レトロカブリオレの魔族オンナ

 どうして、ニコがここに? クーゴンに救出してもらったのではないのか? もしや、一度は助かったが、またさらわれた?


「今は、考えても仕方ありませんわね」


 状況がわからない以上、今はこの街を脱出するしかない。


 だが、妙なこともあった。ニコの服装だ。上品なスーツと半ズボンといういでたちから、軍人が着るような制服に変わっている。

 いつの間に着替える時間があったのだろう? おもらしでもしたのだろうか。それでも、下を穿き替えれば終わりだ。


 謎は深まるばかり。


「このままだと、動きにくいですわね」


 ミレイアは魔女のアイテムボックスを展開させた。

 着物を一瞬で虚空の広がる空間へと直して、同じ動作でメイド服に姿を変える。

 こういうとき、魔女の力は便利だ。


「やはり、こちらの方がしっくりきますわね」


 メイド服の質感を確認する。


「えらく荒廃していますが、人はいるのでしょうか?」

『おらへん。どうやら隔離空間みたいやな?』

「あなたと閉じ込められた、夢の世界みたいな感じですか?」

『せや。シンだら消滅するかも知れへんのも、同じやろう』


 その代わり、何を破壊しても問題ない。


「とはいえ、こちらにはニコがいるんですよね?」


 少年がこちらを見る。いつの間にか泣き止んでいた。


「あの、お姉さんは?」


 ミレイアを初めて見るかのような態度を示す。


「はあ? わたくしはミレイアでございますよ?」

「ミレイアさん? あの、ボクは」

「名乗らなくて結構。わたくしは存じ上げておりますわ。それより」


 悪魔どもが、少年の気配に気づいて集まっている。

 これまでの規模より遥かに多い。さすがラスボスだ。こんな大量に配下を引き連れてくるとは。


「今はお掃除のほうが先ですわ! 【太き者】!」

『せやな! 派手にやろか!』


 いつもより派手な触手型ムチを展開し、ミレイアは暴れまわる。


 右の敵は、ムチで真っ二つに。左に敵がいれば、銃撃でハチの巣にしていった。


「わああああ!」


 魔物に四方を囲まれ、ニコが完全に萎縮してしまう。本当に、武術の心得はないようだ。


「では、と」


 魔の城を攻略したときに使用した、特殊球体障壁を喚び出す。その球体へ、ミレイアはニコを閉じ込めた。


 ボールの中でしゃがみながら、ニコが構造を確認する。


「そこでおとなしくなさい」


 ニコをさらに攻撃しようとした魔物に、一発足蹴りをお見舞いした。倒れたデーモンの顔面を、ヒールで踏み潰す。


 眉間をピンヒールで貫かれ、魔物がチリと化した。


 この中にいれば、ミレイアが撃退した魔物の経験値もニコに入る。


「いやはや、いつにもまして大人数ですわね!」


 数だけではない。ほとんどの敵が上位種のデーモンだ。それでも、ミレイアの敵ではないが。


『そりゃあ、勇者の血族やしな! 命がけやろ!』


 見たこともない街だ。逃げれば出られるのか、それとも何か特定の魔物を倒せば出られるのか。


 一台のカブリオレ型クラシックカー、いわゆるオープンカーが、ミレイアたちにむかって走ってきた。石油燃料で動く乗り物など、王族くらいしか使用が許されていないが。


 しかも、オープンカーだというのに人がボンネットに乗っている。ミニスカートの女が大股開きで突っ込んできた。運転しているのは、アフロヘアのガイコツである。スケルトンのサングラスは、ボンネットのオンナと同じハート型だった。


「こっちへ来ますよ!」

「わかっていますわ」


 焦るニコに対し、ミレイアは冷静に対処する。


 まったく減速をせず、レトロのオープンカーはミレイアをはね飛ばそうとした。


 体当たりスレスレの距離で、ミレイアは難なくかわす。


 オープンカーに乗った女は、魔族らしかった。マニキュアも口紅も白い。


 すれ違いざま、女はこちらに向けて中指を突き立てた。


「あれに聞けば、脱出方法がわかりますかも」


 またしても、オープンカーはUターンしてくる。


 猛然と迫ってくるレトロカーを、ミレイアはギリギリで避けた。


 こちらも、乗り物を探す。


『ミレイア、ええもんがあったで』

「おお。これは」


 クラシカルなバイクが、道端に乗り捨ててあるではないか。カラーや装備からして、軍用だ。


 ミレイアは、無数のムチをクネクネ動かしてバイクを起こす。


 オープンカーがバイクをはね飛ばそうとする。


「おっと」


 ムチを操作して、ミレイアは車体を浮上させた。


「動きますの、これ?」

『んなもん、無理やり動かすんや』


 ムチがひとりでに動き、バイクの不良部分を直していく。


『故障部分は、大したことないやんけ』

「ですわね」


 車体をおろし、ミレイアは中指を突き立てた。バイクにまたがり、キーシリンダーに中指を差し込む。


 エンジンが、野太い唸り声を上げた。


『我が中身いじっといたわ。問題ないやろ』

「上出来で……すわっと!」


 またオープンカーが攻撃してくる。

 ウィリーで、車の攻撃をさばく。


『なんやあいつ、逃げていきよるで?』


 燃え盛る街を、レトロオープンカーは疾走する。


「追いかけましょう」

『よっしゃ。魔力で動くようにしといたるさかい、ガス欠は気にせんでええで!』

「承知しました。では坊ちゃま、反撃といきましょうか」


 ニコに微笑みかけて、ミレイアはアクセルを全開にした。

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