第一章 朽ちし桜と舞う巫女に、春よ呪詛の嘔を詠め

序幕 大寒の大火

〇.


(絶対に許さない、絶対に!)

 燃え盛る城を前に、少女は慟哭した。信じた者、愛した者を全て失った。いいや、失ったのではない、奪われたのだ。否、それもまた違う。愛した者など父と母以外に最初から存在しなかった。自分以外を信じるべきではなかったのだ。


 ――こんな国、滅びてしまえばいい。


 じわりじわりと膚を焼く炎の中、少女は心の中で呪いの言葉を吐いた。その瞳に非情なる赤が揺らめくたび、彼女の心にもまた怨嗟の炎が渦巻いていく。


 ――滅びてしまえ。全部。


 その炎を消す術を少女は知らない。流れる涙はむしろ油だ。ぱたりと一粒落ちれば、心を取り巻く炎はたちまち勢いを増す。

 熱を多分に含んだ外気を胸に取り込むたび、少女は願う。


 ――いっそ、この心ごと全て焼き尽くしてくれたなら。


 きっと、これ以上哀しむことも、絶望することもないだろう。心だけではない。この身体ごと、焼き殺して欲しい。そうすれば、すべてなかったことにできるのだ。この憎しみも、かつて抱いた愛しさすら、幻にできるだろう。


 少女は天を仰ぎ見る。


 ふと、咲くには些か早すぎる桜の香りが鼻腔をついた。いや、それ以前の問題だ。このすべてを焼き尽くさんが如き炎の中、きな臭さこそすれ、一体どうしてそんなことが有り得ようか。

 しかし、それは確かにしたのだ。その慣れ親しんだ香りを、この身体が忘れるわけがない。

 ぱたり、と、先ほどとは違う涙が大地に染み入った。そう、身体が、心が覚えている――この甘く優しい生命の香りを。

(そうだった。あたしには、まだ守るべきものがある……!)

 少女は我に返った。そして拳を強く握りしめる。涙を拭い、煤で汚れた唇を噛みしめた。


「待っててね。絶対に、あなたを死なせたりしないから!」


 少女は未だ鎮まることのない炎の城を後に、覚悟の一歩を踏み出した。


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