ミレイアのお見合いレッスン

……アカン、どないしょう?


 顔こそ平静を保っているが、ミレイアは内心で焦っていた。地元訛りが出てきてしまうほどに。



 正直、彼を男にするにはどうすればいいのかわからない。 


 既成事実を作る手も考えた。そうすれば、手っ取り早くオトナにできる。


 が、それでは本当の意味で度胸はつかないだろう。

 第一、オトナになることと男になることは別問題だ。

 見合いを成立させるには、男にならなくては。


 まして、自分はいまだに処女だ。見た目だけなら、経験豊富を装っているが。殿方を満足させられるのかどうか。


「とにかく、座りましょう」


 ニコを適当に座らせた。


 ミレイアは、ニコのすぐ隣の席に。

 向かいの席にと思ったが、ニコは女性とのふれあい自体に乏しかろうと思ったからだ。


「では、レッスンを始めます。普段はどうなされているので?」

「読書ばかりです。でも英雄譚とかではなく、経営学や人間心理などに興味はあります。ですが、頭に入っているかどうか」

「それだとお勉強ですね。結構です。他に何かご趣味は?」

「盆栽か、生花です」


 えらく渋い趣味である。


「おじさまの影響で、よく作るんです。もっともそこまでセンスがあるわけではなく」


 美的センスは養われない。しかし、精神統一の一環にはなっていると、ニコは語る。


「男爵にえらくご執心のようで」

「はい。理想の男性像を挙げろといわれたら、真っ先におじさまと言います」

「では、剣術なども?」


 ニコは、軽く首を振った。


「お前に武器は似合わないと、言われてしまいました。武器は自分が取るから、お前は世界のためになる学習をせよと」


 両親も、同意見だという。


「ご本人も、あまり武術などは嗜まない感じですかね?」

「そうですね。得意ではないです。護身術くらいなら学ぶ必要性を感じていますが、どうにも」


 運動神経が鈍いらしく、体を動かすことは全般苦手らしい。


「でも、知っていましたか? おじさまも昔は弱虫だったそうですよ? この世界に来る前も、いじめられっ子だったって」

「まさか! あれだけ鬼神のような強さを持つ男爵が!」

「本当です。実はトゥーリ・コイヴマキになる前から、何もできない男の子だったそうです」


 信じられなかった。


 魔王を倒すほどの強さを持つトゥーリ・コイヴマキが、そんなモヤシだったなんて。


 しかし、聞いたことがある。男爵より、妹君のほうが強かったと。


 ミレイアと運命共同体となった魔女アジ・ダ・ハーカも、元は妹と相打ちになったと聞く。


「それが、どうして勇者となるまでに?」


 秘訣でもあったのだろうか? そもそも、強いから勇者として召喚されたのではなかったのか? 召喚者は、どれだけの博打を打ったのか。


「なんでも、べらぼうに強いメイドに鍛えられて今に至るとか!」

「何者ですか?」


 ミレイアは尋ねてみたが、ニコは首を振った。


「どこへでもなく、いずこかへ消えていったそうです」


 それ以降、トゥーリは一日も欠かさず鍛錬を続けているとか。


「まさか、例のコージ・ミフネ?」

「それって、何百年も前の人物ですよね? おじさまの若い頃でさえ、存在していないと思いますよ?」

「そうですね、って……」


 いけない。男爵の話題になってしまった。

 今日の主役はニコである。

 もっと情報を聞き出さねば。


「あなたのお話を、もっと聞かせてくださいまし」


 ミレイアは、ニコの手の甲に自分の手を乗せた。


「ちょっとミレイアさん。手が」

「こんなの、スキンシップのうちにも入りませんわ。いちいちドキドキなさっていると、もちませんわよ」


 これはトレーニングである。多少のタッチは大目に見ることに。胸も触らせようかとも思ったが、さすがにビッチ過ぎると思ってやめた。


『よう言うわ。自分も男爵に手を握られると、舞い上がるくせに』


太陽より尊きものオバサン】から、ツッコミが入る。


「あなたは黙ってなさい。舌を食いちぎりますよ?」


 虚空に向けて、ミレイアは吐き捨てた。


「誰とお話をしているので?」

「なんでもありませんわ。コバエがたかっているだけです。もう、お掃除は欠かしていませんのに」

「ボク、ミレイアさんのお話が聞きたいです」


 それはいい心がけである。質問の応酬は、コミュニケーションを円滑にすると聞く。


「普段は、どのようなことをお考えで?」

「寝ても覚めても、男爵様のことで頭がいっぱいですわ」

「ここのところ戦闘ばかりで、お疲れではないですか?」

「それはもう。けれど男爵様がいれば、すぐリフレッシュできますわ」


 この間も温泉を共にできて、気持ちがほぐれたのを思い出す。


「大切なものってありますか」

「男爵様さえいれば、他に何も。自分の命さえ……あ」


 いけない。ついつい、男爵のことばかり話してしまう。


「申し訳ありません」

「いいえ。それだけおじさまは愛されているということですから。おじさまを慕う者同士で、語り合いませんか?」


 この子は、いい子なのかも知れない。ミレイアが自分のエゴばかり話しているのに、嫌な顔ひとつしなかった。



 それだけに、つっぱねてしまった罪悪感が膨れ上がる。

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