<一章:勇者と魔王の相互作用> 【01】


【01】


 普段よりも少し早く、あたしは魔王様に呼び出された。

 魔王城、魔王の間、仕事場であり戦場である。

「魔王様、参上いたしました」

「来たか。我が参謀よ。先日の旅行はどうだった?」

「職場の人間と旅行に行っても、全く、楽しくありませんでした。有給を使って働かされた気分であります」

「ぐ、君ってそういうやつだったね」

「自分はともかく、他の方は楽しそうでありました」

「なら良いけど、次から“眼鏡ちゃん”は旅行止めにする?」

 魔王様は、あたしのことをすぐ『眼鏡ちゃん』と呼ぶ。

「いえ、旅行はこれっぽっちも楽しくありませんが、他の方が旅行の話題で盛り上がっている時に、意味がわからないと不愉快なので行きます」

「………………」

「魔王様、『こいつ面倒くさい』って思ったでありますね」

「さて、我が参謀よ。実は相談があるのだ」

「はい、仕事でありますね」

 あたしの仕事は、主に魔王様の相談と雑用である。

「昨日、勇者が現れたの」

「とうとう現れましたか、壁はそのせいでありますね」

 壁は鉛の巨人が補修中であった。

「その勇者くんの件で問題が」

「勇者、くん? てか、魔王様。魔王様が生きているということは、勇者は倒したということでありますよね?」

「ありません」

 魔王様は勇者を倒していなかった。

「どういうことで? 魔王なんですから勇者は倒さないと」

「そこが相談のポイントです」

 魔王様は、玉座の裏から編み物セットをとりだし、手を動かしながら話し出す。

「彼ね………………」

「はい」

「若いのよ」

「若いと」

「それで戦いたくないなぁ、って。昨日は体調よくないと言って帰ってもらいました」

「体調が悪いと、勇者は帰ってくれるのでありますか」

「素直な子なのよぉ」

 魔王様は、勇者を親戚の子みたいな雰囲気で評する。

「素直なのは結構でありますね。罠にハメて今世代の勇者をさっさと倒しましょう」

「こんなこと眼鏡ちゃんにしか言えないのだけど………………倒したくないって言ったら怒る?」

 勇者を倒したくない魔王とはこれいかに。

「呆れはしますけど、魔王様の希望を叶えるのが仕事でありますので」

「ああ、よかった。それでね。昨日は体調不良だったから、今日は――――――」

 大爆発が起こった。

 バラバラになった銅の巨人が周囲に転がる。すっぽりと開いた穴から風が入り込んできた。

 直したての壁を破壊して、少年が現れる。

 幼く中性的な顔立ち、モコモコの白い癖毛、紫色の瞳。ボロキレみたいなマントを羽織り、背には身の丈よりも大きい赤い剣を背負っていた。

「魔王! 体調はどうだ! 良くなったか! 決着をつけよう!」

 少年の声は大きかった。

 あたしは、とりあえずの感想を一言。

「魔王様って、そういう趣味でありますか?」

「やめてください!」

 少年も少年、これ9歳くらいでは?

「む、そこの眼鏡は誰だ? 敵か!」

「敵であります」

「邪魔をするなら倒す!」

「ちょっと待った!」

 魔王様が勇者を止めてくれた。

 助かった。

 自慢ではないが、あたしはクソザコなのだ。

「勇者くん、彼女は『知識を伝えるモンスター』通称、眼鏡ちゃん。私の相談役よ」

「何を相談するんだ?」

「私の人に言えない悩みとかを」

「それじゃ良い奴だな!」

 あ、この勇者馬鹿だ。

「それで魔王よ、体調は良くなったか? 足に効く薬草を採ってきたぞ」

「い、いただきます」

 魔王様は苦笑いを浮かべて、勇者からよくわからない草を受け取る。雑草にしか見えない。

「………食べないのか?」

「塗るとかじゃなくて食べる薬草なの?」

「薬草は全部食べるぞ。食べたら治るぞ」

 そんな馬鹿な。

「うっ、うぐ」

 もしゃもしゃ、と魔王様は草を食す。顔は常闇のベールに隠れているが、不味そうな雰囲気は伝わってきた。

「よし治ったな。戦おう。決着つけよう!」

「眼鏡ちゃんッッ」

 魔王様からヘルプがはいった。大体のことは察した。

「勇者さん」

「なんだ眼鏡? お前もおっぱい大きいな」

 失礼なガキだ。しかし、ガキには効果的な手がある。

「雑草のお礼であります。どうぞ」

 あたしはポケットからクッキーをとりだした。勇者は特に疑うことなく両手で持って齧る。小動物の食い方、リスにしか見えない。

「甘い!」

 ちょろい。

「勇者さん。クッキー沢山あるので、それ食べたら今日は帰ってください」

「ふざけてるのか? 眼鏡割るぞ」

 流石にクッキーだけでは懐柔できないか。ならば、

「勇者さん、今魔王様に薬草をあげましたね」

「う?」

「魔王様は特殊な体質で、薬草を食べた後は、しばらく体内で毒ガスを発生させるのです」

「ボクは毒効かない」

 なるほど、無警戒にクッキー食べるはずだ。

「でも、あなたの国の人々はどうでありますか? 魔王様の毒ガスは、この海、この国を丸ごと覆う大規模なものです。風向きが悪ければあなたの国にも行くでしょう」

「む」

 勇者は顔をしかめた。

「この毒ガスを吸った者は苦しんで死にますよ。全身の穴という穴から血を噴き出して、じわじわと体を焼かれるような痛みに焦がされ、それでもなかなか死ねず――――――」

「毒ガスはいつまで発生する?」

 勇者の質問に、あたしは少し考えて答えた。

「明日には大丈夫であります」

「わかった。帰る」

 勇者はすたすた帰ろうとする。最後に振り返り一言。


「明日こそ、決着をつけてやる!」


 勇者はご帰宅した。

「やれやれ」

 ちょろ面倒だ。明日設定は失敗だったかな? あんまり長い期間にすると対策される可能性もあるし、明日の方が策を用意できない可能性もある。70点くらいの自己採点だ。

 さておき。

「魔王様。お役に立てたでしょうか?」

「私、毒ガスなんか出さないもん」

 魔王様はすねていた。

「知っています。そういう設定でありますので」

「私! 毒ガスなんか出さないもん!」

 魔王様も出て行った。

 すねた彼女は、丸一日口を聞いてくれなかった。

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