後日談1-熱くて長い昼


 私とすみれの物語。

 それは何も劇的なことばかりじゃない。

 喧嘩とか確執とか障害とか二人の絆が試されるとかそんなことはそうそう起きなくて、あるのは他愛のない日常なり、二人で過ごす何気ない時間なり、そんな幸福で満ち足りた日々がほとんどだ。

 一緒に起きる、朝ごはんを食べる、一緒に出勤をして、一緒に帰って、二人で料理をすることもあれば、どちらかが振舞うこともあって、ごはんの後はテレビを見たり、本を読んだり、何でもないことを話し合ったりして遅くなれば同じベッドで互いを感じ合いながら一日を幸せに終える。

 そんな日常。

 その中にはもちろん「恋人らしい事」もしている。

 これはそんな恋人としての何でもない一節。


 ◆


 ある休みの日。

 この日は朝から晴天に恵まれて洗濯や掃除を二人で分担してこなしその後には軽くお茶してと穏やかな朝を過ごした。

 特に出かける予定もなく後はお昼までの時間を適当に過ごすことになるなと考えながら片づけを行った私は。

「どうかしたの、すみれ?」

 少し目を離している隙にベッドへと横たわってる恋人に声をかけた。

「別になんでもないわ。ちょっと横になってるだけ」

「そ」

「文葉も来たら? 日差しが当たってて気持ちいいわよ」

 魅力的な誘いだ。

 暖かくなってきた今の季節、日差しの当たるベッドで横になるというのはたまらないものがある。

 ともすればそのまま寝てしまうような危険もあるが、穏やかな顔のすみれを見ているとその誘惑に駆られて私もベッドへと上がった。

「……ん」

 確かにいいものだ。

 陽射しの熱というのは寝る時に毛布にくるまれるのとはまた別種の心地よさ。

 それも恋人を近くに感じながらというのはまた格別。

 二人ではベッドが狭いこともあって、陽射しの熱に加えてすみれのぬくもり、香りまで感じられてしまう。

 このままお昼まで何もせずにこうしているのも時間を贅沢に使っているなと思えてしまう程度には心地いいものだ。

「そうだ、すみれ。今日ってどうする?」

「どう、って?」

「天気いいし、どっか行ったりでもする?」

「別に何も考えてないわ。文葉がしたいことあるなら付き合うわよ」

 互いを見ることもなくベッドに身体を預け取り留めのない会話をする私たち。

(したいこと、ねぇ)

 買い物……はいいか。もともと私もすみれも積極的に出るタイプではないし。

 こういう時には本を読むというのが、一人の時の定番でもあったが今は特に積んでいるものがあるわけではない。

(すみれに読ませたい本ならいっぱいあるけど)

 私と暮らすようになりすみれは多少本を読むようになってくれた。

 「文葉と話せることを増やしたい」だなんて甲斐甲斐しいことを言ってくれたのはこそばゆくも嬉しくなったのを覚えている。

 だが、趣味と言えるようなものではなく昨日の夜にちょうど一冊読み終えており連続して進めるのも気が引けた。

(さて、どうしようかしらね)

 特に思いつかず、何気なしに天井に向けていた顔をすみれへと向き直した。

 すみれは目を閉じて陽の光を堪能しているようで幸せそうな顔をしている。

 それを見ているとこのまま二人でだらだらと何もしない日にするのもいいかとも思うわ。

 同時にやっぱりもったいないと思う自分もいるけど。

 自分の中の矛盾に板挟みとなり、どうしようかとすみれを眺める。

(相変わらず綺麗な顔ね)

 もう毎日顔を突き合わせているというのに、何度でもそう思う。

 横顔ですら端正でほんとに容姿端麗って言葉が似合う女だ。

 もちろん、綺麗なのは顔だけではない。

 すみれは全てが綺麗で美しい。

「何?」

「なんとなく」

 何気なく触れた手も、

「何よ、何となくって」

「何となくは何となくよ」

 そのまま絡めていく長い指も。

 手をほどき、指を這わせる腕も。

「ん、ちょっと…くすぐったい」

(あらら)

