元婚約者の保護

 丸一日後、ミレイアは復帰した。


「もういいのかい、ミレイア?」

「はい。万全です。ご迷惑をおかけしました」


 まだ脚がふらついているが、動けないわけではない。できるだけ男爵を心配させないように振る舞う。


「それより、ニコ様のお顔が優れない様子ですが」

「ああ。これを見てくれるかい?」


 ニコの持っていた手紙を、ミレイアは読ませてもらう。


「命を狙われている。どうにか保護を依頼したく思います、と」


 ここ数日、ニコの周りで不審な現象が度々起きた。


 学校では放火が。仲のよかった庭師が、転落して負傷した。お付きのメイドも、次々と体調不良に。


 事態を重く見たニコの両親は、祖母ニナの兄であるトゥーリを頼ることに決めた。伝説の勇者が相手なら、敵も危害を加えないだろうと。


「相手は狡猾です。どの様な手段を取るかわかりません。ですが、わたくしがサポート致します」

「お願いできるかい、ミレイア」

「承知致しました。これよりこのミレイア、ニコ様の警護に当たります」


 チビの相手なんて、本来なら御免こうむる。

 まして、彼は自分の婚約者だ。相手は気づいていないかも知れないが。


「心強いよ。ありがとうミレイア。でも、ムリをしてはダメだよ」

「それはもう、心得ております」


 バレなければいいのだ。

 すべて落ち着けば、いずれ正式にお断りをすればいい。


「ではニコ様、お茶をお淹れ致します」

「ありがとうございます。ごちそうになります」


 ミレイアはお茶を淹れる。

 冷ます目的と、子供の舌に合わせて、ミルクティーだ。


 それでも熱いのだろう。ニコは「フーフー」と、息を吹きかけながらカップに口をつける。


 ああ、男爵が相手ならこちらでフーフーしてあげるのに!


「おいしいです! ウチのメイドさんのもおいしいけれど、濃いんですよ。こちらのお茶は、ちょうどいい」

「ほうじ茶ラテでございます」


 紅茶もほうじ茶も、同じ茶葉を使っている。


 男爵は紅茶よりほうじ茶のほうが好きらしく、「故郷を思い出す」とよく嗜んでいた。

 

 ミレイア的には、香りが引き立つ紅茶の方がエレガントだと思うのだが。


「お口に合いましたでしょうか?」

「はい。ボクはまだ子どもだけれど、懐かしさがあります」


 やはり血がつながっているだけあって、シンクロする面があるのだろう。


「お熱いようでしたら、ミルクを追加なさいますか? より一層、まろやかになります」

「ありがとうございます。お願いします」


 ニコのリクエストに応えて、ミレイアはカップにミルクを追加した。


「うん。もっとおいしくなりました」

「よかったです」


 カップを見つめながら、ニコが微笑む。


「お見合いが成立していたら、ボクにもこういうお茶を楽しむ時間があったんだろうな」


 ミレイアの顔が、ひきつった。


 ニコの見合いを断った相手は今、目の前にいる。


「見合いか。もうそんな歳になったんだね」

「でもボク、嫌われちゃいまして」


 皮肉めいた笑みを浮かべて、ニコは語りだす。置き手紙一枚だけで、フラレてしまったと。


「次期領主として、市民を助けるものとして、何より男としての覚悟が、ボクには足りなかったんです。もっと修行が必要ですね」

「それは違います」


 たまらなくなって、ミレイアが口を挟む。


「ミレイア?」

「……と思います」


 思わず言い切りそうになって、慌ててミレイアは訂正した。


「たしかに、ニコ様はお若いです。ですが、若さがどんなマイナスになるというのでしょう? 若さがあるなら柔軟なお考えとスピードで、困難な局面を乗り切れますでしょうし、古い習慣をマイルドに伝えていけるかと」


 そこまで話して、ミレイアは我に返る。


「申し訳ありません。メイド風情が出すぎたマネを」

「いいえ。ありがとうございます。ミレイアさんは、ボクを気遣ってくださったんですよね? 甘やかすでも、褒めちぎるでもない。芯のあるお言葉でした」


 称賛を受けて、ミレイアは黙礼した。


 自分のせいではないのに、ニコは自身を責めている。


 ミレイアは、卑しい己を恥じた。どうせグチの一つでもこぼすのだろうと、どこかで期待していたのだ。もっと嫌ってくれてもいいのに。


 やはり、彼はトゥーリ・コイヴマキの血縁者だ。決して、人を貶めたり、影で悪口を言うような人ではない。


 どうして自分は、ニコを信じてあげられなかったのか。


「ミレイアさんが、ボクの婚約者ならよかったな」

「はあ……」


 ミレイアは、モジモジする。まさに自分は、ニコの元婚約者なのだ。


「婚約者様のご両親は、どうなされていますでしょうか?」

「世界中を探し待っていると、聞きました。『あんな気丈な女が、崖から転落死なんてありえない。あれは殺しても死なない』と」


 やはり、あきらめていなかったか。


「ですが、ボクが男としてまだ未熟だというのはわかります。魔族に狙われて逃げ回っているような男ですから」

「そんなに相手を思っているなら、そこまで女性ウケしないとも思えないけれどね。そうだ」


 男爵が、ポンと手を叩く。


「ミレイア、彼に稽古をつけてあげなさい」

「わたくしが彼に、武術指導ですか?」


 護身術程度なら、いいか。




「そうじゃないよ。お見合いの練習相手になってあげてくれ」

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