕を前に真っ直ぐ伸ばします。


「そんなに真っ直ぐにしなくていい。肘を少し曲げろ」

「はい!」


 ティナは肘を曲げるのですが手の平が自分に向いちゃいます。

 セリーヌさんが補助をして形を作ります。


「肩の力を抜いて。ゆっくりでいいから」

「はい!」


 ティナは両手から光の玉を出します。

 しかし、2つだったのです。


「1つを消して」

「は、はい」


 その声に焦りが見えます。

 すると光の玉が2つとも消えました。


「せ、先生! ど、どうしましょう」


 セリーヌさんは先生ではないのですが、少しパニクったティナは間違えたことも気付かず、セリーヌさんに聞きます。


「もう一回。イメージよ。イメージ。1つだけ生み出すの。無理だったら左手は下げていいから」


 鬼教官のような面影は消えてセリーヌは優しくティナに教えます。


「はい。分かりました」


 ティナはもう一度挑戦します。

 そして光の玉が生まれます。


「や、やりました」

「上出来よ。さ、次は上に。そして光を強く」

「はい!」


 ティナはゆっくりと腕を上げて、光の玉の輝きを強く光らせます。


「いいぞ。上出来だ。……消していいぞ」


 ティナは息を吐いて、光の玉を消します。


「列に戻れ」

「はい」


 残りはカエデです。

 セリーヌさんは手を握ったり開いたりしています。


 どうしたのでしょうか。セリーヌさんは視線を投げるだけで何もいいません。

 ティナが列に戻ってきました。列に戻ってきたティナも不思議そうな顔をします。


「……次、カエデ!」

「はい!」


 とうとうカエデの番がきました。


「いいかい? 小さくでいいんだ。小さくだ」


 セリーヌさん手を使って抑えるようなジェスチャーをします。


「はい。分かっています」


 ん? その言い方は何かおかしいような? 

『分かりました』ではなく『分かっています』と。


 カエデは右手だけを前に向け、手の平を上にします。

 その動作で気付きました。


 そっか!


 カエデはマナのB型マナ余剰放出症候群でした。


 マナのコントロールが難しい病です。


 本人も知らないうちにたくさんのマナを放出するというやっかいな病だそうです。


 セリーヌさんもそのことを知っているのでしょう。ですからカエデには小さくでいいと言うのでしょう。


 カエデの右手の平から飴玉ほどの小さい光が生まれます。ここからでは目を細めないといけないくらいに小さいです。


「よし。手は上げなくていいから光らせて」

「はい」


 すると光の玉は強く輝きます。

 それは小さくてもここにいる私達に手の平を顔の前にあてるくらいに。


「もういいわ! 消して!」


 セリーヌさんが眩しさで片目を閉じて命じます。


「分かりました」


 カエデが光の玉を消します。


「さ、戻って」

「あのう? これで良かったんですか?」

「次は対モンスター迎撃魔法を教えるからそれでいいのよ。ここで疲れて倒れたら本末転倒でしょ」


 そうでした。この後、迎撃魔法の実習があるんでした。すっかり忘れてました。

 カエデが列に戻ってきてセリーヌさんが、


「ではこれより魔石を使った初級迎撃魔法を教えます。初級迎撃魔法はマナを込めれば発動するので難しくはない。だが、危険なものだから真面目に取り組むように! 分かった?」