 恋人ではあっても、意味もなく触られることをそれほど好まないすみれは私から逃れるようにして身体を半身にして背を向けてしまった。

(これ以上意味なく触ると怒らせてしまうかしら)

 背中を眺めながらそんなことを考えてた私は

(そういえば)

 昨夜のことを思い出す。

 すみれはベッドの上で横になりながら本を読んでいた。

 区切りのいいところまでなんて言ってたくせに、結局普段の寝る時間を過ぎて最後まで読んでいたすみれ。

 私にとっては意外な展開で。

(今日は休みだし、「したい」…って思ってたのよね。そういえば)

 でも、すみれが本を読んでいたということに感銘を受けておとなしく寝入ったのだ。

「………………」

 今考えてることを行動に移したら多分すみれは怒るわよね。

 逡巡する私の前ですみれが身じろぎをし、ふと髪から好きな香りが漂ってきて

(まぁ、怒られたらその時はその時ね)

 心の天秤を傾けた。

「すみれ」

 名を呼び、背中に抱き着きそのまま体を押し付ける。

「っ、なによ。ひ…ぁっ」

 甘い香りを吸い込みながらお腹に手をまわして、軽く撫でまわすと驚いたような声を上げた。

「したいことに付き合ってくれるんでしょ?」

 お腹にあてた手を下半身へと伸ばすと太ももへと当て、軽くつかむように何度か往復させ、ついでゆっくりとその手を体の中心へと近づけていく。

「何、いってっ。ぅ、ん」

「ちゅ……ぺろ」

 振り返ろうとしていたところで首筋に口づけをして舌先で舐め上げる。

「ふざけっ……」

「ふざけてないわよ。本気」

「なおさら悪いわよ。こんな昼間っから」

「昼間にするのが悪いこと?」

 会話をしながら脚を絡めて密着度を上げ、香りと体温を強く感じる。

「ん、っちょっと…っ」

「最初にしたのだって昼間だったじゃない」

「あれは特別でしょ」

 それはその通りだ。あれは特殊な状況過ぎて引き合いに出すのは適さない。

 となれば……

「…んー。私、すみれの体好きなのよ」

「だからっていきなり欲情してんじゃないわよ」

「恋人の体に欲情するのは自然なことでしょ? まぁ、今言いたいのはそういうことじゃなくて。私はすみれに身体を大切にして欲しいの」

「言ってることとしてることが矛盾してるのよ」

「そういうんじゃなくて、もっと合理的な話」

「はぁ?」

「ほら、夜更かしは体に悪いでしょ? だからエッチは昼間にして、夜はちゃんと寝て欲しいのよ」

 どうしても夜にする時は遅くなりがちだし。まぁ、夜の早い時間にするとかいう手もあるけど、今はすみれを言いくるめるのが目的なのでそれは黙っておこう。

「ば、馬鹿じゃないの」

「本気」

「…っ!」

 服の隙間に手を入れて、今度は直にお腹を触れた

「いやならしないけど、冗談のつもりもないわ」

 生の肌に触れてしまいすみれを差し置いて私は昂っていく。

「すみれ、好きよ。好き…大好き」

 耳元で連呼した後すみれの体をあおむけに倒して、またがるような体勢になる。

 抵抗はしてこない。

「っ……ばか……じゃないの」

 こういう時の悪態はすでに照れ隠しになっているのを知っている。

「そうね、すみれに入れ込みすぎて馬鹿になってしまったのかも」

「っ……」

 見下ろすすみれの頬に朱が差しているのを見逃すほど鈍感じゃなくシャツのボタンをはずして上半身を露出させた。

(……綺麗)

