即落ち二コマ

 数日後、またも屋敷のドアがノックされた。朝っぱらから。


『王立騎士団隊長のエリザベートよ! 約束の期限が過ぎたわ! ここを開けなさい!』


 玄関の壁は分厚い。なのに、この響きよう。相変わらず、エリザは声がデカかった。


「また、騎士団ですわ」


 来るとわかっていても、うっとうしい。


 かわいそうに、アメスが怯えていた。

 ことによっては、彼女は牢屋に入れられてしまう。


「大丈夫ですよ。ご安心を」

 ミレイアが、アメスの側につく。


「俺が行く。オマエさんだと角が立つ。話が進まなくなるからな」

「お願いします」

 ゴリラ同士なら、うまくなだめてくれるだろう。


「こんばんは、エリザお嬢様」

 紳士的態度で、クーゴンが応対した。


 こんな顔や声も出せるのか。


 エリザの様子がおかしい。


「ひゃ、ひゃい。こここ、こんばんは」


 妙にかしこまって、エリザは直立した。目がランランと輝いている。


「ようこそ、男爵の屋敷へ。お茶をお淹れしましょう」


「お願いします。ウヘヘ」

 気持ち悪い顔になりながら、エリザはソファーに着席した。


「お茶をお持ちしました」

「ありがとうございます。いい香り」


 クーゴンに振る舞われた紅茶をいただきながら、エリザはうっとりしている。


「モーニングティーですから、目の冴える葉を選びました。ご満足いただけましたか」

「はい! 目が覚めるほどの美味しさですわ!」


 イケメンモードのクーゴンに、エリザはすっかりメロメロのご様子だ。


 エリザはゴリラに任せ、ミレイアはイルマの方を接客する。

 男爵の朝食も作った。



「なんですの、あれは」

 虫を見るような目で、ミレイアはエリザの様子をうかがう。



「あれは、恋する乙女の目ですね」

 お供のイルマが、呆れたようにため息をつく。


「エリザたいちょーって、ちっこいでしょ? だから、筋肉質で大きな体型のイケメンに目がないんです」


 自分に足りない要素を持つ異性に、恋をするタイプらしい。


 たしかに、クーゴンはコワモテ系のイケメンだ。

 並のマッチョに比べて、顔が整っている方と言えなくもない。だが。



「理解できませんわ。こんなゴリマッチョの、どこがいいのか」



 ミレイアはゴリマッチョを好きになれない。

 厳格な父親を思い出すからである。


 強引なマッチョイズムで、娘の意見を尊重しない。

 強引にすべてを決めてきてしまう。結婚話がそうだ。

 なので、ゴリマッチョに対する慈悲の心はない。


「ですよねー。たいちょーには、ゆりの花園がお似合いですぅ」

 ニヘラ、と微笑みながら、イルマはミレイアとエリザを交互に見る。



「そ、そんなことより、連絡よ! あんた」

 我に返ったエリザが、ミレイアを指差す。


 やはり話題は、アメスの引き渡しだった。


「姫様、どうにか、なりませんか?」


「いくらクーゴン様のお願いでも、こればかりは……」

 目にハートを灯しながら、このメスゴリラは何を言っているのか。


 しかし、こちらだって準備している。



「ぬかりはありませんわ」

 ミレイアは、ピィに声をかけた。



「イヒヒ。ミレイア嬢。頼まれていた書類の整理、全てととのっているでヤンス」


 キアーラの罪を裏付ける書類を、エリザは受け取る。目を通しながら、わなわなと震えだす。


「これさえの証拠があれば、まっとうな理由で伯爵家を突き出すことができたのに」


 ピィによってキアーラの余罪が判明した。

 罪に問い、正当な理由で処刑もできたろう。


 しかし、なにもかも遅すぎる。


「でもいいの? 手柄はあたしになってるんだけど?」


 キアーラは、エリザが倒したことにしてもらった。

 上位種デーモンのことも伏せている。


「代わりに、膨大な額の報酬を用意するわよ?」


 申し訳ないと思ったのか、エリザは大金の入った袋を用意していた。

 金貨が数枚、口から溢れる。


「結構です。復興資金にでもお当てくださいませ」

「あなたが受け取ってもいい、って言っているのに」


「ワタクシには、自身が活躍するなんてどうでもいいですわ。男爵様さえいてくだされば」


 誰がキアーラを退治しようが、ミレイアには関係ない。

 それに、変に目立つと世界から怪しまれる。

 エリザの存在は、隠れ蓑としてはありがたかった。


「あんた、ホンットにワケわかんないわ」



 それより、アメスの今後だ。


 現在、保護処分となっている。

 ココ数日、特に変わった様子はない。

 家事の手伝いをしてもらっている程度だ。

 伯爵家に務めていたこともあり、手際もいい。


「旦那様、いかが致しましょう?」

「そうだね。では、こうしましょう。エリザベート姫、アメスの罪を、不問にしていただきたい」

 意外な提案に、エリザがキョトンとした。


「そんなんでよろしいので、男爵様?」

「アメスはウチで働いてもらいます。彼女は、貴族殺害に直接関係ない。大した罪には問われないはず」

「ええ。ですわね」


 エリザも、アメスが関わっていないことを知っている。

 そのために用意した書類だ。 


「あたしはいいのですよ。でも、騎士団が何ていうか……」

 エリザは、難色を示す。


「俺からもお願いしますよ、姫」


「喜んで」

 エリザは手のひらを返す。

 男爵が言っても首を縦に振らなかったのに。


 これが、即落ち二コマというヤツか。

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