押さないでよ、絶対押さないでよっ!

「オシオキって、何をするつもりなの?」


「ご用意いたします」

 ミレイアは指を鳴らした。


 現れたのは、ミニチュアの水槽である。だが、中身は溶岩だ。


「それ、それって何よ⁉」


「何って、ナイトプールですわ」


「どこがよ! 溶岩でできた溶鉱炉じゃん! あんたあたしを殺す気なの⁉」


「滅相もない。男爵さまの世界には、『熱湯コマーシャル』と、『焼き土下座』という文化が存在するらしいですわ。お嬢様には、それを体験していただくのです」


 ミレイアが用意したのは、言葉のイメージから連想して、きっとバズるである企画である。悪意など何一つないのだ。少なくとも視聴者に対しては。


「それくらい知ってるわよ! これをやって、あたしにどうしろというの?」


「三〇秒間、この溶岩に浸かったまま謝罪していただきます。あなたには、すべてのライカンに謝罪していただかねば。それも、誠心誠意」


 謝罪という言葉が出て、キアーラの期限が悪くなる。


「誰があやまるもんですか! やらないわよあたしは!」

「では、強制せざるを得ませんわね」


 指を鳴らし、ミレイアは上位種デーモンを操った。

 魔女ともなれば、上位のデーモンだろうが手玉に取れるのである。

 さっきまでは、軽く遊んであげただけだ。


「ちょっと、何をするのよ!」



 四肢を掴まれ、キアーラが溶岩の前まで連れてこられる。



「身体の自由が、きいてないよ~」「訴えてやる!」「頭がくるりんぱ」


 三体の上位種が、口を揃えてうろたえた。

 一体など、脳まで侵食されて事情がわかっていない。


「どうして謝らなくちゃいけないの⁉ あいつらライカンは、あたしがバズるための尊い犠牲だったのよ!」


 これは、白状したも同然だ。


「それは犯罪者のセリフですわ」


「はあ⁉ 死んで当然の一族を殺して、どうして罪に問われないといけないのよ! あいつらはあたしたち魔族の敵よ!」


「では、あなたは人類すべてを敵に回しましたわね」


「望むところよ! ちょっと押さないでよ! 絶対押さないでよ!」


 キアーラが、四肢で溶鉱炉の縁を掴む。M字開脚の状態になっていた。

 あと一歩踏み出せば、溶鉱炉へ転落する。


「あなたはバズればそれでよろしいのでしょう? バズりますわよ。見てご覧なさいませ。視聴率がガン上がりですわ」


 オーガロードのときにも召喚した、目玉型モニターをキアーラに見せた。

 一万再生と、右下に映し出されている。


「ウソよ! こんなお笑い芸人みたいなマネをして、バズるわけないでしょ!」

「あらぁ? 最近はアイドルが往年のお笑いネタをしてバズるなんてザラなのですわよ?」


 こんな惨めな姿でバズったのが悲しいのか、キアーラが鼻をすすりだした。


「助けて、助けてぇ!」

 足を大股開きにした状態を撮って差し上げると、キアーラは大泣きし始める。


「助けて? 筋違いではございませんの?」


 なんと往生際の悪い。

 犠牲者に手を差し伸べなかった時点で、こうなることは目に見えていたのに。


「どうしてよ! どうしてこんな目に! ヴァンパイアとしての力をつけるために、どれだけの血を集めたと思っているのよぉ! ここまでくるのに必死だった。企画を練って、準備をして、邪魔なライカンはお父様に頼んで排除の計画を立てて、実行して!」


「では、ライカン殺しを認めますのね? お父様の独断ではなく?」


「全部あたしがやったのよ! お父様は、指示に従っただけよ!」



 ライカンになれるアクセも、父親に頼んで作ってもらったという。友好の証だとウソをつき。



「計画通り、バズったわ! 再生数がすごかったんだから。それなのに、ただの人間に負けるなんてありえない! なのにあたしの全力が、人間に通じないなんてぇ!」


「人間を侮ったバチがあたったのですわ。ほらほら、あなたが早く落ちないから、再生数がガンガンと減ってきてますわよ?」


 再生数一〇〇〇を切り始めた辺りで、キアーラが焦りだす。


「たしか、あなた方背信者って、再生数がゼロになると、ブラック企業レベルの労働が待ってらっしゃるのでしたよね?」


 背信者は、再生数が全てである。その代わり再生数が伸び悩むと、管理者が派遣した魔族に連れ去られ、強制労働をさせられる。貴族から労働者へ落ちた魔族も、少なくない。

 人気ものになるには、相応のリスクがついてまわるのだ。


「ほら、早く落ちなさいと、視聴者さんも怒ってますわ」


 貴族が三流芸人に転落する様は、労働者同然の視聴者にとって最上級のごちそうである。


 魔族配信は、いわば怨嗟の掃き溜めなのだ。


 この手の輩から利益を吸い上げようとした時点で、栄光の瓦解は免れない。


「火遊びが過ぎましたわね、お笑い芸人さん」


 もはや、ミレイアの嘲りすら、キアーラには届かなかった。

 彼女は今、落ちないようにするのが手一杯である。 


「押さないでよ! 一、二の、三で、押さないでよ!」


 再生数を稼ぎ、なおかつ生き残る算段をつけているのだろう。

 足をプルプルと震わせながらも、キアーラは溶鉱炉に落ちる覚悟を決めたらしい。


「一……」


 


 キアーラがカウントダウンしている間に、ミレイアは彼女の背後に立つ。

 右足を、後ろに大きく傾けた。




「二のぉおおおおおおおおおっ⁉」



 ミレイアは思い切り、キアーラのケツを蹴り上げる。



 キアーラを抑え込んでいた上位種魔族ごと、溶鉱炉へ突き落とす。上位魔族は、仲良く一瞬で溶けていく。


 溶岩に着水した瞬間を、ミレイアはシャッターに収めた。


 縁に手をおいた状態のまま、キアーラは溶鉱炉へ沈む。

 アヘ顔を晒した状態で。

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