幸せの王子の恋

雪うさこ

第1章 恋、始めます

第1話 部長と書いて「かんとく」と読む


「暑い……。夏なんて嫌いだ」


気怠けだるそうに呟いた男は、眼鏡を外してからタオルで顔を拭った。

小針こばり結助ゆうすけ––––それが彼の名前。

身長173センチメートルの痩せた体型だ。

白い開襟のワイシャツに、紫紺色の学生服ズボンを纏っている。

この制服の色は独特であるが、歴代の先輩たちから受け継がれた誇るべきあおい高等学校生徒である証なのだ。

彼は黒縁の眼鏡で、黒髪を真ん中で分けている冴えない、さほどオシャレでもない風貌であった。


その横で、アイスを頬張っていた小柄な男はしらっとした顔をして無言だった。


「おい、無視かよ」


「うるさいな。本当。かんとくは」


「なに?」


「本当のことじゃないか」


「だから、」


「だったら教室の中に入ればいいじゃん。ベランダにいるから暑いんだろう?」


「どこにいたって暑いの!」


文句を言われた小針は、首から下げている厚紙で出来たメガホンを手にして大声で叫び出した。


「暑い〜! あ、つ、い〜!」


すると、後ろの窓が豪快に開いて、丸められた紙でぽんと頭を叩かれた。


「何をする! ひらく!」


「うるさいんだよ! かんとく! こっちが参るだろうが」


振り向いて視線をやると、そこには少し茶色掛った髪の男が眉間にシワを寄せて立っていた。


身長168センチメートル。

中肉中背で人当たりの良さそうな顔。

切れ長の瞳は猫を彷彿させる。

小針は、先日後輩たちが「拓先輩はクールビューティだもんな」と噂をしているのを小耳に挟んで妙に納得してしまったことを思い出す。


この部活のメンバーで、他校女子高校生の人気投票ナンバーワンの男、副部長の佐野ひらくである。


彼らはあおい高等学校3年生。

合唱部、いやあおい高等学校では合唱部を「音楽部」と呼んでいた。

現在、音楽部は8月末に開催される地区予選コンクールに向けて目下練習中である。

そして、このバカみたいに騒いでいる男は……。


「部長のクセに、示しがつかないだろう?いい加減に部長としての自覚を持てよ」


そう。

彼は、あおい高等学校音楽部代41代目部長の小針こばり結助ゆうすけだ。

みんなに「かんとく」の愛称で呼ばれている。

愛称の由来は、部長として50名余りの部員を束ねなくてはいけないため、部長に指名された際、自ら編み出したグッズ、お手製メガホンを使用しているからだ。


だが、そんな時代錯誤の代物なんて誰が受けれ入れるだろうか。

正直、「かんとく」という愛称は、敬意を表するというよりは、ちょっと馬鹿にされていると理解したほうがいいのかも知れないのだが、本人はそこまで気がついてない様子だと、彼の隣でアイスを頬張っている大橋冬和とわは思う。


彼は、三人の中でも一番小柄、身長165センチメートル。

銀縁の眼鏡をかけており、黒い髪を揺らす。

痩せていて貧相なイメージも与えるが、くるりんとした二重の瞳は、小動物のような愛らしさがみて取れた。


冬和とわもサボっているな。練習するぞ」


「は〜い。ひらくちゃんは厳しいんだもんな〜」


大橋はアイスを頬張ってから、音楽室に戻る。

小針も仕方なしにそれに続いた。


総勢50名の男子高校生の群れは暑苦しい。

なんだか午後の練習が憂鬱に感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る