三.

   ***




 今日もまた、目が覚めてしまった。


 朦朧とする意識の中でそんなことを思った。どうにか目を開けようとするも、完全に闇に順応してしまった瞳は光の刺激を拒絶する。まるで目にガラスの破片でも刺さったかのような痛みを感じ、開きかけた瞼を再び強く閉じた。瞼越しに入ってくる光は無情にもなお瞳を攻撃し続け、このままもう一度意識を闇に落としてしまいたい気持ちにすらなる。

 それはそれで構わないか――と、自身の本能に従おうとするも、次第に覚醒する神経はその判断を許してはくれなかった。つんと鼻をついた、嗅ぎなれないその匂いに意識は途端に光の中へと浮上し始める。

 まだまだ瞼を閉じていたい。せめて日が暮れるまではこのままで――と思いはするものの、一度気になってしまった疑問というのはそう簡単に払拭することはできない。光の刺激に徐々に瞳を鳴らしつつ、恐る恐る瞼を開ける。

 そうして視界に入ってきたのは、ぼんやりとしたうす茶色い天井だ。

「どこだ、ここ……」


 そのままおもむろに起き上がろうとするも、とてつもない倦怠感が全身を蝕み、思うように体を動かすことができなかった。それでもどうにか上体を起こそうと腹部に力を入れれば、途端に激痛が全身に走る。耐え難い痛みに吐き気を催すも、幸いにして現在胃の中は空である。食道部を荒らしながら、胃酸だけがせり上がってきた。思わず咳き込みそうになりながらも息を整えるが、口腔内に広がる独特の酸味に、更に強い吐き気を催した。

 それでも必死に咳を抑え込み、咽頭部に溜まった不快な胃酸を飲み下し――たことにより、ついに堤防は決壊する。横隔膜が強い痙攣を起こし、まるで堰を切ったかのように咳が止まらなくなる。

 誰が処置を施したのか。胴体に巻かれた包帯にじんわりと血が滲み出てくる。痛いというよりはむしろ熱い。じくじくと肌が焼け爛れていくかのような感覚を味わうのは一体何年ぶりだろうか。


 あまりに耐え難い痛みに、思考はむしろ冷静だった。未だえずきの鎮まらない状態ではあるものの、現状を分かる範囲で顧みる。そうして思い至った結論はただ一つだ。

「そうか、俺は死んだ・・・のか……」

 従者に「やめてくれ」と懇願されたから最近は控えていたが、再生が追い付かないこの状態には覚えがある。これは、一度死んだことによる後遺症・・・・・・・・・・・だ。

「マジか……そうか……」

 おそらくあと数日もすれば元に戻るのだろうが、それまでの間が苦痛で仕方がない。一気にげんなりとした気持ちになりつつ、なぜそのような事態になったのかが思い当たらない。今ある最後の記憶と言えば、何か大変苛立つことがあってそのまま不貞寝した――ような気がするというだけだ。それが何年前のことかも覚えておらず、唯一確実に言えるのは、場所は確かに自身の寝室であったというそれだけだった。


 改めて周囲を観察する。木造の家だ。部屋には木の匂いが充満している。寝ている場所は寝台ベッドではなくそれほど弾力のないただの敷物。手で触った感触から、何か草のようなものを編み込んだ板の上に敷いてあるように思えた。戸はスライド式のもののように見え、光の入り具合から、随分と薄い紙が張られているようだった。

 徐々に咳やえずきも治まり、痛みにも慣れ始めた。そうして冷静になればなるほど、全く身に覚えのないその場所に戸惑いを隠せない。

「どこだ、ここ……」

 思わず口走ってしまうのは先ほどと同じ言葉だ。せめて界層だけでも把握しておくべきかと、目を閉じ、意識を集中する。そして〝気〟を感じ取ろうとしたとき、「スパン!」という軽い音と共に勢いよく戸が開かれた。



   ***

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