Wish Upon a Star

moes

Wish Upon a Star

 きっかけなんてすごく単純。

 新学期初日のざわついた教室。初めて同じクラスになった隣の席の男子。

 ぼんやりと空を眺めている表情が割と好みで、声をかけた。

「何見てるの?」

 窓の外、広がるのは気持ち良い青空。それから目をはずしてこちらを見る。

「ん。空」

 それは、わかってたよ。目線見ればね。確かにそう答えるしか出来ない質問だったけど。

「空、好きなの?」

「っていうか、星かな。名前にちなんでね」

 言われて、先ほど配られたばかりの座席表を引っ張り出し自分の名前の隣を見つける。

 【星村一哉】

「なるほど……でも今、星出てないよ。単純に空が好きなんじゃないの?」

 単なるこじつけじゃないの、名前につなげるなんて。ちょっと無理やり。

「昼間でも星は出てるんだよ」

 それは知ってる。理科でやったし。

「でも、見えないでしょ」

「つっまんないこと言うなぁ、待宵さん。見えなくてもあるから良いんでしょ」

 そう言ってにっこり笑った顔がかわいくて、だから決定的になった。



 どこかにきっかけが落ちてれば良いのに。

「待宵。なぁに、暗い顔してんの? また英語の予習忘れたとか?」

 ひらひらと動く手が視界をさえぎる。頬杖ついたまま、ため息をつく。

「また、って何。またって。雨、ここまで続くとうっとうしくて。髪、まとまんないし」

 切ってやろうかしら。ばっさりと。……それは最終手段か。結果次第でそうすることになるかもね。別に切らなきゃいけない決まりもないけどさ。

「しょうがないだろ。梅雨なんだし。良く降るねぇ」

 窓から顔を出して空を見上げる。気持ち良さそうに。

 星村は基本的にいつも楽しそうだ。

 わけて欲しいくらいに。

 だいたい、ため息の一端は星村のせいだ。いや、星村が悪いわけじゃないし、気持ち、感づかれたらそれはそれで気まずいけど。

「星村はシアワセそうだよね」

「待宵はフシアワセなの? これ、あげるから元気出しな?」

 言われるままに出した手の上にはチロルチョコが三個。

 えぇと。

「ありがとう」

「おなかすいてるとろくなこと考えないし。先生くる前にさっさと栄養補給。って来ちゃったか。こっそり食べちゃえよ」

 星村は自分でも一つ口に入れて笑う。うん。やっぱり好きだ。

『おれでよければ、話し聞くよ?』

 ノートの端っこに書いてこちらに向ける。

 先生にばれないようにチョコを食べてからちょっと考えてメモ帳をやぶる。考えていても仕方ないし。日にちもないことだし。渡りに船と言うことにして。

『一緒に、行かない?』

 メモとチラシを先生の目をぬすんで星村に渡す。

 ノートの下に隠しながら読んでいる姿をどきどきしながら見つめる。ここでコケたら無意味だから。出来るだけ星村好みだろうネタを狙ったんだけれど。

 ちょっと考えた後、星村は指で丸を作ってその手を小さく振ってみせた。

 とりあえず、第一関門突破だ。



 日頃の行いが悪いのだろうか。

 窓の外、テレビ、チラシを交互に見てため息をつく。

 外は大雨、やむ気配なし。天気予報は「明日の昼ごろまで降り続くでしょう」と無情の言葉。

 『七夕星見会』と銘うたれたチラシの下端には〔※雨天中止〕のそっけない文字。

「あぁあ」

 割と一大決心だったんだけど。天気のコトまで頭が回らなかったのは迂闊すぎ。このイベント以上に星村を誘うに適したのなんて思いつかなかったから。

 ついてない。

 だいたい七夕の日くらい晴れても良いと思うんだけど。と言うか梅雨時にあえて七夕を設定するのもどうかと思う。織姫彦星だって会えない確率高くなるし……ってそれが狙いなのか? おかげでこっちも会えないし。とばっちり。

「ばっかみたい」

 無意味な八つ当たりをしていても何の解決もしないんだけれど、だからといって星村に「今日はダメだね」なんてメールする気にはなれない。

 往生際、悪いとは思うけど。恨みがましく空を眺めると同時に携帯が鳴る。

【中止?】

 初メールがこのひと言っていうのはどうなの? もう少し愛想ってものを足してくれると気分が晴れるんだけど。それでも保存しておこうとか思ってる自分がかなしい。

【雨、だしね。ザンネン】

 返したメールも大して愛想ないから文句いえる立場じゃないか。

【外出るの嫌じゃなければ出かけない?】

 え。一瞬よく意味がわからずもう一度読み返す。キセキ?

【行くっ。でも、どこに?】

【いーところ。森生駅に4時集合】

 了解の返事を打ちながら時計を見てあわてる。支度しないとっ。



「なんかさー、七夕って雨多くない?」

 駅をでて傘をさす。すぐ隣に星村の傘。私服姿、得した気分だ。

「梅雨時だしね。ま、本来は旧暦でいわうものだし? そうすると八月だから梅雨明けしてるし、晴れのことが多いんじゃない?」

「あ、そーなんだ。そっか、旧暦ね。納得。織姫彦星に嫉妬した人によるイヤガラセかと思ってたよ、軽く」

 肩をすくめて言うと星村は咳きこむ。

「だいじょうぶ?」

「……たまにまじめにおかしなこと言うよな、待宵」

 傘の下、笑い顔。極上。

「シツレイな。あ、ここ、来たことある。遠足かなんかで」

 広い芝生公園。その一角にある銀色のドームに見覚えがある。

「初志貫徹しようかなってね。ここなら雨でも星が見れるし」

 プラネタリウム。小学生のとき以来だ。

「良く来るの?」

「そーでもない。年に一回も来ないかな」

 傘をたたみ中に入る。ひんやりとした空気。

「うれしーかも。こういうトコってきっかけないとなかなか来れないし」

 星がすごく好きというわけではないけれど、でもこういう空間は良い感じ。

 隣に星村もいるから格別に、かもしれないけれど。

「それは良かった」

 照明がゆっくりとしぼられていき天井が星のない夜空になる。

 星が出る前に。ささやく。隣に聞こえるだけの声で。

「あの、さ」

 空の端に小さく星が流れたのが見えた。


                               【終】

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