『はい!』


 セリーヌさんはまた鬼教官モードになります。


  ◇ ◇ ◇


 初級迎撃魔法はセリーヌさんの言う通りなんなく発動し、カエデまで誰も失敗せずスムーズに進みました。


「よし。次、カエデ」

「はい!」


 カエデは返事よく前に出ます。

 セリーヌさんは青い小さい魔石が嵌まった杖をカエデに握らせます。


「ゆっくりだぞ」

「はい!」


 カエデはしっかり頷いた。


「マナを注いだら水が生まれるから。そしたらそれを前に放って。あの的にね」


 セリーヌさんの指す方には木の板でできたひし形の的があります。

 カエデが左手で握った杖の魔石に右手を近付けマナを注ぐと魔石から水が生まれます。


「よし。魔石のある方を的に向けて。先程、光の玉を強く輝かせたようにマナを動かして。後は杖が勝手にしてくれるから」


 カエデは的に杖を向け、


「いっけー」

 と叫びました。


 音を立てて大量の水が渦を巻いて的に向かいます。まるで水の竜巻です。ただ下から上でなく横に飛ぶ竜巻ですが。


「すげえ」


 チノが呟きました。

 水は的に当たりました。


「よし。もういいぞ」


 しかし、


「あ、あの止まりません!」


 カエデが悲鳴を上げます。


 水の竜巻は勢いを増します。

 そして的が壊れました。竜巻は伸び、他の班の練習場所まで飛びます。


「ぎゃあー!」


 他の班の子の驚きと悲鳴交じりの声が聞こえます。


 水の竜巻は他の班の所まで伸びて地面に当たっています。今のところ、誰かに当たったりはしていません。


「カエデ! 杖を離せ!」


 セリーヌさんが声を上げて指示を出します。


「え? で、でも、今、離したら……あの」


 カエデは困惑した声を出します。

 セリーヌさんが杖を掴み、


「離せ!」

「はい!」


 カエデは杖から手を離し、後退しました。セリーヌさんは杖を操作して水の竜巻を消します。


「ふう」

「す、すみま……」


 そこでカエデが後ろ向きに倒れました。


「カエデ!」


 心配で私達もカエデの下に近寄りました。


「セリーヌ! 何があったの?」


 異変を察知してクレア先生が来ました。他にも実習を中断して大人や生徒が集まってきます。


 セリーヌさんはカエデを抱え、


「救護班は?」


 もしもの時のために救護班が待機しているのです。


「こっちよ。スピカあとお願い」


 クレア先生がカエデを抱えたセリーヌさんを先導します。


「クレア先生の班とセリーヌの班はこっちに集まって」


 スピカお姉さんが両班を集めます。


「二人の班はどこまでやったの?」

「水の初級迎撃魔法を終わらせたところです」


 私が答えるとクレア班の生徒も、


「こっちもです」

「そう。ならここでじっとしていなさい」


  ◇ ◇ ◇


「すごかったな」


 チノがぽつりと言いました。


「あれも病気なのか?」

「たぶん。体がマナを大量に消費するんだって」

「へー、すごいけど大変なんだな」


 待っている間、ほとんどの班が実習を終わらせました。

 スピカお姉さんの班も終わらせ、私達はクレア先生の班と共に解散を言われました。


 しかし、私達はスピカお姉さんに救護班の場所を聞きました。スピカお姉さんは私達が見舞いに伺うと分かって、


「帰りなさい」


 と優しく諭されました。


 仕方ないので私達は帰ることにします。

 村出身のティナとはすぐに別れ、私はチノと一緒にユーリヤの森へと帰路についています。


「なんで水魔法だったんだろうな?」

「火や雷だと危険でしょ」


 想像しているのでしょうか。チノは黙っています。そして、


「確かに火だったら焼け野原になってたかもな」

「セリーヌさんや大人の人が付き添っているから大惨事にはならないけど危険でしょうね」

「やっぱ今日の魔法講義って遠足のためか?」


 チノにしては鋭いです。


「たぶんそうだと思う」

「危険なのか?」

「それは……ないでしょ。近くの山だよ」

「でもここ最近、モンスターが過激化してるらしいぞ」

「そうなの?」


 それは初耳です。


「だから今日のはいざって時のための魔法講義だってさ」


 私は立ち止まり考えます。

 今日の魔法講義は照明魔法と迎撃魔法です。照明魔法の光の玉は迷い子になったときなどに役立つ魔法でしょうけど、迎撃魔法は……。


「ミウ?」

「ん~、そうなのかな?」

「そうだって。何? びびってんのか? 私に任せな?」


 お? 一人称が『俺』でなく『私』になってる。


「馬鹿ね。びびってないわよ。それに私はあなたより魔法が使えるのよ」


 私は歩き始めます。


「馬鹿とは何だよ!」

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