 ふくよかで均整の取れた乳房を包むレースの入った空色のブラ。すっきりとしたお腹と細くくびれた腰、きめ細やかな肌。

 もうすでに何度も見て、触れて来たけどこんな太陽の高いうちにと思うと自分で言っておいて背徳感は持ってしまう。

「…なんか言いなさいよ」

「見惚れてた。やっぱりすみれの身体好きだって」

「っ……」

「ほんとに綺麗よ」

「ぁ、ん」

 両手をお腹に当てると、まるで吸い付くような気さえするのに手の平で動かすと新雪のようにさらさらでもっと触れたくなる。

 出会った時から容姿には惹かれていて、その美貌に私だけが触れることを許されている。

 俗っぽいことだけどその特別感に興奮するわ。

「ぁ、ふ……ぁ…」

 右手でお臍のあたりを優しく撫であげ、左手で腰のラインをなぞるとくすぐったいのか……はてまてそれ以外の理由かか細い声を上げた。

「すみれのお腹も、腰も大好きよ」

「…っ」

「もちろん、こっちもね」

 腹部に押しあてていた手を上部へと持っていくと薄い肌から伝わる肋骨の固い感触を通り過ぎて、胸へと到達する。

「っ…変態」

 私を見上げるすみれは睨むようにこちらを見たけど、そこに込められているのは少しの怒りと呆れとほとんどを占める羞恥。

 可愛い子猫ちゃんの威嚇みたいなものだ。

 柔らかな膨らみに触れ、頂点で指を躍らせ、時にはぐっとつかみ指を肉へと沈ませ、手のひらで円を描くようにこする。

 あくまで優しく、本気になりすぎない程度に胸を刺激していく。

「ぁ、ん……ふみ、はっ……」

 強気だった顔が少しずつ崩れていく。それも好みの姿だが、多分正直に言ったら拗ねられるのでここは黙っておくわ。

 そんなことを考えながら、胸より上部を攻める。

「大好きよ。肩も首も、顎もほっぺも……」

 口にした場所を指でなぞり、

「唇も、ね」

 人差し指を唇へと当てた。

「……馬鹿」

「もちろん、その照れた顔もね」

 あとついでにいうなら、エッチしてる時の余裕のない顔や快感に蕩けてる顔も、情熱的にもっとを求めてくる姿も大好きだけど、ここで口にするには時期尚早。

「すみれの身体が大好きだから触れたいって思う。肌を重ねて交わりたいって思う。すみれに私を感じて欲しい、すみれのことを感じさせたい。それがそんなに「馬鹿なこと」かしら?」

 もう抵抗することはないとわかり妖しく笑みを浮かべた。

「……キス」

「ん?」

「キス、しなさい」

 誘いに乗ってくれたという意味。それをこんな形で伝えてくるすみれが愛らしく、愛おしい。

 ここまで来たら茶化すことなく体を重ねてすみれに口づけをした。

「んっ…ぁ」

 触れ合わせるだけのキスをし、次いで舌を伸ばす。

 すみれの唇に舌先が触れて少し力を込めると、私を迎え入れるように唇が開いた。

「ちゅ、ん。……くちゅ、ちゅ、ぷ」

 口腔は熱く、舌を絡めていくとそれだけで気持ちよさに頭が痺れる。

「チュ、ぁ……ん…じゅ、ちゅ……く、ふ……ん」

 激しくすることはなく、キスの外ではすみれの手を探し出ししっかりと握って時間をかけて深く繋がり合った。

「っぷ、あ……はぁ」

 ようやく唇を離すと、二人を繋ぐ銀糸が重力に従いすみれの口元へと落ちる。

「あ……」

 それを指で掬い取り、視線で追われていることを知っている私は

「…ぺろ」

 見せつけるように舌を伸ばして、指先のすみれの雫を舐めとる。

「文葉って……いやらしいわ」

 昼間から誘ってる件か、身体に触れたことか、キスのことか、今の挑発にか。

 どれだかは知らないけど。

 真っ赤な顔で言っているその姿には私を煽る効果しかなくて

「なら、すみれもいやらしくしてあげる」

「……ばか」

 私たちは長く熱い昼を過ごしていく。

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