ヴァルトシュタイン インザダーク

春嵐

ヴァルトシュタイン インザダーク

闘え。


頭のなかで、声が聞こえる。闘え。倒せ。しかし支配するな。新たな敵を探せ。

自分にしか聞こえない声だと気付いたのは、保育園のとき。同じ部屋の園児を全員倒し、先生をどう倒すか考えていたとき。

先生に捕まえられて、女の子なのになぜこんなことをするのかと問われ、頭のなかの声が自分のものだけだと知った。

同じ部屋の園児全員に謝って、事なきを得た。


そのあと先生を倒し、親を倒し、しかし支配はせず、新しい敵を探した。

ちょうどケータイ電話やらポケベルやらが流行りはじめた頃だったので、でたらめに電話を掛けて闘った。


いつのまにか、やくざや警察官とも争うようになった。両方に同時に勝つのは難しいので、片方と手を組んでもう片方を倒し、その上であらためて内部闘争を仕掛けて倒した。

闘え。闘え。

声はやまない。声にしたがって、闘い続けた。

いくつか戦場への誘いがあったけど、断った。支配するための戦いには興味がない。私は、声にしたがって、闘うのみ。


望まれずに産まれた子だった。

犯罪ゆえではない。子供ができないことで別れたカップルの、子供。関係修復が不可能になって別れてから、私と胎盤が繋がった。

声は、家族関係と関連はない。父親とも母親とも関係は悪くない。というより、倒した相手に興味がない。

恋人はいない。支配されたくない。

声が、日増しに小さくなっていくような気がする。


こわい。


声にしたがって、闘い、倒し、敵を探し続けてきた。声がなくなったら、私は何に従って生きればいいのだろう。


恐怖は、私を少しおかしくした。両親に、なぜ自分を産んだのか詰問した。理由なんてないはずなのに。たまたま私と胎盤が繋がっただけで、たまたまタイミングが悪く、別れてから産まれたというだけで。


帰ってきた答えは、想定のど真ん中だった。産まなければよかった。あなたさえいなければ。


そのとき、理解した。


声は、自分自身から出ているのだと。


望まれずに産まれた自分には、なんとかして自我を世界に定着させて同一性を保たなければならず、プリミティヴな自分がそのとき手に取ったのが闘争本能だったのだと。


声は、聞こえなくなった。

必要がなくなってしまったのだろう。

そして私は、闘うことをやめた。


まず最初に、闘争本能以外の行為をすることからはじめた。


とりあえず、親を愛した。結局復縁までは至らなかったが、父親と母親の仲を取り持っていくらか安定させることはできた。


しかし、ある程度でやめておいた。あなたを産んでよかったと言われそうだったから。それを聞けば、たぶんまた闘いの声を聞くことになる。

私は、父親と母親の仲を取り持つために産まれたわけではない。


恋人を作った。

異性だと親の間違いを継承する気がしたので、同性にした。闘争本能が役に立った。闘う女性は、同性に好かれやすい。


人を愛することができたと感じたとき、同時に肚のなかに悪いものができた。悪性腫瘍というらしい。


悪という言葉に、安心した。


人としての自我と、闘争と、愛。

次に手に入れるべきものが、悪だったから。

両親に詰問したときのようなおかしさに踏み込まなければならなかったから。

でも、私の悪は私の中ではなく、身体に出てきてくれた。そして、この悪は私を殺してくれる。


精一杯、苦しんだ。肚から腕、足、脳にまで転移して最後の最後まで私を寝かせなかった。


楽しかった。

闘い、愛し、悪に焼かれて死ぬ。

幸せな人生だ。


悔いがあるとすれば、あまり男性と関わりを持たなかったことか。病床で医師に、闘争本能は男性に強く出るのだと聞いた。闘う対象の性別なんて、まったく気にしなかった。


次の人生があるとしたら、男性を愛そう。子供も作ってみたい。でも、同性にも好かれたいから、私の性別は女性がいいな。


やがて目が見えなくなり、身体が動かなくなり、何も考えられなくなった。命が尽きたのだろう。


声。


声が聞こえる。


あなたはよく闘いました。ありがとう。ありがとう。そう繰り返している。


私も、応えた。声に声で応えるのは、はじめてかもしれない。


ありがとう。こんな私に声をかけてくれて。あなたの声のおかげで、幸せな人生でした。ありがとう。


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